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赤松天翔物語  作者: 姫笠
第二章 西国の覇者

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第十一話 終戦④

やがて応急処置を終えた赤松軍は、重たい足を引きずる者、仲間に肩を貸される者を交えながら、姫路城へと帰還した。疲労と傷に覆われたその姿は痛々しいものであったが、誰もが顔に安堵と誇りを浮かべていた。

 町の門をくぐると、そこには待ち構えていた兵や領民たちが列をなし、歓声をあげて迎える。

「勝ったぞ!」「殿がお戻りだ!」と声が飛び交い、女たちや子どもまでもが涙を浮かべ、手を振り、花を投げて兵たちを称えた。戦の恐怖から解き放たれた城下は、すでに祭りのような熱気に包まれていた。

 桜は馬を並べ、微笑みながら官兵衛と政秀を見つめていた。

「官兵衛と政秀のお芝居だったんだね。まあ、私は政秀が裏切るなんて信じてなかったけど!」

 桜がそう言うと、政秀は目に涙を浮かべ、大げさに鼻をすすった。

「うう…殿、この政秀、信じていただけて感無量にございます。」

「苦肉の策といいます。古代中華で使用された策でした。わざと味方で仲違いし、相手に寝返りを信用させます。政秀殿との仲違いはその一環にすぎませぬ。」

 官兵衛が落ち着いた声音で答える。

 政秀は大きく口を開け、豪快に笑い出す。

「ハッハッハ! 官兵衛とわしが本当に仲が悪いわけがなかろうて!」

「ハッハッハ……はたしてそうでございましょうか?」

 官兵衛がわずかに口角をつり上げ、不敵な笑みを浮かべる。

「な、なんじゃとー!!」

 政秀が思わず身を乗り出し、顔を真っ赤にして声を張り上げた。周囲にどっと笑いが起きる。

そんなやり取りが続く中――

「……。」

 ふと、官兵衛の笑みが消える。さきほどまでの軽妙なやりとりが嘘のように、眼差しが鋭さを取り戻した。

 彼はゆっくりと桜の方へ向き直ると、深々と頭を下げる。

「……申し訳ありません、殿。私は今回の戦で、殿をおとりとして利用しました。」

「えっ……?」

 桜の瞳が揺れる。

「な……なんだと!貴様!!」

 政秀が鞍を蹴り飛ばさんばかりに立ち上がる。

 官兵衛は淡々と、しかし一語一語を重く吐き出す。

「毛利軍は一万もの本隊の行方をくらませておりました。その位置を突き止め、別所軍と山名軍に当たらせるには……殿をわずか一千の兵で守らせ、敵を食いつかせるしかなかったのです。」

