物騒な小男
王都を守るために配属された兵士はみな、市壁の中にある城で生活している。城は兵士たちの宿舎であり訓練場である。上官たちによる会議の場としても使われる。
見習い兵士のアベルや、軍医見習いのリマールもまた、その城の中に眠る部屋を与えられて暮らしていた。ただし、アベルは自分と同じような新米兵士たちと同じ大部屋。リマールの方は個室だが、ベッドと机と本棚でスペースは無くなるような、もともと寝室でないところを改装した小部屋である。夜の自由時間になると、アベルはこのリマールの部屋を訪れて、一日の出来事を語り合うのを習慣にしていた。
そして、満月に薄雲がかかる夜のこと。
詰所には先輩兵士も数名ひかえているが、今、アベルは、新米兵士のヴォルトと二人だけで、門番をしている。その門の両脇で燃えているかがり火の前に一人ずつ立って、私語を慎み、衛兵らしくじっと直立したまま外を見つめていた。
市壁沿いにも、道を照らしている街灯が立っている。長い時間、そこには誰も現れず通りはひっそりとしている。なんせ、今は真夜中だ。深夜の冷たい空気が顔にしみる。
この時間の当番は特に退屈なのに、特に油断禁物で、ずっと気を張っていなくちゃいけない。見習いや新米の二人は真面目に職務に従っていたので、サッと視線を向けることができた。
今、街灯が照らした人影に。
その人は、フェルドーランの森に続いている木立の中から、突然ひょっこり出て来た感じだった。実際はそうでもないかもしれないが、遠目には、少し腰の曲がった老人といった雰囲気の小男だ。そう見えるのは、彼が少し前屈みになりながら、不自然な姿勢でやってくるから。そして、時々ふらつく。
老人か、酒に酔ってるかのどちらかだろう。もしくは両方。そう思いながら、若い少年兵士たちは様子を見ていた。
そのフードを目深にかぶった怪しい人物は、そのまま二人の前へとやってきて、また一瞬よろめいた。
門番の二人はスッと動いて、その男の前に立ちはだかる。そして、事務的に決められた質問をしようとした。
すると。
「待って・・・。」と、男の方が言ってきた。
不意をつかれて、二人の少年兵士は思わず待った。
その男からは、すぐには言葉は出てこなかった。少ししてから、聞き取り難い小さな声で、男はうつむいたまましゃべりだした。途切れ途切れに、最初の言葉はこうだ。
「私は・・・あなた方の質問に・・・正直に答えることが・・・できない。」
唖然となったあとで、門番の二人は困った顔をした。え・・・ほんとのことが言えないの? それじゃあ何をきいても意味がない。とりあえず彼を調べるか。そう思い、ヴォルトは小男に一歩近づく。
男も一歩身を引いた。手を伸ばしたヴォルトから逃れようと。そして、先に話させて欲しいというように、手のひらを向けてきた。
「すると、あなた方は・・・私を・・・調べる。そして上の者を呼び・・・多くの者が・・・私のことを知ることになる。」
息遣いも荒く、ほんとに深酔いのせいか具合が悪そうだ。ただそうすると、酒臭くないのが不思議だった。そう思うも、まずは門番の義務を果たさなくてはならない、と二人も考え、ひとまず調子を合わせることに。その対応は、少し先輩のヴォルトが引き受けた。
それでヴォルトは、「・・・そうですね。」と、返した。
「それはならない・・・私は・・・味方。」
アベルとヴォルトは顔を見合う。そして思った。酔っぱらいって、こんなふうにしゃべるものだったか。もっと陽気になって、あること無いことをぺらぺら口走るものだと思っていた。でも、泣く人もいるし、人生を語る人もいる。考えてみれば様々だ。
「若い兵士さんたち。どうか・・・私を・・・密かに・・・アレンディル・・・王のもとへ・・・連れていってはもらえないか。」
この人、いよいよ突拍子もないことを言いだした。自分の言葉が分かっているのか。泥酔しているようには見えないけど、朝になったら記憶が無くなっているんじゃないか。
「そのわけは・・・。」
「私の報告を・・・王が・・・聞いたと知られないために・・・密かに・・・王に会わねばなりません。私は・・・王と、そして・・・この国を救える・・・重大な情報を持っている。これを伝えなければ・・・ウィンダー・・・王国は・・・何の手を打つ間もなく・・・滅ぼされる。」
「いったい、何を・・・あの、あなたは何者なんです。」
「私にあまり・・・話させないで。すでに・・・今・・・この場で口にすべきではないことを・・・少し・・・しゃべってしまった。これ以上は・・・説明・・・できない。どうか、信じて。」
「そうはいきません。王都の門をくぐろうとする者を調べるのが、わたしたちの義務。あなたのような物騒なことを口にする者を、特に見過ごすわけには・・・」
「王は私をよくご存知だ!」
男はとうとう、気力の全てを振り絞ったような声を放った。そして、うっ・・・と呻いて、少し体を沈ませた。我慢して立っているようだ。
その場は数秒、シン・・・となった。
にわかに、不安が胸をしめつけ始めた。二人とも、彼をただの酔っぱらいで片づけてはいけないような気がしてきた・・・。
「私がここへ来たことを・・・彼らに・・・知られてはならない・・・勘づかれてしまうから。なるべく・・・人目につかないように・・・どうか・・・王の御前へ。」
男のさっきの声に驚いたアベルの心臓は、今もずっとドキドキしている。彼の具合が悪そうなのは、酔っているせいだ。それで、少しおかしくなってて、めちゃくちゃなことを・・・と、思いたかった。でも・・・きけば、会話が成り立つ答えが返ってくる。謎めいてはいても、受け答えはおかしくない。
アベルは、下から覗き込むようにして、男の顔をよく見ようとした。
フードの陰の中で、引き攣る頬と、震える唇が見えた気がした。その頬に滲む一筋の血も。
そして確信した。
この人の顔も声も、やっぱり酔ってなんかない・・・!
一方、ヴォルトは恐る恐る話を続ける。
「彼らと・・・いうのは?」
と、その時。
男はまた呻き声を上げたかと思うと、がくんと膝を折った。
「待って、ヴォルト・・・この人・・・。」
アベルは男の体を支え、彼の外套をそっと開いてみる。
すると、右の横腹あたりに、赤黒いシミが見えた。そこから、矢羽が生えている・・・!
「怪我をしてる・・・!」