国境警備隊からの急使
「アベルディン、なぜいつも、悪いことをしたように肩をすくめて会いに来る。もっと堂々としていれば良かろう。不審な姿は、かえって目立つのではないか。」
王アレンディルは、呆れた笑みを浮かべて言った。
金髪に、鼻筋のとおった細面、まつげの長い褐色の瞳。兄上はとても美青年だ。弟の自分でもつい見惚れてしまう・・・と、アベルはいつも思う。自分も髪と目の色は同じで、似ていると周りから言われることもあるが、おこがましいというか、とんでもない!
「僕は今、ただの見習い兵士として、ここで暮らしています。だから・・・。」
「この宮殿の者は、もうほとんどがそなたの正体を知っているぞ。そなたが望むゆえ、普通に接してはいるがな。」
「アベルリンおじちゃま!」
まだとても幼い甥と姪がよたよたと駆け寄ってくる。フィルディア王子と、フィリージア王女。この二人は双子だ。それに、父親似ではないが、幼いながらも美男美女だ。母親もとても綺麗な人だから。なので、髪はほんのり赤味がかった薄茶色、瞳は水色、そして、くっきりした二重瞼。
アベルは、初めて彼女と会った時のことを、よく覚えている。イスタリア城の中庭で、余命一年と宣告された病気の兄上を心配し、泣いていた。だけど今では王妃で、子宝にも恵まれ、幸せに暮らしている。
兄上と彼女とは、体裁やしきたりや都合ではなく、恋愛結婚で結ばれた。それがとても嬉しいと、彼女の父親であるイスタリア城主、エオリアス騎士は言っていた。エオリアス騎士は、先代王のもと近衛兵だ。当時は最強の騎士と謳われていたらしい。
さて、アベルが人目を気にしながらも会いに来る相手は兄ではなく、この甥っ子と姪っ子。アベルはこの二人が可愛くてたまらない。お兄ちゃん気分が味わえるから。ただし、二人はまだかたことでしかしゃべることができず、ほとんど会話はできない。
「あのさ・・・僕の事、アベルって呼んでって言ったでしょ。それか、アベルお兄ちゃん。」
幼なすぎる王子と王女は、可愛らしく首をかしげて、きょとん顔。
アレンディルが声を上げて笑っている。
「すまぬ、最初にゼルフィンがそう教えてしまったものだから。」
ゼルフィンとは、アレンディルが幼い頃から仕えてくれている侍従のこと。もう七十をとっくに超えた老僕である。
「今、お昼休みなんだ。一緒にちょっと遊ぼう。」
そこで気づいた。あれ? そういえば、子供たちの母親であるアリシア王妃がいない。
それを気にしていると、ドア越しに気配がやってきた。しかしその歩き方は、アリシア王妃ではないとすぐに分かった。男の人だ。
間もなく姿を現したのは、衛兵からの知らせを伝えにきた騎士だった。王都には、王様に直接仕えている騎士もたくさんいる。
騎士は王に近づき、ひざまずいた。
「陛下、南の国境警備隊より急使が参りました。」
これを聞いたアレンディルは、不可解そうに少し眉を動かした。
今、妙な言葉が使われた。急使? 解決の報告であるはずだが、急ぎの使いを送ってきたその理由とは・・・。
アレンディルがそう嫌な予感を覚えたのには、こんな経緯があった。
ある日。南の国境沿いに広がるアディロンの森の村人から、野蛮な集団に襲われているという、助けを求める依頼を受けた。それで解決に当たらせるため、国境警備隊を向かわせていたのである。
幅の広い川に守られているため、ふだん国境警備隊は橋の内側に常駐しており、橋の向こうの森はほとんど未開の地で、その村は唯一、人が存在する場所。森もその村も、とても謎めいている。イアリクという村だ。
するとやはり、取り次ぎ役のその騎士は不吉な報告を続けた。
「ラルティス総司令官率いる部隊が、活動予定期間の一週間を過ぎてもまだ戻らないそうです。急使たちが基地を出発した時点で、すでに十日たったと。」
「一人もか。」
アレンディルは、いよいよ眉をひそめた。
特に南の国境警備隊には、ラルティス総司令官を筆頭に強い戦士が多くいる。ならず者を相手に全滅ということは考えられないが。
「はい。それで、新たに部隊を送っても良いかどうか、ご判断いただきたいとのことです。」
異常事態だ。訓練された兵士ではない者たちを成敗するのに、新たな部隊? 残った国境警備隊の隊員たちも、これはただ事ではないと感じて使者を送ってきたのだろう。
「では、早急に会議が開けるよう手配してくれ。」
騎士は指示をきくと、うやうやしく頭を下げて部屋を出た。
ラルティス総司令官・・・川で溺れかけたところを助けてくれた人。
名前が出てきた時、アベルの目にその過去がよみがえった。安心感を与えてくれる、穏やかな笑顔と声が浮かび上がる。年齢だけを言えばおじさんに当たるかもしれないが、彼は少し目尻の下がった優しい青い瞳をしていて、実際の歳を全く感じさせない美貌の男性だった。そんな彼の身に危険が及んでいるということだろうか・・・。
アベルとマクヴェイン騎士は、目を見合った。
今のは、ある意味、悪い知らせだ。表情だけで、互いにそう思ったことが読み取れた。実際、そこへ向かった国境警備隊の彼らが、今どういう状況にあるのかは不明だが、思わぬ事態に陥った可能性がある・・・と推測できる話だった。
アベルは、心配で仕方が無くなった。
「兄上・・・。」
その声に応えて弟の目を見たアレンディルは、深刻な顔でうなずいた。
「そなたの友人、レイサー卿のご兄弟に、何か良くないことが起きているのかもしれぬ。すぐに調べさせよう。」