「貴様!!それで殿が……もし討たれでもしたら……どうするつもりであったのだ!!」

 政秀の声は怒りと悔しさに震えた。

 しかし桜は、怒りに染まる空気をやわらげるように、柔らかな声で言葉を返す。

「でも……官兵衛は、私を信じてくれたんでしょ?」

 官兵衛は黙したまま、ただその眼差しで答える。

 桜は小さく息をつき、にっこりと微笑んだ。

「私も官兵衛を信じてる。あなたを信じれば、きっと勝てるって。だから、大丈夫だよ。」

 そして、傍で馬を進める政秀へも視線を向ける。

「もちろん、政秀もね!」

「と……殿……」

 政秀は言葉を失い、熱いものがこみ上げて涙ぐんだ。拳を握りしめ、ただその場でうなだれる。

 官兵衛はその光景に小さく息を漏らし、ふふっと微笑む。そして再び桜へ深々と頭を下げた。

 緊張と笑いが入り混じった場の空気は、いつしか柔らかくほどけていた。

「強敵、毛利家を退けたのです。今夜は宴会を開き、諸将の働きをねぎらいましょう。」

 官兵衛が場を締めくくるように告げると、周囲の者達に笑みが広がる。

「いいね、それ!」

 桜が喜びの声を上げた瞬間、陣営の空気は一気に明るくなった。



 その夜、姫路城の大広間では、戦勝を祝う盛大な宴が開かれていた。

 天井から吊るされた数多の灯籠が、ゆらゆらと揺れながら暖かな光を放ち、壁の装飾や武将たちの影を柔らかく映し出していた。

 酒の香と焼き魚の煙が空気に混じり、戦いの緊張を忘れさせる、ひとときの安堵が広がっていた。


 チンチンドンドンチンチンドンドン──。


 友信が上半身裸になり、腹を揺らしながら踊っている。

 そのコミカルな動きに、酒を酌み交わしていた四家の家臣たちは一斉に笑い声を上げた。

 大杯を傾ける者、手拍子を打つ者、中には友信に続いて踊りだす者までいる。

 意外とあの腹踊り、家臣たちには人気のようだ。

 善助は呆れたように腕を組み、ため息をついた。

「まったく下品な・・・これだから男は…。全登殿もそうは思いませんか?」

 全登は、しばし考え込んだ後、静かに両手を組み、天を仰ぐようにつぶやいた。

「…アーメン。」

 その一言に、善助は何も言えず、肩をすくめた。


 少し離れた席では、宇喜多家当主―宇喜多直家と赤松家軍師―黒田官兵衛が並んで座る。

 盃もほとんど口にせず腕を組みながら、低い声で何やら小難しい話をしていた。

 勝利の宴の最中というのに、二人だけは静かな火鉢を囲むような雰囲気で、策略の糸をさらに編み上げているかのようだった。

 ときおり直家が目を細めて唇の端をわずかに上げ、官兵衛がそれに応じるように顎を引いてうなずく――。

謀将同士、互いの胸の内に通じ合うものがあるのだろう。


 さらにそのまた離れた席。

 桜は盃も持たず、両手を器用に使って何やらふざけた動作をしていた。

「こうやって……おしりぺーんぺーん……それから……あっかんべっ!」

 桜がいたずらっ子のように舌を出し、片目をつむって身振りを交えて披露すると、すぐ横で見ていた別所長治が腹を抱えて大笑いした。

「ぎゃはははっ!! ぎゃはははは!!」

 長治は思わず座を崩して畳を叩き、桜を指さして爆笑する。

 若き武将の普段の凛々しさはどこへやら、無邪気な少年のような笑顔であった。

 一方、山名祐豊はといえば――。

「その秘技で我らをお救いくださるとは……ありがたや、ありがたや……」

 と、両手をすり合わせ、神仏に祈るような仕草でしきりにうなずいていた。

 この技……この時代においては効果が抜群らしい。

 ふと桜は、縁側に目を移す。


 宴の喧騒から少し離れた縁側で、政秀はひとり、しみじみと杯を傾けていた。

 夜風が静かに庭の木々を揺らし、虫の音が遠くから聞こえる。

「政秀、ひとりで飲んでるの?」

 桜が足音を忍ばせるように近づき、縁側に腰を下ろした。

「これはこれは殿。この政秀、老体ゆえ、諸将のばか騒ぎには少々こたえますれば。」

 と政秀は穏やかに笑った。

「そうなんだね。」桜もつられて微笑み、手元の杯を揺らした。

「あ…これ甘酒だからね。私、未成年だから。」

「……?」

 政秀は一瞬きょとんとしたが、つくろうように笑ってみせる。

 桜がふと作戦の事を思い出す。

「政秀、いい演技だったね。」

 桜がぽつりと責めるように言うと、政秀は大げさに頭を抱え、苦笑した。

「お許しくださいませ殿。敵を騙すときはまず味方からといいますれば……。」

「それ、前に官兵衛も同じこと言ってた。」

 桜は頬をふくらませ、すねたような表情を浮かべる。

 政秀はいたたまれぬ様子で横目に桜を見つめたが、その仕草に思わず笑みがこぼれる。

 一呼吸の後、二人は顔を見合わせ、大笑いした。


 しばらくして、盃を手の中で転がしながら政秀はぽつりとつぶやいた。 

「……殿、先日わしは夢を見ました。現実と見まがうぐらいの、現実味のある夢を。」

 桜はその言葉に、真剣な表情で政秀の横顔を見つめる。

「…うん。」

「その夢では、当主があなたではなかった……。もしかすると、そんな未来もあったのかもしれませぬ。」

 桜の手がわずかに震えた。

 桜自身、未来を変えるためにここへ来た。

 自分が現れたせいで、この時代の——歴史上の人物達の人生を変えていってしまっているかもしれない……。

そう、うすうすと感じ取っていた。

(私がいなかったら、みんなは──)

 彼女の表情に、複雑な感情が交錯する。

 政秀はそれを察したのか、ふっと微笑んだ。

「私は今がとても幸せにございます。あなたが当主で、本当によかった。」

 桜は驚いたように政秀を見つめたが、やがて目を細め、静かに杯を口へ運んだ。

 庭の灯籠の明かりがほのかに二人の影を映し出す。

 宴の騒ぎは夜遅くまで続いた。


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