別れ ― そして約束
戦争は終わった。
アディロンの森のだまし討ち、待ち伏せ襲撃、関所とイスタリア城での戦い・・・ウィンダー王国の戦士たちはそれらを全て耐え抜き、結果的には勝利した。ただ、敵の君主、バラロワ王国の王は、この結果に納得などいっていないだろう。しかしイスタリア城での大戦争に敗れ、関所も奪い返されたことから、王都への攻撃を断念すると見られた。
イスタリア城では、戦闘の爪痕を残さない作業が、きびきびと行われていた。敵に壊されて下りっぱなしだった正門の跳ね橋を直す工事も、順調に進められている。
そこを通してもらったアベルとその仲間や、親しくなった者たちは、長い石橋を渡りきったところの森の岸辺にいた。この日の朝、自分の家へ帰る少女を見送るために集まったのだ。
そのラキアは、イスタリア城の兵士に故郷のローウェン村まで送ってもらえることになっていた。ラキアはそれがとても不満そうだった。アベルやリマールが送ってくれると思い込んでいたのだ。暢気な少女は、彼らがもう、規律を守り、しっかり働く大人と変わらないのを分かっていない。
よって、アベルとリマールはすぐに王都へ。そしてレイサーも、動ける隊員たちを連れてすぐにカルヴァン城へ戻らなければならなかった。
ただ、不幸にも一連の謀略や過酷な戦闘の被害を最も受け、壊滅状態に陥った南の国境警備隊については、今後どうするかの話し合いがこれから行われるという。つまり、ラルティス総司令官とその生き残った部下たちには、今はどこにも行き場がない。
そこで王から、心身ともにとても傷つき、疲れているということも考慮されて、彼らは召集がかかるまで休暇を与えられることになった。仕事一筋だったラルティスも、その決定を素直にありがたく受け止め、おとなしく実家へ帰って、ボロボロの体より心の重傷を癒したいと思っていた。ただ、いつもの自分を崩さず平常心でいられるだろうか・・・と、ほんの少し不安があった。
実家のカルヴァン城には、彼女がいるから。
「それにしても、どうやってあんなに早く・・・。回り道をしてきたんだろう?」
友と向かい合って立ったアルヴェンがきいた。
「ああ、秘密の道を来た。」と、レイサーが答える。
「まさか、鍾乳洞の地下道か。ヴノ・ラソンへ行ってきたのか。」
「それが、あの名無しの村の本来の名か。」
「そうか、今は確かそうだったな。古い言葉で、〝山の守り人〟という意味があるらしい。」
「名前を無くした理由が分かった。」
〝魔物が眠る洞窟〟なるものと関連付けられるものを、とにかく表に出したくなかったのだろう。そうレイサーは考えた。そして、アルヴェンの口からすぐにそれらの言葉が出てきても、レイサーは驚かなかった。やはり、イスタリア城とその村ヴノ・ラソンとは、古い時代から何か関係があったのだ。
「しかし、よく教えてもらえたものだ。あの道は、その村人たちでも恐れて通りたがらないと聞いていたが。」
「ああ、ちょっといろいろあって。だが、決定打はやっぱり、あいつかな。」
結局、今回も助けられたな・・・と感謝しながら、レイサーはラキアを見た。なんか役に立つ、いや、いざという時には頼りになる精霊使いの少女。
そのラキアはべそをかいて、分かりやすく異常にしょんぼりしている。今まさに、アベルからお別れの言葉を聞かされているからだ。本人だけは、友人として名残惜しまれていると思っているかもしれないが、周りにいるほかの全員気づいたろうと、レイサーは見てとった。現に、アルヴェンでさえ、「あの子は彼のことが好きなんだな。」という微笑を向けてきた。
「ありがとう・・・元気で。」
「うん・・・。」
向かい合ったまま、若い二人のあいだに無言が続いた。
リマールは、こんな悲しい感じの別れ方でいいのかな・・・と思い、何か口を挟みたかったが、我慢して見守った。
「ラキア・・・あの、さ、君のこと見送りたいんだ・・・だから、その・・・。」
「うん・・・。」
ラキアは肩越しに振り向いて、後ろで待ってくれているイスタリア城の馬車を見た。
ラキアはしぶしぶ背中を向け、のろのろと離れていった。
すると、なんだ?
ラキアがうな垂れていた背筋を伸ばして振り返り、駆け戻ってくる。そうかと思うと、アベルの肩に手を置いて、背伸びをし、頬にそっとキスをした。
アベルは驚いて目を大きくした。
リマールもあっと口を開け、レイサーが眉を動かし、ほかの者たちも、「え・・・。」という、ちょっと意表をつかれたような顔に。失礼ながら、彼女にそんな乙女で大胆なことをするイメージが無かったからだ。
そのラキアは赤くなった顔を逸らして、何も言わずに離れた。
アベルの右手がとっさに動いて、そんなラキアを捕まえた。そしてグイッと引き寄せ、額にキスのお返しを。
その時、レイサーやリマール、それにラルティス総司令官やアルヴェン騎士、さらには城主のエオリアス騎士にまでしっかりと見られていたが、どんな反応をされようと不思議なほど恥ずかしいという気持ちは無かった。ただ、ラキアの気持ちが嬉しかった。
ラキアは目を丸くして固まっている。
「また会おう。そうだ、きっと会いに行くよ。」
いつも以上に気持ちをこめて、アベルはラキアの頭を優しくなでた。
「うん!」
元気を取り戻したラキアは、明るく手を振って、大きな窓がついた四輪馬車に乗り込んだ。
ようやく動き出したイスタリア城の馬車は、ゆっくりと回りながら森の道へ。その時、ラキアが窓から身を乗り出して、また手を振った。
「あたしも!」
親しくなった者たちはみな手を振り返し、笑顔で少女を見送った。
今は秋が終わる頃。モミの木が多いフェルドーランの森は、どこもかしこも赤や黄色といった秋色に染まることはない。その分、衣替えをしたほかの木々が際立って見られるようになる。そしてそれらが、遠慮がちにはらはらと紅葉を落とす。下には落ち葉の吹き溜まりもある。もうすぐ冬が来る。
春になったら・・・と、アベルは心の中で誓った。
君がそうなら、僕もきっと、君のことが・・・。




