沼の中へ ― 呪いの指輪を探しに
「おじいちゃん、ほんとにやるの?」
「国境警備隊に起こった悲劇を考えれば、手の打ちようのないだまし撃ちなど、二度とできんようにしておくべきだろう。大きな戦争が起きる前に。」
コラルはしっかりと沼を・・・あやかしたちを・・・見ているまま、きっぱりとそう言った。
それを、アベルもそばで聞いていた。いよいよ勇気を奮い起こし、再び意志を固めてうなずいた。この気持ちがまた冷めないうちに、早くやってしまいたいとさえ思った。
「でも、止めた方がいいよ・・・だって・・・いるもん。」
うようよと蠢く何か分からない恐ろしいものが、沼の上にたくさん。あの中へ自分から入って行くなんて、ほんとに考えられない。
「ああ、わしにも見えている。」
ラキアとコラルにだけ見えているものは、近づいてはこないが、やはり歓迎してくれているとは言えない態度で、沼の上から一行を見ていた。来るなら来いといわんばかりに。これがアベルに見えていたら、とても足を浸けられたものではないだろう。ラキアの言葉を借りるなら、何か分からないそれらは、目や口のようなものはあるのに人の顔をしていない、動物でもない、見たこともない気味の悪いもの。コラルに言わせれば、呪詛によって作られた二つの指輪、それらに込められた負の感情から生まれたものだ。ただ今は、以前、アベルが見たような幻影は現れなかった。
レイサーは、そのあいだも自分の肘に絡みついているラキアの腕を、とんとんと二度叩いた。準備をするから離れろと。そして、コラルの指示に従って、ほかの者たちはテキパキと動きだした。
しぶしぶ一人でぽつんと立ったラキアは、外套をしっかりと体に引き寄せた。
沼から離れたところで、リマールが焚き火を起こした。これは水に浸かって冷えたアベルを温めるため。そしてレイサーは、荷物の中から縄を二巻取り出して、一つに結び合わせた。
「松明を用意しますか。」
レイサーがコラルに歩み寄ってきいた。
コラルは少し考えたようだが、首を振った。
「いや、あえて刺激しないでおこう。」
不安ながらも、レイサーも同意見だ。
そしてアベルは、ラキアがいるので抵抗はあったけれども、何も考えないようにして上着を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、靴を脱いで肌着一丁になった。それから、命綱として腰に縄を結んでもらった。
「危険と判断すれば、すぐに引き上げるからな。」
結び目を何度も確認して、レイサーが言った。
それから、二人でコラルに目を向けた。熟達した精霊使いであるご老人に。あの時、ラキアは何も分からないながらも助けてくれた。はるかにベテランである彼がいれば、何が起きてもきっと大丈夫。だからこそ、アベルは行くことができる。
アベルは沼の水ぎわに立って、深呼吸をした。そして、同伴者たちを振り返ってみた。注目を浴びている。一様にとても心配そうな顔だ。
アベルは無理にほほ笑んで、沼に向き直り、深く息を吸い込んで片足を浸けた。
冷たい —— 。だが意表を突かれたことには、水深は腰の下ほどまでしかない。
「あれ・・・思ったより浅い・・・。」
アベルは、いくらかほっとしながら、長い葦の茎をつかみつかみ、慎重に前へと進む。どこから探そう・・・ポーンと放り投げたとしたら、真ん中あたりかな。そう思って、一歩一歩ゆっくりと歩いた。それに、水中なら少しは見えるだろうと思っていた。指輪といえば金か銀だという気がしたから。水の中をかき回していれば、浮き上がってキラリと光るかもしれない。
そんなアベルは、ラキアから見れば暢気そのものだ。ラキアは胸の前で両手を組んだままひたすら祈り続けている。アベルの周りをぐるぐる回っているモノたちが、そのまま何もしませんように!
やがてアベルは、楕円の沼の中心付近に到達した。
「やっぱり、ずっと足がつく。これなら・・・わっ!」
突然、視界からアベルが消えた。
沈んだ —— !
「アベルッ!」
ラキアが悲鳴を上げる。
「引き上げて!」と、リマールが叫んだ。
レイサーは言われる前からやっていたが、手応えがない・・・!縄が切られている。いや、切れ目は腐ってちぎれたようになっている。これは有り得ない!
素早く上着や靴を脱いだレイサーは、助けに行こうと慌てて沼に入った。ところが一歩踏み出したとたんに、いきなり呑み込まれた。全身すっぽりと・・・!
声をあげる間もなかった。その一瞬のうちに、さらに二つのことが起こった。水中で上からも下からも引っ張られたのだ。腕と足を! 幸い腕をつかまれた方が素早く、力が強かった。
リマールの素晴らしい反射神経と腕力のおかげで、レイサーは救われた。
「底が無い。それに、何かに引っ張られた。」
岸辺にぐいと引き上げられたレイサーは、むせながらほとんど信じられずに言った。驚きのあまり頭からいろんなことが吹っ飛んだ。思わず今の状況を忘れ、何がなんだか分からなくなった。レイサーは心臓の音が聞こえるほど動揺した。
「嘘・・・だって、アベルは・・・。」
リマールの声は震えている。
ハッと我に返るレイサー。焦って、さっき服を脱ぐのに緩めて外した剣帯を引っつかむと、肩にかけた。無意味であることも忘れて。
「泳いで行く!」
「死んじゃうよっ。」
リマールが引き止める。
「おじいちゃん!」
助けて! ラキアの甲高い声が響いた。
コラルもすでに呪術の体勢に入っている。両手の指先がすぐさま印を結ぼうと複雑に動きはじめる。
だが、止めた。
「い、いや、待ちなさい。」
ほかの者たちも、全員が視線を一つに唖然と見つめる。
沼の真ん中を。
そこから、あたかも神のようにヌッと現れた人影が見えた。




