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2 魂の行先

漆黒の髪は、木の蔦かと見まごう程長く、牢の中いっぱいに広がって壁や天井から垂れ下がっている。髪と対比的に、青白く幽霊と勘違いしそうな肌は傷も汚れのひとつもついていない。そして、金剛石のように透き通った虹彩が、彼女が人外である事を物語っているようだった。


しかし、牢の中で微笑みながら座っている彼女は人外ではない。ハジメ達と同じ、異能持ちだ。

何十年、はたまた何百年生きているかわからない彼女は、昔ハジメ達と出会った時に"永遠(とわ)"と名乗った。少なくともその時は、彼女は牢の中などではなく、裸足で外を歩き回っていたのだが。





「あけましておめでとう、今年もよろしく!永遠さん!寒くない?大丈夫?あったかいお茶も持ってきたから、どうぞ!」


十火は鉄格子の隙間から、急須と湯呑みを差し出した。ハジメもそれに続いて、謡野から託されていた餅を永遠に手渡す。


「まあ、ありがとうございます。貴方達こそ、ここに来るのは寒かったでしょう?外は雪が積もっているみたいですし。」


永遠が手渡された餅をかじっていると、どこからか現れた人魂が急須を持ち上げて湯呑みに茶を入れた。


―――永遠は、「魂を操る」、非常に珍しい異能の持ち主だ。本来、魂というものは生者が易々と干渉できるものではないらしい。しかし永遠は、魂達をまるで赤子のように愛で、指先で操り、司っている。それ故か、彼女の周りにはいつもたくさんの人魂が漂っていた。


「ありがとうございます、刹那(せつな)。あら須臾(しゅゆ)、雪遊びはもうよいのですか?模糊(もこ)も帰ってきたのですね、よしよし……」


永遠は、()()()()()()魂ひとつひとつに名前をつけ、我が子のように愛でていた。形を失い、炎の形の人魂と成り果てた彼らは、永遠の事を慕い、永遠の代わりに外に行って様々な事を見たり聞いたりしてくるのだ。

人魂達と戯れながら餅と茶を口に運ぶ永遠の前で、十火もにこにこ笑いながら寄ってきた人魂を撫でている。


「永遠さん、今年はどうですか?……外には、出ないのですか。」


ハジメが尋ねると、永遠は手に持っていた湯呑みを置きながら微笑んだ。


「ええ、残念ながら。私は今年も出られませんよ。でも、貴方達のお手伝いをする事は勿論できます。」


そういえば、と、永遠は顔を上げた。近くに寄ってきていた人魂のひとつを手繰り寄せ、白い指先で撫でる。人魂は子犬のように、炎の尾をぱたぱたと嬉しそうに動かした。


「須臾が……この子が教えてくれましたよ。新しい情報を手に入れたと。」







永遠の言葉に、ハジメと十火は目の色を変えた。







「喜んでくださいな、十火さん。今回は深玖(みく)さんのお話ですよ。」





「…………お母さん……!」


十火は、その場に崩れ落ちるように膝をついた。その目には、じわりと涙が浮かんでいる。








―――ハジメ達が探しているもの。それは、およそ五年前に亡くした仲間達の魂だった。







―――かつて、ハジメ達は人里離れた小さな小さな村で暮らしていた。そこで暮らしていたのは、ほとんどが異能持ち。異能を持っていないハジメの妻子を除けば、十二人の異能持ちが集っていた。


十火の母であり、同じく「九尾の狐」の異能持ちである狐ノ葉(このは)深玖(みく)


花のように可憐な美少女、「植物を操る」異能持ちの木蔦(きづた)エイプリル。


いつも元気で明るい、「水を操る」異能持ちの少年五月雨(さみだれ)清彩(さあや)


濡鴉色の髪とお喋りな口が愛らしい、「鴉」の異能持ちの少女濡鴉(ぬれがらす)六爪(むつめ)


「狛犬」と「土砂を操る」、強力な二つの異能を持った青年、弐ツ穴(ふたつあな) 狛阿(はくあ)






そして、桜色の髪をした少女―――ツミとバツの母親であり、「変色」の異能持ち、彩色(さいしょく)七桜(ななお)








――――彼ら六人は、「異能審査会」の手によってその命を奪われた。




ハジメ達は、彼らの魂を探し続けていた。

彼らの魂が今でも苦しみ続け、この世に縛られ続けていると聞いてから、彼らを救おうと探し続けているのだ。


「お母さん……本当にお母さんなんですか……!?今度こそ、お母さんを助ける事ができるんですか!?」


十火は半狂乱になって、鉄格子に縋りついた。

実は今まで、深玖の魂とは何度か接触している。だが深玖の魂はハジメ達の想像以上に錯乱していて、救う事ができず取り逃してしまっていた。十火は母を救う事ができないもどかしさと、弟妹―――同じく「九尾の狐」の異能持ち―――に見捨てられてしまった悔しさから、毎日のように涙を流していた。


