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二人を隔てるもの



 イルーシャ王女が気になっていたラルティスは、王都からの帰りの宿泊所として、実家のカルヴァン城へ寄った。


 ただ、そうと決めてから少し気持ちが乱れているのを、無視することはできなかった。その原因についても認め始めていた。


 今、自身の精神面や感情を最も支配しているのは、やはり無念にもまともに戦えないまま殺されていった隊員たちのことだが、その合間に、彼女のことがふと頭に浮かぶ。自分は彼女のことがただ気になるだけでなく、ひょっとして好きになってしまったのかと。


 しかし、そうだとしても、どうにもならないことだ・・・と割り切った。としの差はとおはあるだろうし、だいいち、仮にも彼女は敵国の王女だ。今後の彼女の身の振り方についても、問題が山ほどある。そんな時に身勝手な恋愛感情を抱くなど・・・。ラルティスはそう自身をいましめ、それ以上は考えないようにしていた。なんとも複雑な気持ちだった。


 ラルティスは気を引き締めて、イルーシャ王女の部屋の前に立った。義姉ねえさんから今はここにいると聞いた時、出て来るまで待っていようかと悩んだものの、そんな気の小さい自分がなさけなくなり、思いきって会いに来た。


 ここは、何年も前にとついでいった長女アヴェレーゼの部屋だ。上品な淡い配色の内装に、衣装棚やドレッサー、年頃としごろの女性に必要そうなものはだいたいそろっているまま残されている。日当たりのよい角部屋で、南の吐き出し窓と、西の連窓につけられた薄紅うすべに色のカーテンが、今はタッセルではしに止めてある。柔らかい陽射しが部屋に射し込んで、室内を明るくしていた。


 その中にいても、窓から見える澄みわたった秋空を眺めていても、イルーシャは物思ものおもいに沈んだ。こうして部屋に一人きりになると、大きな不安に襲われて、どうしようもなく悲しくなる。


 この戦争の勝敗に関わらず、どういう形であれ、自分はきっと帰らされる。その場合、今の自分にとっては、この国が勝利する方がいいのかもしれない。もしお父様が勝ったら・・・。


 死のう。


 そんなことを、イルーシャは真剣に考えるようになってしまったから。その度に目に涙がにじんだ。そして、痛切に彼に会いたくなる。彼は、見捨てはしないと、自分にとっていい方法を探すと言ってくれた。


 けれども考えてみれば、彼でなければならない、ということはない。現に、彼の兄であるルファイアス騎士が、よく面倒を見てくれている。自分が帰ることになったら、その話し合いには彼(ルファイアス騎士)が出向いてくれ、きっと上手くいくだろう。お父様のもとへ戻った自分の身に、何が起こるかも知らないまま。


 もし帰らされることになったら・・・やっぱり、死のう。どうやって・・・涙がわき出た。


 ベッドに腰掛けているイルーシャは、両手に顔をうずめた。


 と、そこへ。


 ノックの音が響いて、イルーシャは、相手が名乗る前に「どうぞ。」と、涙をぬぐいながら返事をした。リディアか、彼女の使いで呼びに来た召使いだと思った。


 すると、入ってきたのは男性だった。まず目に入ったのは、胸元がゆったり開いた黒シャツという気軽な服装。ラルドかしら。彼は腕の立つ戦士だが、ここでは兵士として暮らしていない。


 それから顔を見て、驚きで息が止まった。


 ラルティス総司令官!


 そうと分かったとたん、イルーシャは混乱してちょっと腰を浮かした。それから、あとで恥ずかしくなるほど、あからさまにうれしそうな顔になった。それでイルーシャは、サッと火照ほてった顔に手をやった。それでも気持ちの混乱はおさまらず、きちんと立ち上がってむかえようとしたら失敗した。とにかく、あたふたと少し挙動不審きょどうふしんになってしまった。


 自分でドアを開けて入室したラルティスは、先に名乗るべきだったと反省し、イルーシャ王女に手を差し伸べて、立ち上がるのを手助けした。そしてそのまま、ベッドにいる王女を、壁際かべぎわに寄せてあるソファーの方へさりげなくさそった。


 二人はそこに並んで座った。


「ラルティス総司令官。」


 ラルティスは苦笑にがわらいを浮かべ、「今更いまさらですが、その呼び名は長いでしょう。よければ、ラルティスと。」


「では、私のこともイルーシャとそう呼んでください。」


 それはちょっと・・・と思ったラルティスだが、考え直してうなずいた。彼女は、ここでは王女などと呼ばれたくはないだろうし、正体しょうたいを知っている者たちも、それは禁句にしているはず。


