娘の行方
回廊の柱のランプと、用意されたいくつものかがり火の灯りが、がらんとして広い中庭の決戦場を照らしている。
アレンディルは武装して、いかめしい中庭へ下りた。
たまたま居合わせたアベルとリマールは、その戦いの話を聞きつけて駆けつけた。
相手が少数であることから、決闘の場には二人の近衛騎士とアベル、そしてリマール以外、誰も入れなかった。ただ、アレンディルは、その前に夜まで待って欲しいと頼み、側近や騎士たちを集めて、もし自分が敗れた場合のことを話していた。そして妻のアリシア王妃を抱きしめ、子供たちとも触れ合った。
エウロンもそれを最後の望みとして聞き入れた。エウロンは、アレンディルが平和の中でぬくぬくと育ったものと思い込んでおり、全く負ける気がしていなかった。
先に姿を見せたのは、ウィンダー王国の若き王アレンディルだった。兜を抱え、鎧を身に着けているが、やはり完全に全てを覆う甲冑ではなかった。鎖帷子と、あとは胸当てなどの動きやすさを損なわない部分的な防備で、剣はエドリック騎士が、そして盾はマクヴェイン騎士が持っていた。
アベルとリマールは、王の近衛騎士である立派な騎士たちと並んで立っている。王アレンディルは、その二人の従者と向かい合って、何か話しをしている。アベルは、見事なまでに堂々として、怖気づく様子を全く見せない兄をひたすら見つめていた。
そんな武装した兄の姿に、アベルは息を呑んだ。普段見慣れている王族の衣装からは想像もつかなかったが、戦闘服を着た感じは、そばにいるエドリック騎士やマクヴェイ騎士と変わらない男らしさ。着替えの時からそばにいたが、体の方も鍛えられて逞しかった。戦争の無い平和を切に願いながらも、強靭な戦士だった父のその全てを、王として受け継ぐ努力を続けていたのだ・・・と、アベルはその時知った。戦いは、自身が望まなくとも、このように否応なく起こりうる。その時、守るべきものを守れる能力が必要になる。そう、こんなふうに。
実は、山にいたアベルとは違い、アレンディルは、実際に父の指導のもとみっちりと鍛錬を積んできた腕のいい剣士である。訓練相手にも恵まれていた。ルファイアスやマクヴェインがそうだ。特に、ラトゥータスの代からそのまま近衛騎士を務めたルファイアスは、アレンディルにとっては父に次ぐ師匠と言える存在だった。
その弟の視線に気づいてか、アレンディルは近々とそちらへ顔を寄せた。そしてアベルは、兄から一つ頼み事をされた。それは切実な願いの言葉。それを聞いて、最初は戸惑うような素振りをしたアベル。それからぎこちなくうなずいたが、すぐにもう一度、しっかりと首を縦に振ってみせた。
アレンディルは安心したように優しい目をして、隣にいるリマールにも微笑みかけた。
その少しあと、バラロワ王国の王エウロンが、四人の従者を伴って出て来た。エウロンもまだ兜をかぶってはいなかった。
回廊から中庭へと続く階段を下りきると、エウロンは敵の君主の方へ体を向け、近づいていった。すぐに気づいたアレンディルも、背筋を伸ばして立ち、まだ何か話しがあるのを悟って待った。
間もなく王エウロンがそばまで来て、二人は再び向かい合う。
この人が・・・と、すぐに分かったアベルは、とてつもなく緊張した。ルファイアス騎士が言っていた通りの特徴を持っている。彼こそはバラロワ王国の君主。数々の卑劣な罠の首謀者。残虐無慈悲な男。憎い・・・と思っていた。なのに、腰がひけるのを我慢することができない。彼の全身から感じられる厳しさと冷たさに、アベルは恐ろしくてとたんに無力になった自分が分かった。こんな人と、兄上は今から殺し合いをする・・・どうしようもなく怖くなった。
すると、王エウロンがアベルを見た。怯えて小さくなっている少年兵士を、不思議そうに見つめる。それから、リマールにも目を向けた。下っ端そうな若い二人がなぜいるのかと、不可解そうだ。だが、それについて説明を求めはしなかった。
そんなことより、エウロンには、実は一つ確かめたいと思うことがあった。それでアレンディルをじっと見ると、ようやく話をきりだした。
「若き王よ。戦いの前に一つききたいことがあるのだが・・・。」
エウロンは、何やら探るような視線を向けている。
「私の娘が行方不明になっている。ある者の話では、この国の兵士と共にいるところを見たと。」
「つまり、あなたはどうお考えで?」と、アレンディルは少しも動じることなく返した。
「正直なところ、それが真実ならば娘の自由意志・・・。」
「ご心配か。」
「当然。娘が突然、姿を消して気にしない親などいない。」
少し寂しそうな表情や声からも、意外にもまさしく親らしい一面を見せた彼に、アレンディルも同情からかうなずいていた。
「確かに・・・。しかし、あなたは今、彼女の自由意志だと、自身の非を認めるようなことを・・・彼女が自分のもとから離れて行った理由に、納得がいっているのでは。」
「そうではない。」
沈黙が落ちた。
アレンディルは、声の調子などを考えて、次の言葉は慎重に口にした。
「彼女には、頼れる領主のもとに客人としてご滞在いただいている。彼女は本来の居場所を離れはしたが、恐らく一時の気の迷いで、なおも母国を愛しているはず。我らは、彼女の自由意志にいつでも応じる所存でいる。国家間の問題に関係なく、彼女のことはどうかお任せいただきたい。」
王エウロンの胸に今どういう感情が渦巻いているのか、ただいやに固い顔のまま無言で、その胸中はうかがい知れない表情をしていた。
「では、決着をつけよう。」
と、王エウロンが言って、結局この話はうやむやなまま終わった。




