彼はハスキー
夕食後…部屋でマリと映画を観て女子トークに花を咲かせ床に就いた
が…ルフィの写真が気になって眠れない
ペット用のベッドに寝ていたルフィがふいに前足で私の肩をポンと叩いた
「寝れないんだろう ベランダに出よう…」
「うん…マリ、起きないかな」
「さっきお茶に軽い導眠剤混ぜておいたから朝までぐっすりだと思うよ」
い、いつの間に…
抜かりないというかなんというか…
言われるままベランダにでると
「今夜は満月だから…」
ルフィは私の目の前でハスキー犬から188cmはゆうにあるであろう男性の姿に変貌した
月明りに照らされサラリとした前髪が瞳にかかった青白い端正な面差しの男性が私を見つめている
なに…なんだろう…この感覚…
この瞳…この唇…なぜか…懐かしい
この指も…青白い頬も…
彼に触れようとそっと伸ばした指をルフィはギュッと握りしめると愛おし気に接吻する
涙が…溢れる…なに…どうして…
気付けば私達は唇を重ねていた
ルフィ…ルフィール…
「思い出した? モーリシャス…」
まるで映画のように 次から次に彼との過去が頭の中で再現され記憶の箱から溢れ出てくる
幼馴染の私達はいつもいつも一緒だった
庭の薔薇園で楽しそうに手を繋いで散歩をしている私達
舞踏会であなたにエスコートされ踊っている私
おなたの膝に座り抱きしめられて子供のように無防備に甘えている私
キャンドルの灯りに照らされ甘い吐息を散らばせ愛し合う私達
そうだわ……敵国との戦に敗れた知らせを受けた私は彼が亡くなってしまったと思い 到底あなたなしで生きていくことに耐えられないと絶望して
城に攻め入る戦士たちに辱めを受ける前にと毒を煽って川に身を投げてしまった
あなたが生きていたとも知らずに…
負傷した身体を引きずりながらようやく城に戻ったルフィは留守を預かり変わり果てた私の前で慟哭していた姉からすべてを聞かされ…
私の亡骸を抱きかかえて狂ったように泣き叫んでいるルフィが見える…
幾日も幾日も彼は眠る私に添い寝をしたまま片時も傍を離れず耳元で話しかけ子守歌を歌っている
やがて白骨化した私の頭を抱え…ペンタクルを描いて悪魔を召喚した
「よろしい そなたの願い 叶えてやろう…その姿と引き換えに」
彼は人の姿を捨て魔性犬となり 満月の夜にだけ生前の公爵に戻ることが許された
何百年も何百年も 暗闇でその身を隠し気の遠くなるような孤独の中でひたすら私の生まれ変わるのを待っていた
「もういい…もういいわ…ルフィール…」
「モーリシャス…どうか目を逸らさずに知って欲しい 私がどんな想いでお前を待ち焦がれていたのか」
「さびしい想いをさせて…独りにさせて…苦しめて…こんなにも…待たせて…ごめんなさい…」
「思い出しました 何もかも…
お願いです 迷いはありません いますぐ私を あなたの世界に連れて行って!」
「モーリシャス…だが 私は満月以外は元の姿に戻れないんだよ
一生 このハスキー犬のままだ」
「お前は魔性犬の姿の私を愛せるのか?」
「そんなこと…何の問題もありません あなたと共にいられるのなら」
「それに…あなたもご存知のはず 私、ハスキー犬が大好きなの」
「その言葉…信じてよいのだな?」
「はい…!」
静かに頷くももにルフィは口づけをすると魔性犬の姿に戻る
「ああ…あなた! 愛しています」
迷わずに抱き着く私を彼はペロペロと優しく舐めてくれる
「もう大丈夫でしょう 信じてあげたら? お兄様…」
背後から聞こえたマリの声にぎょっとして振り返ると真紅のドレスに身を包んだ長い黒髪の妖しいマリが…
正しくは生前の私の姉のマキーシャが優しい微笑みを浮かべて佇んでいた
「言ったでしょう? もしもあなたが恋をしたらどんな相手であれ全力で応援するって」
「マリ…マリは…お姉さまだったの…」
泣きながら駆け寄った私をマリは優しく抱きしめながら言葉を続ける
「目覚めてよかったわ 家族で人間のフリをするのは大変だったわよ(笑)」
え…家族でって…?
「私達もね…ノスフェラトゥになったのよ」
「おめでとうルフィールにモーリシャス…」
「この親不孝者のバカ娘が…心配したぞ…」
瞳を潤ませながら拍手しているパパとママ…
…お父様…お母様…
二人とも下界でもものパパとママとしてお姉さまと共に見守ってくれていたのね…
「ごめんなさい…私、みんなに迷惑かけて心配させて…」
言いかけた私の唇をルフィがペロリと舐め前足の肉球でパフリと抑える
か…可愛い…
「もういい…こうしてきみは戻って来たんだ…私の最愛の妻として…」
「もう…犬になっても素敵なんだから…」
もふもふの彼に誓いのリングをはめられ 私達は家族との再会に涙して喜び合い夜明けまで祝杯を挙げた
その日を境に一軒の家と共にある家族が忽然と町から姿を消した
そしていつもと変わらぬ日々が繰り返された
ももに関わった知人と友人たちがいっさいの記憶を失くしたことを除いては…