風の声を聞く少年
近道は・・・ある。確かに。
森を複雑に通る道を行くより遥かに早く着くことができ、そうすれば、戦場で兵士たちが持てる力の全てを発揮して戦えるだろう、秘密の道が。
だが、ただでは行けない。準備が足りない。こればかりは、どうしようもない・・・。
そう思うも気になり、長老は杖をつかむと外へ出て、兵士たちの野営地をそっと窺いに行った。
あのひどく苦悩している若い隊長の後ろ姿を見送ってから、一時間くらい経ったか。そのあいだ結局、彼の差し迫る声や表情が、頭から離れることはなかった。
何としても、戦いに間に合わなければならない。防衛戦に・・・!
その言葉が頭に響いて、長老は昔を・・・戦争の時代を思い出した。かつて、この村を立派に守ってくれた者たちがいた。その時、その道を使った。秘密の道を。
伝説は迷信かもしれない。そのような目に遭ったという者を、実際には知らないから。それに、本当だとしても、恐れるようなものではないかもしれない。
教えてやるべきか・・・。
安楽椅子に座って、長老はずっとそう悩んでいた。だが、やはりならない・・・という思いの方が勝った。このフェルドーランの森には、何人もが命を落とした〝あやかしの沼〟だって実在する。ただでさえ危険な道だ。そこをあえて行くというなら、用意は最低限必要だ。
広場は家からすぐのところにあるので、ほんの数分で出られる。着いてみると、そこにはもう村人の姿はなく、食事も綺麗に片付けられていた。兵士の中には、雑魚寝についている者も多くいる。まだ起きている者たちが気づいて、会釈をしてきた。長老も軽く頭を下げて応えた。みな和らいだ表情で、それなりに休めているようだ。
そして、顔を上げて目で探ってみれば、あの若い隊長の、焚き火に照らされた横顔が見えた。彼だけは厳しい表情で、まだ深く考え込んでいるようだった。
せめて何かほかにも世話をしてやれることはないかと、長老は、野営地全体をゆっくりと見回した。
すると、小高い丘の上の人影に気づいた。
野営地からは、丘の坂道の分だけ距離がある。ほかの者たちから離れて、一人孤独に、そこにある岩に腰掛けている隊員がいる。その姿は、遠目にも少年のように見えた。
老体に気合いを入れて、長老は丘を上がっていった。そして近くへ来てみると、思わず足を止めた。
その少年兵士が、ややうつむき加減のまま、片手を耳の後ろに当てているのを見て。かつて、同じ仕草をよくしていた者を、長老は一人知っていた。
「お前さん・・・何をしてる?」
風の声を聞くことにじっと集中していたアベルは、驚いて顔を上げた。振り向いてみると、いつの間にか村長が立っている。
「・・・特に何も。」と、アベルは答えた。
「もしや、声が聞けるのか。」
「え・・・。」
アベルは、さらにびっくりした。わざとそう言わなかったのに、まさか言い当てられるなんて。
「名は?」
「アベル・・・です。」
「アベルディン殿下か。」
いよいよ驚きが止まらなくなり、アベルは村長をじっと見つめた。すると、相手はこちら以上に驚愕している様子。
「どうして・・・それを。」
「こんなことが・・・。」
信じられない・・・というように、長老は首を揺らしながらさらに近づいて、アベルが座っている大きな岩に腰掛けた。そして、隣からアベルをまじまじと凝視した。
アベルの方は自分がした質問の答えを待っていたが、長老からは答えではなく質問が返ってきた。
「それで、風はなんと。何か聞いていたんじゃろう?」
「はい・・・。」
アベルはもう、素直に答えることにした。正直にはっきりと。同じように、自分が気になる全てを彼にも答えて欲しいと思ったからだ。
「この村の人たちの、落ち着かない様子が伝わってきました。何か・・・恐れるような。」
「それは、お前さんが教えて欲しかったことと、関係あると思うか?」
「はい。僕は、この村の人たちには、僕たちに知られたくない何かがあると思いました。例えば・・・イスタリア城へ行ける近道。その理由が知りたいです。」
「そう思うか。」
長老は、アベルの瞳や髪を、顔全体を眺めていた。
アベルの方は、何かを感じ取ろうとするかのような眼差しを向けられて、胸が少しドキドキしだした。
やっと視線を外した長老は、アベルにはどういう意味だか、かすかに二度うなずいて言った。
「少し話しをしよう。全てを理解してもらえるだろう話を。」




