プロローグ ラッキーセブン
七って、縁起の良い数字なんだって。
―――そう言っていたのは、何処の誰だったか。
確か、濡鴉色の髪をした少女だった。
いつも笑っていた、愛らしい童顔の少女。
元気だった彼女は、もう遠い遠い記憶の中にしかいない。切り裂かれた首から溢れる鮮血が、べっとりと手に張り付いた光景にかき消されてしまう。
思い出したくもない忌々しい光景が、幸せだった頃の記憶を上書いて塗りつぶす。
三匹の子狐を抱き寄せ、温かい愛の中で微笑んでいた九尾の狐。大切な子供達に、いつもいつも愛してるよと囁いていた母狐。
彼女の幸せは、眉間と心臓に空いた穴と、死を連想させるには少なすぎる流血でかき消される。子狐達の名を呼びながら、ふっと命の灯火が吹き消された。
花を愛で木を撫でていた少女の、穏やかな笑顔。赤いサザンカの花をいつも髪に飾っていた彼女は、誰よりも美しかった。
彼女の命は、鈴蘭の花と共に散って消えてしまう。毒のある花を手にぎゅっと握りしめ、吐瀉物で汚れた口は何を言わんとしていたのか。
暑い日差しの中で、川から飛び出してきた少年の無邪気な笑顔。まるで水の精のように透き通った笑い声で、一緒に魚捕りでもしませんか、と呼びかけてくる。
気付きたくすらなかった。まさか、あの無邪気で愛らしい少年が、ぐちゃぐちゃになってしまっただなんて。嬲られ汚され尽した、あの無惨な死体しか思い出せなくなってしまう。
狛犬、狛犬、と叫ばれながら、小さな猫に追いかけられる青年は、苦笑いしながら逃げ回るフリをしていた。彼の想い人がその近くで、腹を抱えて笑い転げている。
嗚呼、最期に会いたかった。そう言って死んでいったらしい彼を、誰が救えただろうか。蜂の巣のように穴だらけにされたその体が、最期に何処へ向かおうとしていたのか。
―――そして、耳をつんざく赤ん坊の泣き声。
ほぎゃあ、ほぎゃあ、と、耳障りなふたつの声が瓦礫の山の上で響き渡る。
いるはずのない存在。望まれないはずの存在。
どうして生まれてきてしまったのか。
存在そのものが"罪"であり、生きていく事自体が"罰"である。そんな新しい命を手に抱いて、鬱陶しい温もりに愛おしさを抱く。
「―――――もう二度と会わないよ。永遠に。だから、バイバイ。」
―――七が縁起の良い数字なら、七を名前に持つ彼女は何故数奇な運命に弄ばれた?
ただ幸せを願っていただけなのに、全てを奪われ捨てざるを得なかった。虹色に彩られていた生活を、全部壊され澱んだ灰色にされてしまった。
最期に彼女が託したのは、希望か絶望か。はたまた、呪詛か。
探さなければならない。散って行った仲間達の魂を。身体を喪った彼らが、せめて安らかに眠る事ができるように、弔う為に。
また出会う為に、自分達を嫌ったこの世界に立ち続ける。