第十話 毛利軍本隊―進軍開始。⑦
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「おお、来たな。隆元、元春、隆景。」
畳の上に正座した父、毛利元就が、三人の子を前にして目を細める。
その手には三本の矢。元就はその一本ずつを三人の子らに渡した。
「お前達、これを折ってみよ。」
3人は顔を見合わせつつも手に力を込める。
パキッ。パキッ。パキ……。
細い矢は、幼き三人の小さな手でも容易く折ることができた。
「うむうむ。一番力の弱い隆景でも折れたな。では、これはどうじゃ。」
今度は三本を束ね、3人に差し出す。
元春が力をこめる。腕の筋が浮き、顔をしかめるが――。
ググッ……。
「三本の束では……一番腕っぷしの強い元春でも折れなかったな。」
元就の声は厳しくも優しい響きを帯びていた。
元就は、ひとりひとりに視線を移してゆく。
「隆景――そなたは聡く、物事をよく見抜く子よ。知恵こそがおぬしの力となろう。」
優しく告げられるその言葉に、隆景は小さく背筋を伸ばし、真剣なまなざしで父を見返す。
「元春――そなたは誰よりも腕っぷしが強い。力をもって仲間を守れるのは、大きな誇りだ。」
言われた元春は胸を張り、悔しそうに笑いながらも、父の言葉に素直にうなずいた。
「隆元――そなたは常に弟妹を気遣い、広い視野をもって皆を導こうとする。父はそれをよく知っておる。」
その言葉に、隆元は少し照れくさそうに笑い、弟妹へとやさしい眼差しを向けた。
元就は三人をゆっくりと見渡し、声に力を込める。
「そなたら三人は、わしの自慢の子供たちじゃ。――この3本の矢のように、互いに助け合い、力を合わせれば決して折れることはない。」
重々しく告げられる言葉は、幼い胸に深く刻まれてゆく。
「これからも3人、力を合わせて生きてゆくのだぞ。」
広間にはしばしの静けさが訪れ、子らのまなざしには父の教えを受け止める強い光が宿っていた。
隆元が声を張り上げる。
「こら、元春! また喧嘩をしたそうではないか! いいか、よく聞け。殴る前に今一度考えよ。相手が正しいこともあるやもしれぬではないか!」
真っ直ぐな叱責の声が座敷に響いた。
元春の顔に、ふっと小さな苛立ちが走る。唇を尖らせ、心の中でつぶやく。
(いつもキーキーうるせえなあ、兄貴は……。)
そのとき、背後で紙がめくれる音がばさりと立ち、続いて積み上げられた本が崩れる派手な音がした。
「わーん!」
幼い隆景の泣き声が部屋に弾ける。
隆元は咄嗟に身を翻し、本を拾い上げながら隆景のもとへ駆け寄った。
「これ、隆景。女の子なのだから重いものを持つでない。兄ちゃんが持ってやろう。」
隆景を気遣うその手つきは柔らかく、声は自然と優しさに満ちていた。
元春はそんな兄の様子を、少し離れたところからじっと見つめる。
(兄貴は……隆景には甘いよなあ……。)
――やがて時は流れ、三人は成長し、戦場に出るようになった。
隆景の光の念術が、空を覆う無数の光の槍となり敵軍の頭上に降り注ぐ。
「はあーっ!!」
元春は先頭に躍り出て、雄叫びとともに槍を振るい、敵兵たちを次々となぎ倒していく。
その背中は猛き虎のようだったが、あまりに突出しすぎて、瞬く間に敵兵に囲まれてしまう。
「ちぃっ!」
刃が閃き、槍をかわした敵兵の短刀が肩を掠める。そこへ―。
ブシュッ、グサッ!
背後から別の刃が敵兵を両断し、血飛沫が散った。
「元春! 先走りすぎだ! まったく……」
駆けつけた隆元が、背後から敵兵を切り伏せながら叱る。
だが次の瞬間、やれやれと言いたげに口角を上げ、元春に叫んだ。
「よい、兄が後ろを守ってやるゆえ、存分に暴れてこい!」
その声に、元春は思わずニイッと笑った。
(ああ、やっぱり兄貴がいりゃあ……俺は何も怖くねえ!)
彼は再び槍を構え、敵陣へと猛然と突き進んでいった。
城の広間。暖かい日差しが障子から差し込み、障子の桟にできる影がゆっくりと動いていた。
子どもじみたやりとりに見えても、そこには互いを譲らぬ真剣さが漂う、“いつもの光景”が広がっていた。
隆景が小首をかしげ、わずかに笑みを浮かべて告げる。
「まったく、兄上は猪武者がすぎます。少しは引くことを覚えてくださいませ。」
元春はふんっと鼻を鳴らし、獲物を前にした獣のように目を光らせる。
「なにいっ? 兄貴みたいな口を利きやがって。妹のくせに生意気だ!」
そう言いざま、ぐっと手を伸ばし隆景の頭を軽くぐりぐりと押す。
痛みは大したことはない。だが隆景の瞳にはむっとした怒りが燃えた。
「いーたーいー! いのしし! いのししいのししいのしし!!」
声は調子を外していても、言葉の刃は本気だ。
すかさず元春も応酬する。
「なんだと! あたまでっかち! あたまあたまあたまあたま!!」
中庭では小鳥がさえずり、ゆっくりとした時間が流れる。
だが、その時―
――ピシッ。
広間にかけられていた三本の矢のうち一本にひびが走り、乾いた音を立てて床に落ちた。
元春の笑みが消え、視線がそちらに吸い寄せられる。
「……ッ?」




