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5 エルフの里

「改めて、ようこそ(ヴィルコメン)!ここは"エルフの里"だよ!」


エルフリーデに連れられ、ハジメ達は大きな一軒家にやってきた。巨大なソファーにふんぞり返りながら、エルフリーデは上機嫌に手を叩いてハジメ達を歓迎する。


どうやらこの町は、エルフリーデが守護する言わば()()()のようなもので、"エルフの里"と呼ばれているらしい。異能持ち達に対する町民達の態度もかなり肯定的で、わざわざこの町で正体を隠す必要なんてなかったのに、と道中でエルフリーデに言われた。


「さっきも名乗ったけど、私は正壁(しょうへき)エルフリーデ。永遠さんには昔、色々とお世話になったもんでね。あの時は珍しかった異国人の私は、永遠さんに助けられたんだ。だから私は永遠さんの味方。もちろん、永遠さんが大事にしてる君達の味方でもあるよ。」


並んでソファーに腰掛けているハジメ達は、ぽかんとしたままエルフリーデを見つめていた。

永遠は謎の多い人物だから、自分達が知らない事もあって当たり前だとは理解していた。しかし、実際に永遠の知り合いだという人物を目の前にして、永遠の人脈が想像以上に広いのかもしれないと初めて気付いたのだった。


「ずっと話してるだけもなんだしね、クラップフェンはいかが?まだ私が故郷にいた時、母がよく作ってくれたお菓子だよ。」


エルフリーデは大きな白い皿に山のように盛られた菓子を差し出してきた。揚げドーナツのような見た目のそれは、表面にうっすらと粉砂糖がかかっていて甘い香りを漂わせている。


「たべる〜!おなかすいた〜!」

「ずるい!バツも!」


見た事のない菓子に興奮したのか、それとも空腹に耐えかねたのか。ツミとバツが我先にと飛びつき、両手に大きな菓子を掴んでがつがつと貪り始めた。


「こらっ!二人共!お行儀よくしないとダメでしょ……!」


弥生が双子を止めようとすると、エルフリーデは腕組みをしながら大声で笑い始めた。


「構わないよ、たんとお食べ!チビは食べて寝て育つものだから!」


ひとしきり笑い終えると、エルフリーデはハジメの方に向き直ってじっと目を見つめてきた。ハジメはその眼差しに、微かに緊張感を覚える。








「……で、この子達が永遠さんの言ってた件の子?ハジメ君。」









―――()()()、と言われた事、自分の名前をエルフリーデが知っている事に驚き、ハジメは息を呑む。


「………貴女が言っているのが、"七桜ちゃんの子"という意味なら……その通りです。」


警戒心を隠せぬまま、睨むようにエルフリーデを見つめる。エルフリーデは顎に指先を当てて何か考える素振りを見せると、菓子を頬張って口の周りを真っ白にしている双子を観察するように眺める。


「やっぱりそうかぁ。彩色七桜の忘れ形見……いや、落とし子。永遠さんの言ってた通り、本当に()()()()()()んだね。」


永遠は一体どこまで話したんだ、とハジメは不快感を覚えた。ツミとバツの存在は、ハジメ達にとって複雑なものだったから、他人にはあまり知られたくなかったのだ。


「それで、君がこの子達の父親?えっと、君は確か……」


「弥生です。氷熊弥生。この子達は僕の娘と息子です。娘の名前はツミ、息子はバツです。」


エルフリーデの言葉を遮って、弥生が口を開いた。幸せそうに菓子を食べる双子を抱き寄せ、微笑みながら頬ずりする。


「七桜ちゃんが遺した……僕の大切な子供達です。僕は誓ったんです。死んでしまった七桜ちゃんの代わりに、この子達を立派に育てるって。七桜ちゃん(愛する人)が僕に託した、愛する子……。この子達は絶対に、失わない。」


弥生の話を、エルフリーデも微笑を浮かべながらうんうんと頷いて聞いていた。しかし弥生が双子に話しかけられたのに気を取られた隙に、ハジメの方を向いて「重症だね。」と小さく囁いた。


「異能持ち……特に"二つ名持ち"の間じゃあ、君達の事件はちょっと有名になってるんだ。知ってたかい?」


真剣な眼差しになったエルフリーデは、片手で自分の銀髪をいじりながらハジメをじっと見つめる。ハジメは一瞬言葉を詰まらせたが、ゆっくりと首を横に振った。


「……そこまで大事になってるとは、知りませんでした。……永遠さんが広めたのですか?」


エルフリーデは「タメ口で良いよ。」と言いながら菓子をかじった。ドーナツのような柔らかい生地の中から、薔薇色のジャムが覗く。


「噂の出処なんてわからないもんだよ。審査会の奴らが大騒ぎしたから、そっから漏れたのかもね。そんな大きな事件、二つ名持ち(私達)の耳に届かない訳がないんだよなぁ。」


