呪いの指輪伝説
アベルが最初に別の話を始めたので、彼らが呼ばれた本来の目的が後回しになったが、ここでようやく会話の主導権がコラルに移った。
コラルは前置きとして、まず、今アディロンの森に起こっていることの説明と、その原因として考えられる話を聞かせた。それには一つ昔話を語る必要があった。
「あやかしの沼の古い伝説だ。」
コラルがそう言いだした時、アベルやリマール、それにラキアの表情が固まった。
《あやかしの沼》なるものは、フェルドーランという広大なモミの森の中にある。以前、彼らと、あとレイサーを含む四人は、そこで身の毛もよだつ恐怖体験をしている。
「大昔には、わしらのような存在はもっと少なく、不気味がられ、時には迫害された。そして当時、フェルドーランの森の沼付近にあった村には、二人のそのような姉妹が住んでいた。姉妹はとても仲がよく、力をいいことに使おうとしたが村人たちには受け入れてもらえず、嫌われる結果となった。ひどいことを言われ、嫌がらせを受けるうちに、姉妹も憎悪を抱くようになった。そして、自分たちがもし殺されても仕返しができるように、恐ろしい呪詛に手を出し、呪いの指輪を二つ作ったのだ。ただし、これらは二つで一つ。負担が軽くなる代わりに、片方が効力を失えば、もう一つも力を無くすものだったらしい。そして、妹は妖怪なるものを次々と出して人々を怖がらせ、姉は増大した自身の力に溺れて、高慢に振る舞うようになった。」
みな、黙って耳をかたむけていた。ただの野生の森を、恐ろしい人喰いの森に変貌させたものの正体が明かされるとあって。
「ところがある日、姉妹は突然、一緒に事故で亡くなった。がけ崩れに遭い、川に転落したそうだ。そして発見された時、妹の遺体の指には指輪があったが、姉は嵌めていなかった。つまり・・・。」
「姉の指輪は、川の流れに抜き取られ、もっていかれた。」
コラルがそこで言葉をきったので、目が合ったルファイアスが答えた。
「川辺に打ち上げられたそれを、敵の術使いは偶然発見し、強大な呪力を手に入れたのだろうな。」
それこそが、コラルが彼らに知らせたかったことだ。
「そんな話、初めて聞いた。」
ラキアが言った。
「お前は、そういう話は苦手だろう。」
コラルは一つ咳払いをして、さらに話を続ける。ここにいるあいだに考えていた解決策を、さらに重要な話をまだしていない。
「そうして、妹の指輪だけが残った。処分に困った村人たちは、それをフェルドーランの森の沼に投げ込み、そのままにして村を移った・・・と、そう言い伝えられている。まるでおとぎ話だが、現にあやかしの沼なるものが実在している。」
「しかも身をもって確認済みだ。」と、レイサー。
「得体が知れんその力は、事前に封じておくべきだろうな。」
大戦争が始まる前に、ということだ。敵がまた手段を選ばない作戦にでれば、とうてい勝ち目はない。これまで呪力を戦争に利用するなどという、愚かしく邪道極まりない行為は当然のこととして考えられてこなかったが、敵はとうとう道理に反するその禁じ手を使ってきた。そんな戦いは、もはや戦争ではなくなる。
「方法は・・・。」
ラルティスがきく。
「一つを浄化する。安易に捨てられた方を。」
「じゃあ、あの沼から探し出すんですか?」
リマールが確認した。
「やだやだやだっ! できるわけないじゃないっ。」
ラキアは猛烈に首を振っている。
「できる者がいる・・・とすれば。」
興味を引かれる言い方だ。ざわめきが途端に鎮まった。
「姉妹には、一人だけ心を許した者がいたのだ。」
「それは?」と、ルファイアス。
「王だ。」
何代も前の、当時の王様である。
「王だけは、全ての臣民を平等に愛した。つまり、正統な王家の血を引く者になら・・・。」
「その者は危害を加えられない・・・かもしれない、と?」
この見解に不安を覚えながらも、ルファイアスは重い声で、それに続く言葉を口にした。
この美しく素晴らしい国の王座についた者の中に、これまで不正で冷酷だった者など一人もいない。時には、今のように一部から誤解を受けることはあっても、王となった者はそれすらも受け入れ、臣民に寄り添い、分からせる努力をしてきた。だからこそ、このウィンダー王国では、いつの時代の君主も敬愛される人格を備えているのである。ただ、王族で見れば温和とはいえない者も出て来るものの、世継ぎでなかったのは幸いだった。
そして、その話を直接とらえるなら、現国王はアレンディルだ。
「でも、兄上にそんなこと・・・。」
ルファイアスやラルティス、それにレイサーの視線を集めているのを見て、アベルは気づいた。
あれ・・・ちょっと、待って・・・そうだよ。
僕でもいいんだ。
「あの・・・それって・・・僕のことですか。」
うん、そうなるね・・・とは言えずに、目を見合ったルファイアスとラルティスは、微妙な表情を浮かべている。
ここでレイサーが、焦ったように、また少し憤ったような声で言った。
「だが、アベルだって、あの時ひどい目に遭わされたじゃないか。むしろ、何も見えなかった俺の方が向いてるだろ。」
「いざという時に、それらをためらわせる力を持っているのは、アベルだ。お前さんは、ただ恐れ知らずなだけだろう。それで、たまたま狙われなかったのかもしれん。だが一人でそれらの巣に潜り込めば、きっとただでは済まん。」
「単に推測で、そんなヤバいところへアベルを行かせるわけにはいかない。王弟だぞ。」と、結局はその事実を引き出してしまうレイサー。
「やります。」
レイサーは口を閉じ、驚いてアベルを見つめた。
パニックを起こすほど怖がっていたのに・・・と、レイサーは思っているだろう。それが分かって、アベルは少し苦笑しながら、だがきっぱりと言った。
「レイサー、大丈夫、やれるよ。今、僕は兵士、あの時とは違う。」
アベルは微笑んでみせた。その声は震えもせず、様子にも不思議なほど怯える感じはなかった。




