滝の将来
智嬉にブンブン揺られながら、滝は目を回しそうになっていた
「智嬉、智嬉、ギブ、ギブ!!」
そのとき、教室のドアがガラリと開いた
担任が腕を組んで立っていた
「蒼山。面接練習だ、職員室来なさい」
教室の空気が一瞬で“静電気が走った後”みたいにピシッと固まった
智嬉の手がピタッと止まる
が、滝だけは惰性でぐらぐら揺れている
「……ぁ……あ……」
目がぐるぐるして焦点が合ってない
担任は淡々と言う
「蒼山。今すぐ、面接練習だ」
滝はようやく揺れが止まり、放心状態の顔で振り向く
「め、面接……? 今……?」
担任はコクンとうなずく
「君、進路希望書が“無地の白紙”なのは知ってるだろう」
教室にざわざわする
後輩1「無地……!」
後輩2「いや白紙はまずいっす先輩!」
後輩3「蒼山先輩の将来が……自由すぎる……」
智嬉は滝の肩をポンと叩き、妙に優しい声で言う
「……なあ滝。お前、ついに“現実”と戦う時が来たぞ」
「智嬉、まさかさ…先生に、能力者になる、なんて言えるか? 将来マジで能力者受け継ぐけどさ」
「……なあ滝。お前は将来ほんとに能力者になる
ってか、ならざるを得ねぇんだろ? 親父さんのこともあるし」
滝は俯き職員室の前の廊下で、面接シートの白紙を握りしめながら呟く
「……けどさ、先生に言えるかよ “能力者になりたいです”なんて “将来は人助けじゃなくて世界守ります!”なんてバカみたいじゃん……」
智嬉はふっと笑う ちゃんと幼なじみの顔だった
「バカじゃねえよ 俺なんてさ、“滝を守るために強くなる”って目標で柔道続けてんだぞ?十分バカみてぇだろ」
滝は思わず顔を上げる
智嬉の笑顔は、不思議と説得力があった
「けどよ、滝 お前が嘘ついて進路書いたって、先生は“あっ、コイツ嘘だな”って気づかれるぞ?
なにより……お前自身が一番モヤモヤすんだろ?」
滝は俯いたまま、そっと拳を握る
「……俺は、本当は……“能力者になる”って言いたいんだよ 貴明さんみたいに、人を……守りたい」
智嬉は満足げにうなずき、ぽん、と背中を押した
「ま、表向きは“現実的な未来の職業”ってやつを書いとけ『公務員』とか『教師』とか、なんかそれっぽいの 裏の本音は……俺と先生と滝だけが知ってりゃいい」
滝はその言葉に、ゆっくりと頷く
「……智嬉やっぱお前、頼りになるな」
「だから言ったろ。俺は、お前がぶっ倒れねぇように隣に立ち続けるって」
滝は深呼吸をひとつして、職員室の方をまっすぐ見た さっきまで逃げ腰だった背中が、ほんの少しだけ肩を張っている
「じゃあ……行ってくる」
「おう。面接で噛んでも泣いて帰ってくんなよ?」
「噛まねぇよ!!」
滝は職員室に入ると、担任がスーツを入れたハンガーを手にしていた
「蒼山、今日は面接の“模擬”だがな。本番と同じつもりでやる。これ、着てみろ」
「……えっ、マジで!? 本気じゃん……!」
滝は思わず目を丸くする
肩まで伸びた髪をいじりながら、ちょっと気恥ずかしそうにスーツに目をやった
「これ、俺が着ていいの? サイズ合うかな…」
「大丈夫だ。去年、智嬉に貸したやつと同じサイズにしてある」
「えっ、智嬉にも貸してたの!? 」
担任はふっと笑った
「お前ら、性格は全然違うが……立ち姿だけは、どこか似てるんだよ。背筋の伸ばし方とか、顔つきとか」
「先生…どうですか?似合います?」
と滝はもじもじしながら、先生にスーツ姿を見せた
担任は一瞬だけ黙って、じっと滝の全身を見つめた
その眼差しは、親のような温かさが滲んでいた
「……あぁ、似合ってるよ。よく似合ってる」
「ほ、ほんとに?」
滝は照れくさそうにスーツの袖を引っ張ったり、ネクタイを直したりと落ち着かない
「うん。顔つきが引き締まったな。普段の“のほほん滝”とは違って、ちゃんと“未来の男”に見える」
「のほほんって言いました!?」
担任は小さく笑ってから話す
「お前も、背中で語れるようになってきたな。…まるで、お前の父親を見てるようだ」
滝の表情が真面目になった
「……俺も、あの人みたいに、誰かの役に立てるようになりたいんです」
「では…面接練習はじめようか?」
スーツの滝はゆっくり歩いていた
黒髪が揺れ、青いネクタイの結び目がきゅっと締まり、彼の背筋は、いつになく真っすぐだった
その後ろで、腕を組んで立つ戦闘服姿の純は、ちょっとむくれた顔をして滝の背中を見ていた
「……なんか、カッコつけてんじゃねぇよ」
純はグラウンドで準備運動をしている
戦闘服の袖をたくし上げた腕は、立派な腕筋が見える
そこへ、廊下からスーツ姿の滝が駆け寄った
「青髪兄ちゃんっ!!」
「……ああ?」
純は怪訝そうな顔で振り向いた




