鍾乳洞の近道
大木の根元に、ひどく風化が進んだ石碑のようなものを見つけた。そこに彫られている文字はかすれ、意味が分かるほど読むことはできない。〝死にたくなければさっさと帰れ〟というようなことでも書いて、警告しているのか? とレイサーは思い、辺りを見回したが、それらしい入口は見当たらない。
レイサーは今、先頭部隊の前にいる。案内人の村人のあとにエドラス騎士がつき、その後ろに続いている。とりあえず、ラキアを総司令官のそばにということになったからである。そうすると、自然とリマールとアベルもついてきた。
案内人は、高齢の長老に代わって、現在、実質的に指導者となっている男性と、二人の連れが務めてくれた。彼らもまた、当時、その鍾乳洞の道を共に通った者たちだ。
そこからさらにしばらく歩いて、小山の麓に出た。下の方は断崖だ。つる植物が伸びたい放題垂れ下がって、山肌にへばりついている。
そして案内人が、「ここです。」と言って足を止めたその入口は、緑の植物で完全に塞がれていた。すぐ周りの雑木林が、さらにその存在を隠している。
ここまで、道とは呼べないところを村から一時間くらいかけて来た。道のりは険しかった。モミの森はおおかた歩きやすいというのに、そこはほかの樹木も多く、植物が密生していた。高い段差や岩場を乗り越え、森の緑に隠れた何とか分かる細い通路を通って来た。普通なら、道に迷ったあげくやけくそになって突き進んだ末に偶然・・・という状況にでもならなければ、発見できないような場所だ。馬をもつ者たちもみな、手綱を引いて徒歩でやってきた。
昨夜、気が変わった長老から、やっと秘密の道を教えてもらえることになったレイサーは、その理由を聞いて驚いた。それを思い出しながら、レイサーは目の前の小山をじっと見つめる。ここが・・・魔物の寝床だなんて。
長老の予想に反して、レイサーはそれを疑わなかった。あやかしの沼の恐怖を体験していたからだ。そして、心から置いてこなくてよかったと思った。ラキアを。この少女がいなかったら、レイサーでも止めておこうと思ったことだろう。
しかしそのラキアは、レイサーの顔をチラチラ窺いながら、足をすくませて青ざめている。その視線に気づいて、レイサーは困ったな・・・という顔になる。
魔物なるものの真の正体は、本当は誰も知らないのかもしれない。昔の人が何か勘違いをして生まれた幻想なのかもしれない。だが、あやかしの沼に潜んでいたものたちのような何かがいるのは、間違いないようだ。となれば、ラキアのこの反応も当然のこと。あの時だって、この少女は怖いのを我慢して助けてくれたのだから。
すると、リマールが小声で、レイサーに何か話しかけてきた。
それを聞いたレイサーは一瞬、不意をつかれたような顔をしたあと、アベルの方を向いた。アベルを手招く。それから、アベルの耳もとで何やら指示を出した。
そしてアベルは、ラキアの隣に立った。かと思うと、とても自然な仕草で、ラキアの肩を抱いたのである。
「ラキア、僕と一緒に歩こう。」
ラキアはちょっと驚いて、隣からアベルを見上げた。その瞬間、少女の顔から恐怖が吹き飛んだ。怖さは不思議なほど無くなり、照れくささに変わった。ラキアの方では、落ち着けるようで、そうもいかない気持ちだったが、怖いよりはずっと良かった。
一方、アベルは頼まれたことをやっただけだったし、その本当の意図と効果はリマールだけが分かっていたが、これまで二人の兄妹のように仲が良い姿はよく見られていたので、ほかの隊員がへんに思ったり深く考えることはなかった。
それで、アベルの馬は、案内人の一人が担当することになった。
まず指揮官たちが洞窟に近づいて、入口を塞いでいる緑の植物に手をかけた。そのまま振り向いて、案内人の表情をうかがう。案内人は、あきらめた様子でうなずいてみせた。
レイサーは、通行を邪魔するものを極力目立たないように排除して、道を切り開いた。
そこを通って案内役の村人が先頭を行き、エドラス騎士とレイサー、そしてアベルが付き添うラキアが続いた。すぐに、リマールや第一部隊の騎兵たちもついて行こうと手綱を引いたが、ここで問題が起こった。
「あ・・・!」と、リマールが声をあげ、「よしよし・・・。」と、戸惑いながら自分の馬をなでる。
同じことが周囲でも起こっていた。
足を踏み鳴らしていななき、嫌がる馬が続出しだしたのだ。
エドラス総司令官が手を上げて行進を止める。
それらは本能で何か恐れるものを察知している。軍馬といえど、特に敏感なものや繊細なものなどいろいろいる。人間と同じだ。
そうして、怖がる馬を何頭かなだめるのに時間がかかった。
「こんな状態で行けるのか・・・。」
先頭部隊の隊長が、落ち着かない馬たち、さらに言えば、それを見て不安そうな顔をしている隊員たちに目をやりながら言った。
「だが、長老の話ではまる一日短縮できる。急げば、もっとだ。」
レイサーは、自分やほかの者たちの気力がくじけるのを恐れ、焦ったように言った。




