第十話 毛利軍本隊―進軍開始。⑥
山陰地方―。
ガンッ、ガンッ、キンッ――!
鋭い金属音が戦場の空気を裂くように連続して響き渡った。火花が散り、甲冑の隙間から風が吹き込む。
土煙が巻き上がる中、吉川元春は鋭い眼差しで敵を見据え、三人の猛者の連携攻撃を受け止めていた。
まず一撃――善助の日本刀が地を擦るように低い軌道を描いて突進してくる。
地面すれすれの鋭い切っ先は、草を刈り、砂を巻き込みながら元春の足元を狙っていた。
元春は素早く一歩後退し、難なくその斬撃を躱す。が……。
足元を狙った善助……正確には、回避させた。
足裏の土が抉れ、後方へ飛び退いたその瞬間――
「せぇいっ!」
待っていたかのように、又兵衛が獣のような俊敏さで間合いを詰め、槍を一直線に突き出してきた。
その勢いと気迫はまさに烈火の如し。凄まじい速度で元春の胸元を貫かんとしていた。
「くっ……!」
元春は目を見開いたまま、その突きを紙一重で見切る。体をわずかにそらすと、槍の穂先が胸当てをかすめ、風の唸りだけが耳に残った。
直後、元春はそらした体の勢いを利用して、軸足を回転させる。
鍛え抜かれた筋肉が軋む音とともに、槍を大きく旋回させて、至近距離にいる又兵衛へ容赦なく薙ぎ払った。
「うおっ!」
又兵衛はとっさに手で地を蹴り宙返りし、元春の槍をかわす。
なおも追撃しようと踏み込む元春めがけ、友信が背後より豪快に大槍を振り下ろした。
「おおうっ!」
太く力強い咆哮を上げながら、重い槍を両手で大きく振りかぶると、そのまま元春の背後に向けて振り下ろす。
空気を割くような唸りが、鉄の棒を振るう音とともに響き渡った。
――鉄の嵐のような連携攻撃。
元春は瞬時に気配を察知し、腰をひねって後方へ跳ぶ。
跳躍の瞬間、槍の刃が彼の足元をかすめ、地面をえぐる音が鈍く響いた。
その目は冷静だが、額には汗が滲んでいた。
――だが、攻勢は緩まない。
彼の背後で、ひときわ鋭い気配が立ち上った。すでに刀を納めていた善助が、静かに踏み込みながら元春の動きを正確にとらえる。その眼差しは氷のように冷たく、だが芯に燃える意志の炎が確かに宿っていた。
「飛水斬!!」
鋭く息を吐くと同時に、善助が腰の日本刀を一閃した。空を斬り裂いた軌道が、まるで水面を割る波紋のように広がり、青白い刃となって元春に襲いかかる。
水のようにしなやかで、鋭く力強い、鋸のごときその斬撃。一瞬でも受ければ致命傷は免れない――。
元春は刹那の判断で身体をひねり、横へ転がるように地を蹴った。衣の裾が水刃にかすれ、微かな音とともに裂ける。
しかし、その行動すらも見透かしていたかのように、すでに友信が間合いを詰めていた。
「らあっ!!」
掛け声とともに、大槍がうなりを上げて振りぬかれる。槍身が空気を切り裂き、次の瞬間には元春の目前に迫っていた。
元春は歯を食いしばり、咄嗟に片膝を地につけると、自身の槍を逆手に振り上げ、迫る大槍を受け止めた。槍と槍がぶつかり合い、金属の悲鳴のような高音とともに、強烈な衝撃が両腕を通じて体幹を突き抜けた。
(――来る! 次の一撃!)
直感でそう悟った元春は身体をひねり、力を溜めた足で友信の腹部を蹴り飛ばした。
ドゴォッ!!
凄まじい衝撃が友信の腹部を突き、身体が宙に浮く。
「ぐふっ!」
元春の渾身の前蹴りで友信を吹き飛ばした……、はずであった。
が、友信は元春の蹴りを槍で受け止め、数歩後ずさりしたのみで、その場に踏みとどまる。
それが計算のうちだったかのように、背後の空気がうねった。
「うおおおおお!!」
まるで野獣のような声とともに、又兵衛が槍を構えたまま突撃してくる。その勢いはまさに銃弾のごとく、地を踏み砕きながら一直線に元春へと迫っていた。
その結果、正面の友信、背後の又兵衛。2人の槍が同時に元春を捕らえた。
「もらったあっ!!」
「おおおおっ!!」
捌ききれない。
元春は瞬時に判断し、肺の奥まで空気を吸い込んだ。
「――フウウッ!!」
気合とともに、元春の気が一気に爆発する。その気迫が空気を震わせる。
と同時に、踏み込んだ又兵衛の足元の空気がざわめき、バチバチッと音が走った。
このまま踏み込むとまずい―。又兵衛はとっさに突進を止め、足を踏ん張る。
雷の念術――迅雷風烈――
「でえええいッ!!」
元春は両手を槍に添え、天を仰ぐように構えた状態から一気に回転を加え、振り回した。
その槍先からは激しい風圧が生まれ、大地をえぐるように吹き荒れる。その風は雷光をまとい、雷鳴のように鳴り響いた。
閃光と共に炸裂した風圧を前に、三人は一斉に地を蹴って後方へ跳び退いた。衣がはためき、足元には小石と塵が跳ねる。
又兵衛の腰の衣の角がバチバチと音をたて、焼け焦げている。
「化け物だぜ、こいつ……」
又兵衛が槍を構え、大粒の汗を垂らしながら苦笑混じりに呟いた。だがその声には、恐怖よりもむしろ高揚感がにじんでいた。目の前に立ちはだかる敵の只者ならぬ気迫――それは畏れであり、そして戦士としての歓喜でもあった。
乾いた地に立つ元春は、肩を激しく上下させながらも、まっすぐに三人を睨み据えていた。汗が玉のように額からこぼれ、頬をつたって鎧の継ぎ目に吸い込まれていく。
(こいつら……恐ろしく息のあった連携だ。)
元春は又兵衛と友信に視線を移す。
(まず槍を持つ2人。こいつら、それぞれが相応の使い手。それにお互いに合わせるように槍を繰り出してくる。だが、攻撃に集中するあまりそれぞれに小さな隙がある。いわば、猪突猛進。)
次に善助へ視線を滑らせる。
(だが、この女。他の2人に力は及ばない。しかし、2人に目配せや指で細かな指示をとばしている。それだけではない。2人の小さな隙を埋めるよう立ち回っている……。この3人……よほど長い間、共に修練を積まねば、こうはなるまい。)
元春は3人を見て、わずかに唇を歪める。
(……うらやましい。俺も隆景や……兄貴と3人で戦場に出られたなら、怖いものなどなかったろうに……)
――元春の脳裏に、幼き日の記憶がよみがえる。




