最終防衛ライン~異世界からモンスター襲撃~
ずっとやりたかった、全編戦闘シーンの短編小説。
「大丈夫。大丈夫……」
一人の少女が、お守りと剣を握りながら。
自分に言い聞かせるように、唱えていた。
星空の下、大勢の入院患者を抱える病院の前で。
様々な装備を構えた、兵隊達が構えている。
少女もその兵隊の一員であり、来るべき戦いに備えている。
「何が大丈夫だ。随分と怯えているな、アリス」
先輩隊員から声をかけられて、冬木アリスはビクッとした。
それを隠す性に、先輩を睨む。
「怯えてません! これはその……。武者震いです!」
「一応だけど、状況は理解しているよな?」
「も、勿論です! 任務は異界より現れた、魔獣の討伐」
アリスは頭を必死で回転させて、先輩の質問に答える。
異世界ゲート。ファンタジー世界に繋がると考察される空間の裂け目から。
十八時丁度に、街中に魔獣が送り込まれてきた。
突然の襲来故、現在でも住民の避難は完了していない。
自体を解決すべく、異能事件対策部隊『ガード』の隊員達が現場に派遣される。
だが病院患者は簡単に移動できない。、最悪な事に魔獣は真っすぐ病院に向かってきている。
「魔獣のコードネームは"ブレイドラー"。両手の甲と尻尾に剣を装備した奴です」
「解析によれば火も吹くらしいな。爆発級の」
「患者の避難が出来ない以上。ここが最終防衛ラインとなっています」
アリス達は病院に被害が及ばない程度の近さに居る。
ここを突破されれば、被害は免れない。
新人でありこれが初任務のアリスは、重責に押しつぶされそうになった。
「心配すんな、精鋭達が最前線に出ている。ここに来る前に倒されるさ」
アリスの肩に手を置く先輩も、手を震えさせていた。
先輩と言っても、彼もまだ二年目。経験は浅い。
彼だけじゃない。この最終防衛ラインに立つものは、皆経験の浅い者ばかり。
部隊の隊長ですら、五年目にも到達しない二十五歳の男性だ。
即席のチームでもあり、到底魔獣を食い止められるとは思えない。
何故上層部はこんなチームを、最終防衛ラインに配置したのか。アリスは疑問だった。
『貫通弾隊、配置についた。敵の足止めを』
『アシッド弾発射! 敵の剣を無力化します!』
無線から前線の声が聞こえてくる。
その声には焦りが混じっていることは、新人のアリスにも分かった。
恐らく、魔獣は想定外の猛攻を続けているのだろう。
目を瞑りながら、イヤホンから無線を聞くアリス達の隊長。
背中に剣を背負い、腰に拳銃のホルダーと変わった装備の隊長だ。
隊長はこめかみに手を当てながら、考え事をしているように見えた。
『融けた剣が再生している!? マズイ! 総員退避!』
『アイツ! 肩の穴からミサイルの様な攻撃を……!』
強烈な爆音と共に、無線から悲鳴が聞こえてくる。
魔物の状態は常に解析されて、そのデータが手元のデバイスに送られてくる。
アリスは更新された、魔獣のデータを見た。
――身長三メートル。意外と小さい……。
などと思いながら、その凶暴な面構えに緊張感を高める。
特に剣の鋭さと大きさ。こんなのに斬られたら一溜りもないと、魔獣が来ない事を祈る。
『貫通弾を弾かれた!? アイツ相当堅いぞ!』
『手の甲の剣に気をつけろ。剣を飛ばしてくるぞ!』
ビルが崩れる音と共に、再び悲鳴。
前線過酷さと緊張感が、無線から伝わって来る。
隊長がようやく目を開いて、無線に手を当てた。
マイクを持っていき、誰かと通話するようだ。
「司令部。最終防衛ラインを引き上げるべきです。敵は遠距離攻撃を豊富に持っています」
部隊の隊長は、この距離でも病院に被害が及ぶと考えたようだ。
それだけじゃない。他の防衛ラインは、突破されると予見している。
『司令部から、"サンダー"へ。現状の地点で待機を命じる』
「……。了解。引き続き、最終防衛ラインの守護を」
明らかに不満そうな表情をしながら、サンダー隊長は無線を切った。
隊長の本名は誰も知らない。コードネーム以外は、語らないのだ。
「隊長、何故司令部はここを最終防衛ラインに?」
失礼かと思ったが、アリスは隊長に質問した。
歳も経験年数もそこまで上の訳じゃない。
当たって砕けろの精神で、ぶっつかる。
「上の連中は、前線で魔獣が止まると信じているのさ」
「え? どうしてですか?」
「前線には選りすぐりのエリートが揃っている。ここは形だけの、防衛ラインさ」
少し近寄りがたい雰囲気とは裏腹に、隊長は気さくに話す。
緊張が解れて、アリスは質問を続ける。
