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焦がれる想い



 ラクシア市は王国の東、王都より南にある。その市内にそびえ立つカルヴァン城でひとまず暮らすことになったイルーシャ王女と侍女のイオラ、そして護衛のラルドは、とりあえずは客人としての待遇たいぐうを受けた。偏見へんけんを恐れて、彼ら三人の正体は、城主の身内以外の者には極秘にされた。城で働く召使いや兵士たちの前で、ルファイアスは、彼らのことを、知り合いの貴族のご令嬢とそのお供だというように振る舞ったのである。


 ラクシア市は水の都とも呼ばれている。市内に何本もある川が鐘楼しょうろうの下のトンネルや路地のわきを通って流れ、そこを交通手段としてのボートが往来している。煉瓦れんがの広場では大道芸人が通行人を楽しませ、子供たちが元気いっぱいに遊び、市場には毎日、種類豊富でじゅうぶんな品ぞろえがある。実り豊かで繁栄はんえいしている王国の恩恵を受けて、ラクシア市にも幸福があふれている。それが今まさに危ぶまれていることで、領主のルファイアスはひどく心を痛めているが。


 そしてカルヴァン城。それは、ほりをめぐらせて建つ赤茶色の城だ。古い城だが、歴史も規模もイスタリア城にはまったく及ばない。かの城は別格である。


 カルヴァン城を取り囲む城壁の中は、大きく分けて三段の高みになっている。


  一番高いところには、城主とその家族や両親、それに兄弟の居館がある。とはいえ、今ここで生活している城主の兄弟は、末っ子のレイサーだけ。レイサーは、この城の騎兵をまとめる隊長だから。そして、ほかの兄弟。まず次男のラルティスは、普段は国境警備隊の基地にいる。長女のアヴェレーゼは、マクヴェイン騎士のもとに嫁入りした。三男のエドリックは、王の近衛騎士となって王都で暮らしている。それ以前からもエドリックは王城の兵士で、王都は遠くないが、あまり帰ってはこない。


 次に、大小さまざまな中庭をもつ中段の別館は、主に使用人の住宅。続いて、いちばん低い敷地は、兵士の宿舎や厩舎きゅうしゃ、武器庫や訓練場となっている。跳ね橋を渡って大手門をくぐると最初に見えてくるのは、そんな勇ましい光景だった。


 その城の主でもあるルファイアスは、既婚者きこんしゃだ。とうに結婚していて、若々しい美人妻と12歳の男児がいる。この城主の妻はイルーシャ王女にとても優しく接し、よく世話をやいた。それで二人はすぐに仲良くなった。


 イオラもくせのように王女の身の周りのことをしようとしたが、ルファイアスは、実際には城の離れにラルドと二人の居場所を用意して、生活の面倒めんどうをみる以外は好きなようにさせた。そして二人には、このまま城にいてもいいし、町で新しい生活を始めるのもいいと、そのための手助けは喜んですると約束していた。その後援こうえんを得て、二人は共にラクシア市内の見物に出かけるなどしながら、自分たちの将来のためにしっかりと歩み始めていた。


 一方、イルーシャはというと、自分の立場や祖国に対して犯した罪、それによってたくさんの問題を抱えている今の状況を忘れて、彼のことばかり考えてしまうことが多々あった。そんな気持ちを、はっきりと言葉にするのをずっとためらっていた。だが離れていると、日に日にそれは強くなっていくばかり・・・。そしてある時、やっと素直になれた。


 いとおしい・・・彼のことが・・・会いたい。そう、できればずっと一緒にいたいと。






 秋の晴れた暖かい午後。ルファイアスの妻リディアにとっては、ティータイムの時間。彼女の習慣である。最近は美しい客人が付き合ってくれるので、リディアはおしゃべりを楽しむことができて喜んでいた。


 この日リディアは、その至福のひとときを過ごすのに、イルーシャ王女を自慢じまんのバラ園に誘った。義父やしゅうとめ、それに夫にわがままをきいてもらい、別館の中庭に小さな茶室と一緒に造らせた小洒落こじゃれたバラ園である。赤や白、それに黄色や紫・・・・手に入るだけの種類のバラが、そこではきちんと考えられた配置で咲き誇っている。母屋からは渡り廊下の途中にある外付けの階段を下りていく。そしてその先にある花とつるが絡まるアーチの長いゲートを通り抜ければ、いきなり夢に見るような華麗な花園はなぞのが目に飛び込んで来る。この瞬間、イルーシャも口を覆って感激した。


 今、リディアとイルーシャは、屋根と床、そして柱だけの吹き抜けの茶室にいる。見頃みごろのバラに囲まれて、同世代の親友のように話をしている。たった二人用の小さな丸テーブルには、召使いが用意してくれた茶菓子と、バラ園での休憩とあってローズティーが置いてある。


「息子は12歳。騎士になるために、王都で暮らし始めたばかりなの。」

 リディアがさっぱりとした口調で言った。


「寂しくありませんか。」と、イルーシャが問う。


「もちろん、寂しいわ。でも、それが領主の息子として生まれた者の運命というか、この家のしきたりだし、名誉なことだから。それに、入れ違いのように、主人が家督かとくを継いで帰ってきてくれたから。」

 リディアは屈託くったくなくほほ笑んだ。


 そのあとは、リディアが一方的に家族の話をした。ただ、主人については若い頃や付き合っていた時のことを少し話しただけで、その何倍も息子についてしゃべった。それでイルーシャは、一度も会ったことがないのに、リディアの息子さんはよく知っている人になった。イルーシャは自分のことは話さなかった。リディアもあえて訊きはしなかった。


 そんなイルーシャだったが、この会話の流れを利用して、こんなことをきいてみた。

「あの・・・ラルティス総司令官は、ご家族は。」と。


 リディアは、瞬間、きょとんとなった。そしてストレートに、この綺麗な娘さんは、彼のことが好きなのかしらと考えた。夫のルファイアスからは、彼女の素性と事情を軽く説明されただけで、彼女とどう関わったかなどの詳しい話は聞いていないが、いわば女の直感が働いた。


 しかし同時に、こうも思った。それは、いろいろとマズいんじゃないかしら・・・と。


 少し長い間を置いて、リディアは答えた。

「家族・・・というなら、今は弟のエドリックさんと、レイサーさんと・・・」


「あ、あの、まだ独身でいらっしゃるのですか。」


「ええ、そうよ。あの容姿ようしからは思えないでしょう? 若い頃は、それなりにお付き合いもしていたみたいだけど。そういえば、彼、騎士の叙任じょにんを受けてしばらくは陛下のもとにいたけれど、すぐに南へ送られたわね。何か人をべる才能でも買われたのかしら。とんとん拍子に総司令官よ。それでみんな、きっとなかなか会えない日々に耐えられなかったのね。」


「そんなに帰れないお仕事なのですか。」


「よくは知らないけれど、本人の意思もあるんじゃないかしら。結婚のことより仕事のことを考えていたいっていう。彼、次男だし、兄弟もたくさんいるから、理解のあるいい人がいたら・・・くらいに思っているんじゃないかしらね。」


 無粋ぶすい詮索せんさくなどすることなく、そうしてリディアは事務的に済ませた。


 イルーシャは、なぜかホッとする気持ちと、がっかり感が一緒に胸に押し寄せるような複雑な感情に戸惑い、それから滅入めいった。








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