—プロローグー⓪
雨の中――葬式場の駐車場。
空は重く垂れこめ、灰色の雲がすべてを覆い隠していた。
その中で少年は傘もささず、ただ一人、立ち尽くす。
もう何日も眠れていなかった。
建物の軒下では、参列者たちが小さく声を潜めている。
「かわいそうに……いじめだったんだってね。」
「最近、そういうニュース多いわよねー。」
ひそひそと交わされる言葉が、雨音に混じりながら、じわじわと少年の耳に入り込んでくる。
――なぜ、妹は死ななければならなかったのか――
その問いだけが、頭の奥で何度も反響していた。
その時。
ガラリ、と重たい音を立てて、葬式場の扉が開く。
中から、言い争う声とともに、少年の父と母が現れた。
父「まったく、なんでまた自殺なんか……」
母「あら、白々しい。――あなたのせいでしょ?」
父「……なんだと?」
母は肩をすくめ、吐き捨てるように続けた。
母「あー、早く離婚調停終わらないかしら。そうすればもう、あなたと話をしなくて済むのに」
父「……チッ」
舌打ちが、雨の中に響いた。
やがて母は、少年の前まで歩み寄る。
母「陸、あなたはもう帰ってなさい」
陸「……。」
陸と呼ばれた少年は、返事をしない。
ただ一度だけ、わずかに視線を落とし――
やがて、ゆっくりと歩き出した。
雨の中を、とぼとぼと。
どこへ向かうのかも分からないまま、ただ足を前へと運ぶ。
陸(――どうして妹は、こんな家に生まれてしまったのだろう――)
水たまりに映る、自分の歪んだ影。
陸(――どうして、あんな学校に行ってしまったのだろう――)
足取りは重く、だが止まらない。
やがて――
吸い寄せられるように、ひとつの場所へ辿り着く。
小さな神社。
鳥居は傾き、苔むした石段には雑草が生い茂っている。
社も朽ちかけ、屋根の隙間から雨水がぽたぽたと滴り落ちていた。
人の気配は、まるでない。
陸は、その場に立ち尽くす。
(……こんな所にも、神様はいるのだろうか?)
力なく、膝が折れる。
ぬかるんだ地面に膝をつき、両手を地面についた。
冷たい泥の感触が、掌に広がる。
それでも陸は、ゆっくりと目を閉じた。
心の奥底に沈めていたものが、溢れ出す。
――そして。
陸が願いを祈った、その瞬間。
空気が、変わった。
雨音が、遠のく。
まるで世界から切り離されたような、静寂。
その奥から――確かに、声がした。
――聞き届けた――
はっきりとした言葉ではない。
だが、“そう言われた”と分かる感覚。
陸の身体から、力が抜ける。
張り詰めていた糸が、ぷつりと切れたように。
膝が崩れ、前のめりに倒れ込む。
濡れた地面に頬が触れる。
冷たいはずなのに、もう何も感じなかった。
そして陸は、そのまま意識を手放した。
――明智殿! ――明智殿!
遠くから、誰かの声が響く。
水の底から引き上げられるように、意識が浮かび上がる。
陸は、ゆっくりと目を開けた。
視界に映ったのは――整えられた和室。
畳の匂い。静かな空気。
正座したまま、いつの間にか目を閉じていたらしい。
その時。
バンッ――と勢いよく、襖が開かれた。
武士「ここにおられたか、明智殿!」
荒い息をついた男が、部屋に踏み込んでくる。
和服に、結い上げた髷。腰には刀が差されていた。
陸「……?」
状況が理解できず、陸はただ小さく首を傾げる。
武士は焦った様子で一歩踏み出した。
武士「ささッ、お早く!――信長様がお待ちですぞ!」
陸「……信……長?」
少年のかすれた声が、静かな和室に落ちる。
その瞬間――すべてが、始まった。
Kindleにて出版中の本作(全5巻で完結済み)を、期間限定で公開中。
この機会を是非お見逃しなく!
コミック版も出版中!
xでも情報発信しておりますので、是非覗いていただければと思います。