「焦らないでください、十火さん。ただ今回も、深玖さんは荒れに荒れているようで……貴方達だけの力で鎮める事ができるかわかりません。……深玖さんの魂がいたのは、ここから西へ行った所にある、伊賀という街です。今までと比べてかなり近い場所ですよ。」


永遠の言葉をみなまで聞かず、十火は「ハジメさん、早く行こう!」と叫んで駆け出してしまった。まだ話の途中だろうに、とハジメはため息をつく。


「すみません、永遠さん。たぶんあの様子だと行くと言ってきかないと思うので……今日中にでも出発するかもしれません。」


ハジメが頭を下げると、永遠はふふっと笑ってまた人魂を撫でた。


「構いませんよ、貴方達が留守の間は刹那達がいてくれるので。……ただ、ハジメさん。」


永遠の声のトーンが重々しいものに変わり、ハジメは思わず息を呑んだ。


「………やはり、深玖さんの魂は非常に強力な呪力を纏っています。今の貴方達では、とても太刀打ちできない。それは何度もお伝えしてきた事です。」


厳しい言葉に、ハジメは何も言い返せず俯いてしまう。そもそも、魂への干渉の仕方なんて微塵も知らないハジメ達にとって、怨霊のようになってしまった魂を鎮める事などできる訳ない。


「……なのでハジメさん。貴方達は深玖さんの前に、他の皆さんの魂を回収すべきなのです。」


その言葉に、ハジメはハッと顔を上げた。


「永遠さん……もしかして」


「ええ、その()()()()()、です。ようやく見つけましたよ。…………エイプリルさんと清彩さんの魂を。」







―――エイプリルと清彩。この二人の魂は、この五年間で全くと言っていいほど情報を得る事ができなかった。

深玖と六爪、狛阿の魂はあちこちを動き回っているらしいから、ちょくちょく情報は得られていた。だがエイプリルと清彩は、全く見つからなかった。特に清彩は、死んだ時の状況が凄惨極まりないものだったからか、魂がボロボロになってほとんどが消滅してしまっていると、それだけが伝えられていた。

その二人を、ようやく見つける事ができたと言うのだ。


「エイプリルさんの魂は、さらに西………山陰の中にひっそりと存在する、小さな小さな村にいるそうです。大麦(おおむぎ)村、というそうです。異能持ち達を聖人と崇める村、らしいですよ。須臾が見つけてくれました。魂は生前と変わらぬ、美しい姿を保っているとの事です。」


そして、と永遠は一息置いてから話を続ける。


「清彩さんは、本州の一番北……津軽海峡の近辺ですかね、そこにいました。」


津軽。何故そんな遠い所に、とハジメは愕然とした。清彩は生まれた場所も死んだ場所も、住んだ場所も北の土地とは全く縁がない。そんな所まで彼が行くだなんて信じられない。一体どういう事だろう。


「清彩さんは…………彼の意思でそこへ行った訳ではありません。以前も言った通り、彼の魂は酷く壊れています。()()()()()に縛り付けられて、離れる事ができなくなっているのです。……彼の最期を知る貴方なら、この意味がわかるでしょう?」


―――ハジメの中に、記憶が蘇る。

清彩の死体に対面した時の記憶。異能審査会に捕らわれていた時に、連れて行かれた先で横たわっていた清彩の死体。そこでへらへらと笑っていた、とある研究員の顔―――。





「……アイツかッ!!!!」


ハジメは洞窟の壁を、勢いよくガンッ!!と殴った。それに驚いて、人魂達が散り散りに飛んで行く。


「いいですか、ハジメさん。清彩さんの魂は、深玖さん程ではないとはいえ、今のままでは救う事ができません。しかし、エイプリルさんは別です。彼女は貴女達を忘れていないでしょうから、きっと貴女達に協力してくれるはずです。まずは、エイプリルさんを連れ戻しなさい。深玖さんに会った後でも構いません。エイプリルさんに協力を求めなさい。清彩さんを救えるのは、その後です。」


ハジメは悔しさから、ギリギリと音を立てて歯ぎしりしていた。しかし永遠の言葉をじっくりと反芻し、心を落ち着かせる。皆を救いたいならば、冷静な判断が求められる。


「……わかりました。まずはエイさんを連れ戻します。ありがとうございます、永遠さん。」


そう礼を言い、ハジメは永遠に背を向けた。

しかし、数歩歩いたところで不意に足を止める。


「…………ところで永遠さん、その…………七桜(ななお)ちゃんは……?」





永遠の、悲しそうな声が答えた。


「いいえ。ダメです。彼女の魂はとっくに…………」


――嗚呼そうか、何馬鹿な事考えてたんだ。と、ハジメは自嘲を浮かべた。


「そうですよね。すみません、変な事聞いてしまって。」


右目からこぼれ落ちる涙を拭いながら、ハジメは永遠の前から去って行った。












「―――七桜ちゃんは、とっくに消えてしまったんだよな。」

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