「失礼承知なんですけど……。なんでこんなメンバーで、最終防衛ラインを?」
「病人を危険にさらす位置まで、魔獣を近づけたら批判されるだろ?」
「あ! だから前線にばかり、エリートが……」
アリスはようやく、この防衛ラインの意味を理解した。
これは病院を守るという面目を保つため、形だけ作られた部隊なのだ。
病院に近づく前に魔獣を倒し、最小限に被害を抑えたとアピールするための。
だがその前線は、既に第二防衛ラインまで突破されている。
第四防衛ラインが突破されれば、魔獣はここまでくる。
「まあ、この様子だと。司令部の読みが甘かったんだろうな」
「そうですね……。先ほどから不吉な声が……」
「でも司令部の命令は絶対だ。逆らえない」
防衛ラインを引き上げると言う事は、許されない。
だが前線が突破されれば、後衛にはそれより弱い部隊が固まっている。
司令部も前線の苦戦は理解しているはずだ。
「命令は絶対だから、交渉で有利な条件を引き出すよ」
「は? 交渉ですか?」
サンダー隊長は微笑しながら、無線に手を当てた。
「サンダーより、狙撃部隊、砲撃部隊へ。ちょっと、提案があるんだけど」
隊長は前線の部隊に、無線を飛ばした。
狙撃部隊は貫通弾を放った部隊。砲弾はアシッド弾を放った部隊だ。
「無線の様子からだと、明らかに切り札が効いてないよね?」
『狙撃部隊隊長、"スナイパー"からサンダーへ。悔しいが、全く効き目なしだ』
『砲撃部隊隊長"ランチャー"からサンダーへ。こっちも足止めが精一杯』
最前線の二部隊ですら、殆ど攻撃が効果をなしていない。
攻撃力が下がる後方の部隊では、足止めすら出来ない。
「税金を無駄にするくらいなら。接着弾で肩の砲口止められないかな?」
接着弾と言うと、爆破と同時に接着剤をまき散らし。
僅かな時間で固まる弾丸の事だ。
魔獣は肩の穴から、砲弾を飛ばすらしい。
接着弾で塞げば、その攻撃は無力化されるだろう。
『ランチャー、了解した。提案感謝する』
『スナイパー、了解した。魔獣の足止めに入る』
「無理せず人名優先で。こっちはこっちで策を練るよ」
この通信は司令部も聞こえているはずだ。
何も口を挟まないという事は、隊長の意見を認めたという事だろう。
勝手に他の部隊へ意見を出して、大丈夫かとアリスは不安に思う。
「ライトニングから、第四防衛ラインの部隊へ。多分、魔獣はそっちに行くよ
『第四防衛ライン隊長、"リカイン"。承知した』
「ダイナマイトを設置して、足止め出来る?」
『了解した。罠の設置を始める』
アリスは驚いて、言葉を失った。
目の前の隊長の指示で、他の部隊が動き出している。
どう考えても絶望的な状況の中で、この人は最善の一手を放っている。
「ダイナマイトで爆破したら、後は俺がやる」
『噂のサンダー隊長が、背中に居るなら安心だな』
「"噂の"は余計だね」
軽妙な口調で、部隊長とやり取りする隊長。
アリスはなんだかこの隊長なら、やってしまいそうな気がした。
『司令部より、リカインへ。その場所で魔獣を食い止めよ。撤退は許さない』
「サンダーから司令部へ。現場待機していれば、遠くから援護しても問題ないよね?」
『また余計な事を……。"今回も"大丈夫なんだろうな?』
「貴方達が正当な評価を、部下に下しているなら」
勝ち誇った笑みで、サンダー隊長は司令部に訴えた。
数秒の沈黙の後、再び無線が開かれる。
『分かった……。最終防衛ラインの引き上げを許可する』
「感謝しますよ」
『どうやら、君が居る場所はどこまでも前線のようだね』
通信が終わると、隊長は皆へ振り向いた。
手で合図を出しながら、近づくように伝える。
「と言う訳で、全員前にでよっか。オフサイドは狙えないけど」
「えっと……。私達、戦うんですか?」
アリスが不安げに伝えると、隊長はにこやかに笑い。
彼女の背中を安心させるように叩いた。
「心配すんな。お前らの命は俺が預かる。絶対に守って見せるさ」
隊長の合図と共に、部隊は前へと引き上げられた。
場所は第四防衛ラインが見える範囲だ。
『こちらランチャー。接着弾の砲撃に成功した。これより、撤退する』
『リカインよりサンダーへ。罠を設置した』
「んじゃあ、直ぐにその場を離れて、起爆準備。足止めくらって、相当イライラしているだろうから……」
アリスは遠くから、影が近づいて来るのが見えた。
二足方向で、青い体。手の甲に剣のある赤い目の魔獣。
ブレイドラーが突進をしながら、近づいてきている。
「十秒後に来ると思うよ」
『こちらも確認した。カウント開始』