「あの、今日はなぜ・・・。」


 あなたのことが気になって。正直に答えればそうだが、ラルティスは違う返事をした。

「王都からの帰りで、たまには親に顔を見せようと。私はもう何年も南の基地にいて、この実家へは滅多めったに帰ってこないので。」


 リディアの言葉が脳裏に浮かぶ。イルーシャは、彼の職務について全てを悟ったようにうなずいていた。それに、そうだ。そもそも、ここは彼の家なのだから、なんの不思議もない。


「ここの暮らしにはれましたか。」


「ええ。皆さん、とても親切にしてくださるので。」


 そのあとラルティスは、この町でどう過ごしたかをたずねた。イルーシャは、リディアがいろいろと観光に連れて行ってくれること、それに彼女とどんな話をしたかを教えた。その会話の流れのままに、ラルティスはウィンダー王国の名所や特産物の話、それに兄弟のことや子供の頃の話をした。他愛たあいないことばかりを。


 イルーシャの方は、彼の声をきちんと聞いてはいたが、ときどきその笑顔に見惚みとれて、うわの空になってしまうことも。


 そしてある時、もう一時間はいるんじゃないかと気づいたラルティスは、窓の外を見るとあわてて言った。

「そろそろ行かないと。」


 グッ・・・と腕をつかまれた。


 ラルティスは彼女のその手を見下ろし、それから顔をうかがった。何か必死で、べそをかいたような顔をしている。今の行動は思わずしてしまったようだが、手はまだそのままだった。


「もう少し・・・お願いします。」


 ラルティスは返す言葉に迷った。そして、彼女は今どういう気持ちで哀願あいがんしているのだろう・・・と考えた。単にさみしさをまぎらせたいだけか、それとも一緒にいたいと思ってくれているのか。


 すると、イルーシャ王女が言った。

「あの・・・なんだか不安で・・・。」


 イルーシャは胸が苦しくなり、つぶれてしまいそうだった。もう会えなくなる・・・そう思って。


 そんな彼女を見つめていると、ラルティスはつい、確かめてみたくなった。己惚うぬぼれたようなことを口にするのは抵抗がある・・・が、そっときいてみた。


「私といると・・・安心できるのですか。」と。


「はい・・・とても。それに・・・。」

 素直な声でイルーシャは答えた。


 まだ何か言いたそうにしていたし、気にもなったが、ラルティスは微笑ほほえんで言った。

「今夜、私はここに泊まります。あとで顔を見せるようにと、兄に呼ばれているだけですから。よければ、また来ます。」 


 ラルティスは、自分の腕から彼女の手を丁寧ていねいに下ろして、腰を上げた。


 すると、イルーシャの瞳から涙が・・・。


「あ・・・ご、ごめんなさ・・・。」


 ラルティスは驚いたが、この瞬間、何とも言えない感情と衝動しょうどうが突き上げた。隣に座り直して手を伸ばし、彼女の肩を抱き寄せると、そのなめらかな金色の髪を繰り返しなでた。それから、顔を近づけてキスをしていた。ひたいでもほおでもなく、唇に。ほんの一瞬だった。いけない・・・と咄嗟とっさに理性が働いて、すぐに顔を引き離したからだ。


「すみません・・・つい、出来でき心で。」


 ラルティスは、まるで思春期の少年のようになっている自分が恥ずかしくなり、立ち去ろうとした。


 ところが、彼女が胸に飛び込んできた。背中に両手を回してきて、まだ行かないで・・・というように。


「そんなこと・・・おっしゃらないでください。」


「イルーシャ・・・。」


 ラルティスは戸惑とまどった。そっと囁きかけると、イルーシャがほおを赤らめて、恥ずかしそうに顔を上げた。うるんだその瞳はとても綺麗で、か弱く、何よりさみしそうに見えた。


 ラルティスはたまらなくなり、両腕を回して王女を抱きすくめた。彼女は何の抵抗もなく体をあずけてくれる。視線がまた、どこか物欲ものほしそうにしている唇にいく。胸が熱くなり、頭の中は情熱的に掻き乱された。一瞬のキスの感触がまだ残っていて、物足りない・・・と唇がうずく。もう一度、接吻くちづけしたい、きちんと口を重ね合わせて。


 ラルティスはまた、王女の方へ少しかがんだ。


 ああ・・・私は何を考えているんだ!


 ラルティスは急に、素っ気なく腕をほどいた。そして、彼女の目を見た。気持ちの整理がつかないままに、ただ見つめ合った。言葉は何も出てこない。だからせめて、傷つけないように、また取りつくろうように、優しくほおに触れた。


 イルーシャは、悲しそうに目を閉じた。たまっていた涙がこぼれて、彼の手ににじんだ。そっと動いた彼の指が、その涙のあとを軽くなぞった。


 ラルティスは無理に立ち上がった。一歩さがって、離れづらそうに王女を見つめる。彼女の孤独な眼差まなざしが胸に突き刺さる。それに耐えてラルティスは頭を下げると、ぎこちなく背中を向けた。 








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