くたくたになってじっと動かない厘を抱きかかえた謡野が、いい加減な態度のエルフリーデに苛立ったのか大きなため息をついた。


「ああ、やだやだ。そんな望まない形で有名になんかなりたくないよ。」


謡野のぼやきが聞こえたのか、エルフリーデは一瞬失笑を漏らした。


「それが異能持ちの運命(さだめ)だよ。大人しく受け入れる事だね。それに………もう五年近く経ってるし、君達の事件は"異能持ちの四天王"にも知られてるんだよ。」


"異能持ちの四天王"という言葉を聞いた途端、ツミとバツ以外の全員が凍りついた。エルフリーデは冷や汗を滲ませるハジメから視線を逸らす事なく、「知ってるよね、四天王の方々の事。」と嗤う。










―――異能持ちの四天王。


異能持ちの中でも、世界中に影響を及ぼしかねないとされる程強大な異能を持った、長命の四人の人物。





北の土地を守護する、「八百万(やおよろず)獣神(じゅうしん)」―――青蓮華(しょうれんげ)茅鼠(かやね)。齢は九百から千程。





西の土地を守護する、「颶風(ぐふう)の帝王」―――風ノ民(かぜのたみ)計羅(けいら)。齢は八百四十前後。





東の土地を守護する、「山崩しの酒呑童子」―――不動(ふどう)酒乃(さけの)。齢は七百と十数年。





南の土地を守護する、「茫洋(ぼうよう)たる海神(わだつみ)」―――水海月(みずくらげ)那由多(なゆた)。齢は五百と少し。






もはや彼らは人間というより、神に等しい存在とされている。異能持ちの中で、彼らの事を知らぬ者などほぼいない。それどころか、()()()()()達ですらほとんどが彼らの事を知っているのだ。


彼らは「異能持ちの始祖」―――無限(むげん)の実の子供達だとか、子孫だという噂が流れている。その真偽は定かではないが、彼らが恐ろしい程強大な異能を持っている事は明らかだ。彼らと比べれば、ハジメ達の異能は彼らの足下どころか立っている地面にすら遥か遠く及ばない。









「―――私も十年くらい青蓮華様と水海月様にはお会いしてないけどね。この前風ノ民様にはお会いしたんだよ。伝言預かってるよ。『ジブン、何勝手な事しとん?』だってさ。」


エルフリーデは大きなため息をつきながら、スマホをいじりだした。


エルフリーデの口から出た名前―――風ノ民計羅は、背中に白と黒の巨大な翼を生やした、「風を操る」異能持ちらしい。風で台風を吹き飛ばしただとか、大嵐を巻き起こして淡路島を沈めただとか、規格外の噂が流れている。

どうやら、そんな彼をハジメ達は知らぬ間に怒らせてしまったらしい。


「勝手な事って………僕達が助かるには研究所を壊滅させるしか……」


不服そうに不満を漏らした謡野の口を、隣に座っている十火が慌てて塞ぐ。エルフリーデは、そう言うと思った、とでも言いたげに呆れた表情を浮かべる。


「ま、私も君達の決断が間違っていたとは思わないよ。ただ風ノ民様曰く、審査会の奴らが騒いでやかましいんだってさ。異能持ちと持たざる者の()()()()を築いていた地域でも、そのせいでギスギスしだしたらしい。面倒な事になったって言われたよ。」







―――そう、異能審査会から逃げ出す為に、ハジメ達は捕らえられていた研究所を破壊したのだ。


全て、七桜の計画だった。


自ら捕らわれの身となり、殺された五人を憂いながら、生き残っていたハジメ達六人を助ける為に、文字通り()()()()()のだ。


七桜の(いのち)と引き換えに、ハジメ達は解放された。







「―――七桜ちゃんが、自分の全てを犠牲にして助けてくれたんだ。何も知らない他人が勝手に怒っているだけの事でしょ。」


ハジメの震え声を聞いて、エルフリーデはスマホから顔を上げた。


「ん、まあ風ノ民様は四天王の中で一番気難しいお方だから。それより、この話は終わりにしよっか。本題に入るよ。」


エルフリーデはスマホの画面をハジメ達の方に向けた。

そこには、火事で全焼したと思しき一軒家の残骸の写真があった。煙が燻る黒焦げになった柱が、どれだけ火の勢いが強かったのかを物語っている。


「これ、なんだと思う?」


エルフリーデが尋ねると、十火がハッと息を呑んだ。


「お母さん……!?」


ハジメ達には見えなかった。が、十火の目には、写真の端に映る黄金の九尾の狐がハッキリ見えていた。血の涙を流し、鋭い牙を剥き出しにした苦しげな表情の狐が、亡き母の魂だとすぐにわかった。


その通り(ゲナウ)!やっぱり同じ狐だから?私にも見えないけど、永遠さんには見えたらしくってさ。」


エルフリーデはおもむろに立ち上がった。


「狐ノ葉深玖の祟りだよ。最近この町で不審火やら謎の物損やらが相次いでいてさ。百聞は一見にしかずだ、とりあえず着いて来て。」

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