リカインのカウントダウンが始まった。
数字がゼロになると同時に、道路に仕掛けられたダイナマイトが爆発する。
魔獣の前方道路が急に崩れる。足を止めるも間に合わず、魔獣は足元を崩した。
「んじゃあ。ちょっと……」
隊長は背中の鞘から、剣を引き抜いた。
「行ってくる」
隊長は隊員達に待機を指示して、前方に駆けだした。
体勢を立て直した魔獣は、口から火球弾を飛ばす。
リカインの隊員に火球弾は近づいた。その炎を。
一筋の斬撃が、切り裂いた。
火球弾が斬れた前方には、剣を構える隊長の姿が。
「来なよ。俺が遊んでやるぜ」
隊長は姿勢を低くして、魔獣へ走った。
魔獣は再び火球弾を飛ばし、隊長の進行を妨げる。
隊長は剣を前方に構えて、火球弾を防御した。
火球弾が爆発して、煙で隊長の姿を隠す。
その僅か一瞬後、青い閃光が魔獣に近づいた。
閃光は隊長の姿となり、剣で魔獣の胴体を切り裂く。
魔獣は仰け反りながらも、両手を広げた。
遠くからでも聞こえる足音と共に、隊長に走る。
「流石に今ので倒れるとは思っていないさ」
隊長は大きくバク転して、魔獣との距離を取った。
ホルダーから拳銃を取り出して、銃口を魔獣につきつける。
即座に引き金を引いて、弾丸を発射した。
近寄る魔獣の右目に、弾丸が命中する。
目を攻撃されて、魔獣は怯んだ。
サンダー隊長は、指を鳴らすと同時に再び青い閃光へ。
雷光の如き速さで、魔獣に近寄った。
三角形を描くように、魔獣の周囲を回る。
「先輩、もしかして隊長って、異能力者なんですか?」
「ああ。サンダー隊長は、あらゆる電気を操る。雷撃の異能力者だ」
三角形の頂点に、それぞれ青い球体が置かれている。
ようやく持ち直して魔獣に向かって、球体から電撃が放たれた。
貫通弾を弾く魔獣の体も、電撃には耐えれなず苦しみを与えた。
隊長は再び拳銃を構えた。同時に銃が青く光る。
引き金を引かれると、銃から電撃が飛び出した。
電撃は魔獣に向かって飛ぶが、尻尾ではたき落とされた。
「おっと……」
予想より早く、魔獣が電撃から復帰した。
素早く隊長に近づき、両手の剣で彼を突き刺そうとする。
サンダー隊長は、剣を両脇に挟んで攻撃を防いだ。
だが力の差は歴然だ。隊長は徐々に後ろに追いやられている。
このまま壁にぶつかれば、押しつぶされる。
「あんま使いたくないけど……」
隊長の体が青く光り出した。魔獣の体へ火花が飛び散る。
魔獣は仰け反って、彼から体を離した。
自分の体に電気を流したのだろうと、アリスは判断した。
体に負担がかかる行為なのか、隊長は右手首を振っていた。
「ふぅ。言葉が通じないと、煽りも通じないよね?」
隊長の体が再び青い光を纏う。彼は剣を突き出したまま、高速で体を回転させた。
そのまま青い線を描きながら、魔獣の周囲を回る。
動作の影響で強風が発生して、魔獣は上空へ投げ出された。
青い線も魔獣を追うように、空へと向かう。
何度も魔獣に体当たりをして、胴体に斬り刻んでいく。
最後は魔獣を踏みつけて、地面に叩きつける。
「んじゃあ。そろそろ決めちゃう?」
隊長は剣を空に掲げた。星空から雷が降り、剣が電気を纏う。
三本の落雷から吸収した電気を、彼は一振りで解き放った。
青い斬撃波が魔獣に向かって飛んでいく。
堅い胴体を貫通して、切れ目を入れる。
魔獣は剣を隊長に向けた。手の甲から剣が離れて、ミサイルの様に飛んでいく。
同時に魔獣は体が爆発する。
「ピュ~。俺口笛吹けないから、言葉でね」
剣が眼前に迫ると同時に、隊長は指を鳴らした。
次の瞬間、雷が近寄る剣に向かって落下。
真っ二つにして地面にはたき落とした。
魔獣は爆散して、最後の抵抗も無駄に終わった。
隊長は剣を放り投げて、鞘に仕舞った。
「……」
アリスはただ唖然として、戦闘を見守る事しかできなかった。
何が起きたのか理解できない。確かの事は。
ガードのエリートが集まっても倒せない魔獣を、隊長は一人で撃破したという事だけだ。
「作戦完了。お疲れ様」
隊長はその一言だけを告げて、アリス達の場所に戻る。
「んじゃあ、後始末。みんなに頼んで良い? 俺、始末書書かなきゃだから」
サンダー隊長は何事もなかったかのように、現場から立ち去っていく。
初任務でアリスはとんでもないものを、目撃した気分になった。
「あの人が噂のと言われて理由、分かったか?」
いつの間にか背後に居た先輩が、アリスに語り掛ける。
「ええ。なんとなく」
風の様に去っていくサンダー隊長を、アリスはジッと見つめていた。