村人たちの秘密
野営地では、村人たちから心のこもった炊き出しがふるまわれた。対面した時のおかしな様子は気のせいかと思えるようになるほど、その誰もが疲れた兵士たちに親切だった。
広場の真ん中あたりには、大きな焚き火台があった。村祭りなるものが、ここで行われているのだろう。そこから離れた辺りにも、火を起こせる場所が点々とある。何か儀式や催しがある夜には、きっとここに盛大な炎を燃え上がらせる。その設備が整っているおかげで、カルヴァン城の兵士たちは手っ取り早く暖を取ることができた。
イスタリア城の戦いに出陣するため、部隊の一つを率いてきた指揮官の一人、レイサー隊長は、隊員たちが自然と作るグループの一つ一つを見て回った。そうしながら時々労いの言葉をかけ、目視によって部下の健康状態を判断した。そのまなざしは、自分の若い部下ばかりでなく、ほかの部隊 一一 中でも年齢が高かったり体力面で劣る者たち 一一 のことをも気にした。
そして、あとは落ち着かなげに周囲をうろついた。レイサーの視線は、度々、一軒の民家に向けられている。村長の住まいと聞いていたところだ。何かあれば遠慮なく来て構わないと言われていた。
レイサーは、エドラス騎士やほかの隊長たちをうかがった。自然と指揮官の場所になっている焚き火の周りで話をしている。
レイサーは、そんな指揮官たちの目を盗むようにして、そっと広場から離れた。そのまま民家が集まる方へ行くと、用水路もしっかり通してあり、村は全体的にきちんと整備されている。
教えてもらった村長の家は、ほとんど方丈造りの木造で、近くに井戸があった。
思いきって、勝手な行動をとりにきたレイサー。しかし、玄関の真ん前でためらった。だが自分の気配を中から感じているかもしれないと思い、そうなら無言で戻るのは不審なので、次に迷う前に声をかけた。
間もなく玄関を開けてくれたのは、孫だと思われる女性だった。彼女は愛想よく中へ入れてくれ、そしてまた狭い台所へ戻っていった。
家に入ってすぐのところで、めんどりが飼われていた。それについ気をとられたレイサーは、玄関をくぐる時、上部の枠に頭をぶつけそうになった。とても小さな家だ。
レイサーは入室し、玄関ドアに向き直って丁寧に閉めてから、室内の様相を軽く見渡した。
部屋は一つだけで、ベッドはあるが食卓テーブルが無かった。深くゆったりと腰掛けられそうな安楽椅子が目立っている。長老は、その椅子に座っていた。トレーに載せた食事を、そこで彼女に世話をしてもらって取るのだろうと思われた。
長老は、そばにある丸椅子を指差して、座るようレイサーに勧めた。
レイサーは、村長のそばにその丸椅子を持ってきて座った。
「どうされたかの。」
じつに穏やかな表情と声で、村長は話をきいてきた。
レイサーは、ここまで歩いて来る時に考えていた、話し出す最初の言葉を口にした。
「道の確認を。ここからイスタリア城へ向かえる道には、あまり詳しくないので。」
「ああ、いいとも。今手にしているそれが地図じゃな。」
長老は、レイサーが筒状にして持っているものに視線を落とした。
しかしレイサーは、内心ではこれを広げるつもりはなかった。
「はい。でも、これには分かりやすい道ばかりで。我々の今の状況では、敵に見つからずに進まなくてはなりません。森には、地図に無い道も多くあるでしょう。できれば、その中から最短の進路を行くことができたら・・・。」
「では、わしらが知る最も良いと思われる道を、行き慣れている者に案内させよう。」
ここで礼が一つ返ってくるのが普通だが、目の前にいる若い隊長は無言で、どうも納得いかないまなざしをしている。
「率直におうかがいします。」
レイサーは、ついに不信感をぶつけた。
「あるんですね・・・特別な近道が。」
「それは通れん道じゃあ。」
まず否定されると思っていたレイサーは、この意外な返事に思わず言葉を失った。そして考えた。そこは険しい道などではなく、きっとよそ者を入れてはならない聖域。村人たちの様子や、村の名をきいた時にされた話からそんな気がしていたレイサーは、すぐさま気を取り直した。
「何としても、戦いに間に合わなければならないんです。防衛戦に! どうか認めて、その道を 一一 」
「ならん、無理だ。」
「なぜ。」
「話す必要はない。」
長老の方では、訳を話したとして、この何か必死な様子でいる若い隊長がその話を受け入れ、分かってくれるとは思えなかった。
レイサーは台所にいる女性にチラと視線を向けた。彼女の驚き、また怯えたような目と一瞬目が合った。そのあと先に視線を逸らしたのは彼女の方だ。
気まずい沈黙が落ちた。
レイサーはため息をついて、うつむいた。
「怒らせてしまったのなら、謝ります。しつこく聞いてしまい、申し訳ありません。」
「いや、そうではない。そこは・・・」
災いをもたらす、禁断の場所・・・。
「わしこそ、すまん・・・。」
レイサーはまた、長く尾を引くため息をついて立ち上がった。
「明日、案内をよろしくお願いします。ご親切に心より感謝します。」
レイサーは丁寧に一つ頭を下げて、出ていった。その背中を見送った長老の胸は、罪悪感にも似た気持ちと、気の毒な思いでいっぱいになってしまった。




