争いの無い時代へ・・・
風薫る新緑の季節。
三頭の馬が縦一列になって、人気のない土地を常歩で歩いている。騎手はアベル、レイサー、そしてリマールだ。それに、アベルの前にはラキアが座っている。
先導しているレイサーの馬は、彼の髪と同じように艶やかな黒。それは黒鹿毛の駿馬オリファトロス。実は、あの王都までの旅のあと、その暴れ馬を乗りこなせる者は数名しかいないということで、貸し与えられたその馬を、レイサーはそのままイスタリア城主から譲り受けていた。レイサーにとっては、今ではさらに従順で忠実な愛馬である。
見習い期間を終えたアベルは、配属先の希望届けを出して、このレイサーが隊長を務めるカルヴァン城の騎兵隊に正式に入隊していた。そんなアベルは、王弟でありながら、先輩の騎兵たちに敬語を使う毎日。レイサーが相手をしてくれるので剣の腕もかなり上がり、充実した日々を送っている。アベルももう、すっかり少年とは言えない年齢になった。
今、彼らは異国を旅している。国境を越えて、隣国のバラロワ王国を堂々と。ずっと南東へ向かって進むうちに、大山脈の影は後ろの方へ小さくなっていった。一行が目指しているのは海だ。
空気は暖かく爽やかで気持ちが良かったが、この辺りの目に見える景色は少し荒れていた。天気がいいおかげか川は綺麗な青色に見えるけれども、ひょろひょろと蛇行しながら弱々しく流れていて、茶色い大地に緑がまばらに生えている。少し険しい感じが、意味もなく不安を誘う・・・。
だけど、今は平和だ・・・と、アベルは今の全てに満足していた。危険なもの、嫌な感じ、殺伐とした気配・・・もう長いあいだ、その何も、風から知らされることなく過ごせている。風が乗せてくるのは、穏やかで優しくて、幸せそうなイメージが湧くものばかりだ。それを聞く度に、アベルは心の中で強く祈った。この幸福を脅かすものが、もう二度と現れませんように。
アベルの前にいるラキアが、どうしたのか少し落ち着きがなくなった。かすかに体を動かして、へんな顔をしている。それに気づいて理由を聞いたアベルは、軽く馬を走らせてレイサーの隣にやってきた。
「隊長。」
「今回はラルティス兄貴の招待を受けて、個人的に旅に出てきたんだから、そんなふうに呼ばなくていい。しかも、俺はお前の正体を知っているんだぞ。」
その招待された者は、ほかにももっといる。だがラキアを迎えに行くため、彼らは別行動をとったのだ。
「だって・・・もう癖みたいになってるし・・・。」と、アベルは普段の口調でぶつぶつ言った。
「それでいい。で、なんだ。」
「ラキアが・・・その・・・お尻が痛いって。」
「はあ?」
「だって、朝からずっとここに座ってるんだもん・・・悪くないけど。」
アベルと一緒だから・・・と、ちょっと嬉しそうな顔をしたラキアに、レイサーはひと言。
「あと二十分、我慢しろ。」
結局、三十分後。ようやく海沿いの城が見えてきた。ラルティス騎士に与えられたマルヴェイユ城である。
その城は、バラロワ王国の東の端にある。大陸とつながっている小島のような丘に建っている。もともと廃墟も同然の城だった。ラルティスはあくまでウィンダー王国の騎士だが、この城を管理し、周辺一帯の荒れた土地をよみがえらせるという任務を与えられたのである。もちろん、それには両国が全力で協力している。つまり、ラルティスは城主となって、多くの召使いや家来をもった。
そうして今、少しずつ植樹して目をかけられ始めた茶色い大地は、とてもゆっくりだが、着実に緑へと変わろうとしている。
それでこの道の周りに、森と呼べるものはまだ無かった。木はほとんど生えていない荒野だ。そういうわけで、もう目の前にあるくすんだ灰色の城からは、自分たち旅人の姿はすぐに見つけられるだろう。
レイサーがそう思っていると、そこから笛の音が聞こえてきた。
「角笛の音だ。」
リマールが言った。
「きっと、俺たちの到着を知らせてくれたんだ。」
一行は下ろされていた跳ね橋を渡り、門扉にいた衛兵に馬を預けて、案内人についていった。
エントランスホールに入ると、先に着いた者たちもいて大勢で出迎えてくれた。ルファイアス、エドリック、アルヴェン、それに、マクヴェインとアヴェレーゼ夫婦、娘のアリーナもいる。
「レイサーだ!」
やっぱりアリーナは、歓声をあげてレイサーの腰に抱きついた。姪でなければもう付き合ってあげてもいいんじゃないかとアベルが思うくらい、彼女も成長して女性らしくなっている。レイサーはというと、相変わらず苦手そうに顔をしかめているが。
それをよそに、心地良い笑いが起こった。その真ん中にいるのは、城主のラルティスと妻のイルーシャだ。彼女は、玉のような赤ん坊を幸せそうに抱いていた。ラルティスの顔にも笑みがあふれている。
ラルティスは妻の肩を抱き寄せ、可愛くてたまらないというように我が子にキスをして、言った。
「紹介しよう。この子の名はエウロン。争いの無い時代で、きっと優しい子に育つ。亡き祖父のように志は高いが、平和を愛する男に。」
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