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6:66  作者: 三十三八十六
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息が止まった。

勢いよく手を引っ込めた。

心臓が破裂しそうなほどの激しい鼓動。

冷や汗が背中を伝う。


あれがなにか……

俺はあれをよく知っている。


人の指だ。


本と本の間に指がある。


触れた時にわかった。

“あの本” だ。


指が? でもなぜか俺にはわかる。

あれが “あの本” なんだ。


見つけたぞ。

七不思議の話が本当なら、これで出られるはずだ。

引っ込めた手を見るが暗闇しか映らない。

腕時計の灯りもよく見えなくなってきている。


汗をぬぐい、扉のあるところまで壁づたいに移動する。

一度歩いたところだ。

完全な保証はないけど安心感はある。


冷風を感じる場所まで来た。

両手を壁につけ扉の取っ手を探す。

あった。

勢いよく右に引いた。


しかしなにも変わらない。

取っ手から外れた指先の痛みだけが残っている。


忘れていた絶望が忍び寄る。

俺は壁を叩いた。


「誰か! 誰か! 助けて!」


昔、親に連れられた科学館で完全な防音室に入ったことがある。

あれと同じだった。

言葉はどこにも反響せず、すぐさま空間に吸い込まれ消えてなくなった。

自分自身が粘土の中に押し込められているような感覚だった。


父さん、母さん、姉ちゃん、助けて。


それを口にしたら俺の心は終わるとわかっていたので、言葉を飲み込んだ。

わかってる。

助けなんかこないんだ、ここはそういうところなんだ。


隙間から出てくる冷たい風を吸い込み、頭を冷やす。

もう一度、来た道を引き返す。


問題の本棚に差し掛かった。

ちょうど中央あたりに指があったのを思い出す。

床が軋む音がする。

近づくにつれて鼓動が速くなっていく。


ついに俺の指が、あの指に、触れた。

爪があった。

恐怖ですぐさま手を引いたが、やるしかない。


もう一度、暗闇に手を伸ばす。

指がある。温かい指だ。

すぐ上にも指がある。


わかった。手だ。

本と本の間に手が挟まっているんだ。

しかも体温を感じる。

もしかしたら、人がこの奥にいるのかもしれない。


「誰かいますか?」


蚊の鳴くような情けない音が口から出た。

恐怖で喉が締まり、うまく声が出ない。

返事はなく人の気配もない。


もう一度、手を触る。

五本の指を確認した。


脱出するにはこれを引き抜くしかない。

覚悟を決めて人差し指であろう指を握った。

生暖かく湿った指の感触に吐きそうになる。

ゆっくり引くと同時に左右の本が動いた。

最後まで引き抜く。

バタバタと床に本が落ちる音がする。


最後まで引き抜けたことで、これが人間じゃないことがわかった。

引き抜いた先が床に付いていない。

人にしては軽すぎる。

だからといって迷いはない。

これを扉まで持っていくだけだ。

今、この闇の中で俺がやれるのはそれだけだ。


俺は引き抜いたものを持って、来た道を引き返した。

扉の付近まで近づいた時、突然指が激しく動き始めた。

あまりの気持ち悪さに思わず落としてしまった。

それは床を削るかのようにガリガリと音を立てたが、ピタリと止んだ。


俺は恐る恐るその音がするところへ手を伸ばし、それを掴んだ。

少しずつ触りながら形を想像する。

さっきと指の形が変わっている。

第一関節と第二関節が曲がっていた。

まるで取っ手を持つ指のように。

そのまま手の甲に下り、手首であろうところを触ったとき俺は悲鳴を上げた。


今の感触は……唇と歯だ。

俺の指に唾液がついた。


もう一度、触る。

ここは鼻で、この上は目だろう。

髪の毛も生えていた。

人の頭としてはかなり小さいが、間違いなくこれは人の頭だ。


手首に頭がついている。

そしてそれは温かく血が通っていた。


限界だ。

この世のものとは思えない奇妙な何かに、俺はもう我慢が出来なくなり吐いた。

激しく咳き込む。

涙とゲロが混ざって鼻が痛い。


だけど、やるしかない。

これでダメなら狂おう。


扉の取っ手にこいつを引っかける。

横にスライドさせると、動いた。

風が吹き込む。

汗が冷えていく。


俺は肺いっぱいに空気を吸い込み、覚悟を決めて、“あの本”を、この目で見た。

息を呑んだ。

あの本=手につながっていた小さな顔は、俺の顔だった。

その顔の穴という穴から文字が溢れ、小さな顔を覆っていく。

全てが繋がった気がした。

助かったんだ……



「速報です。 今月九日から行方がわからなくなっていた◯◯県△△市の15歳の少年が、本日、△△市内で発見されました。少年は意識を失った状態で倒れており、救急隊員が現場に到着後、直ちに病院へ搬送されました。現在、少年は意識不明のままで、命に別状はないとのことです。 警察は少年の回復を待ち、今後の調査を進める予定です」




「吉本さん家の真人くん、見つかったらしいよ」

「ねぇーびっくりした! 家出じゃないの? なんて思ってたけど、家出にしちゃ異常だしねー。怖いわー」

「え、どういうこと? なになに?」

「真人くん、学校の裏山にある旧校舎の図書室前で見つかったんだって」

「やだ、怖い!」

「ここからがヤバイんだけど本当に内緒にしてよ?」

 「えー! なにー!?」

「ママ友が搬送先の病院の看護師やってるんだけどさ、運ばれてきた真人くん」

「うんうん」

「体中に文字が書かれてたんだって」

「ヤバ……」

「ね。それだけじゃなくて、耳が手の形になってたんだって。しかもそれ、何かを掴むような形をしてたらしいよ」





初ホラーです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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