よく生きて・・・
翌日の昼下がりに、ラルティスを除いた国境警備隊をそのまま残して、ほかの者たちは大橋の関所へと旅立った。そこは王国のほぼ中心に位置し、王国に敷かれた街道の中で最も交通量の多い道にあり、ラジリーク市内にある。そうというより、そこは、その大街道さらには王国の治安維持を担う最大の関門である
ただその前に、一行には寄るところがあった。異国の三人は、会議の場となるその関所にいる必要はない。立場としては寝返ったラルドも、大した情報を持ってはいなかった。彼は専らイルーシャ王女の用心棒だったから。それに、そこは彼らにとって、あまり居心地の良いところでもない。
そう配慮されて、彼ら異国の三人にはもっと適した場所を提供することになった。身を隠すのに最適な場所だ。以前アベルも世話になった、ベレスフォード家の長女、アヴェレーゼの屋敷である。彼女はレイサーの姉であり、王の近衛兵マクヴェイン騎士の妻だ。
そういうわけで、アヴェレーゼはまた、にわかには受け入れがたい事情をいきなり聞かされることになるだろう。
そうして、イルーシャ王女と二人の付き人は、ルファイアスが迎えに行くまで、マクヴェイン騎士の大邸宅が佇む閑静な住宅街に、ひとまず滞在することとなった。
ところで出発直前のこと。一行が身支度を整える時、紋章の入った軍服の上着を潔く脱ぎ去ったラルドには、隊員の一人が近くの村で用意してきた、一般的な着替えが渡されていた。
ラルドは、自分のものは「処分して欲しい。」と言って、ハリス隊長に手渡したという。
その時の彼は、決意を固めた真剣そのものの顔をしていたが、拭いきれない心残りとまだ必死で戦っているように、ハリスには見えた。
ラルドとイオラは、王に背いた罪人として、すぐに祖国に知れ渡るだろう。特にラルドは。そうなれば、この先、家族は周りから後ろ指をさされ、辱めを受けることになる。バラロワ王国の君主がかたくなに野望を抱き、敵意を向け続けることを止めて、ウィンダー王国とのあいだに和平が結ばれない限り。
関所の大橋はいくつものアーチの橋げたに支えられて、真っ直ぐに向こう岸へ架けられている。青い大河にかかるその《《たもと》》、二つの高い塔の間にある検問所が、すなわち〝大街道の関所〟や〝大橋の関所〟、また〝大河の関所〟、それに、〝ラジリーク市の関所〟などと呼ばれるところだ。そして一行の正確な目的地は、そのそばの川沿いに建つ三階建ての茶色い建物である。フェンスが張り巡らされた広い敷地の奥にあって、中央の天辺で大きな旗が威風堂堂とはためく。
その広大な庭は立派な館をさらに引き立てるためのものではなく、昔は軍師だった関守マルクスの監督のもと、配慮を行き渡らせて機能的に造られた。例えば、名立たる騎士たちが持つ名馬も快適に過ごせるよう清潔に保たれた厩舎が数多くあり、馬丁が何人もいる。それに、馬車のためにも広い駐車スペースを確保してある。ほかにも兵士たちが不便なく野営もできる設備を完備している、など。そして館内にも同様に手落ちはなく、そこには数えきれないほどの客室が並び、たくさんの工夫と気配りを感じることができる。
その客室は、間もなく、力のある騎士や軍の指揮官、それに領主たちで埋まっていく。
関守マルクスは、ラルティス総司令官から、彼自身が体験して知り得た全てを聞いた。それによって、至急、再びこの大橋の関所に集うよう、各地に召集通知が出されたのだ。かつて優れた軍師として名を馳せたマルクスは、大きな影響力と権力をもつ有名人である。
ところで、ラルティスには、ここへ来た目的がもう一つある。本音を言えば、そちらを真っ先に果たしたかった。
アスティンだ。彼の無事でいる姿が見たい。
そう。関守のマルクスに言いつけられて、アスティンもまだここに残っている。基地に帰りたがったアスティンは、君にはまだじゅうぶんな療養が必要だと命令されて。それに今、アスティンが南の基地へ戻っても、あまり意味はないように思われた。南の国境警備隊の任務は、これから大きく変わることになるだろう。マルクスはそう予想していた。
それで、ひとまずすべきことを終えた一行は、マルクスに教えてもらった通りに、アスティンがいるという部屋へ向かっている。
途中、一行はそろって足を止めた。
走ってはいけない廊下に、忙しない足音が響く。そして、声が先にやってきた。
「ラルティス総司令官閣下!」
呼ばれたラルティスは、反射的に振り向く。それから喜びで目を大きくし、珍しく声をあげて叫び返した。
「アスティン!」
角を曲がったところで声をかけてきたその青年は、そこで立ち止って、今にも泣き出しそうな顔をしている。だが痩せ衰えていた顔も体も、ほぼ元に戻った元気そうな姿で立っている。
ラルティスは両手を広げてうなずき、アスティンがそばに来てくれるのを待った。彼は今、誰かの胸を借りて泣きたいだろう。それに応えるのはもちろん、自分だ。
そして促されるままに、アスティンも床を蹴って駆け出した。身分や人目を気にすることはない、と分かった。アスティンは嬉し涙を流しながら、最も尊敬する憧れの人の胸にしがみついた。恋人を包み込むかのように、ラルティスもまた肩を抱きしめ返していた。あふれる感情を両腕にこめて、強く。背丈は、ラルティスの方が頭一つ分ほど高い。
共に体験したことや、一人になってからのことがいっきによみがえってきて、アスティンはそのまま男泣きに泣いた。
「よく生きて・・・。一人でまた辛い思いをさせて悪かった。お前には、いくら感謝しても足りない。」
ラルティスの胸を遠慮なく濡らしているアスティンは、そのまま子供のように嗚咽しながら首を振った。
川へ飛び込ませてからのことは、ラルティスにも想像がついた。どんなに心細くて怖い思いをしただろう。そして、胸の内で彼の強運を褒め讃えた。そのおかげで、自分は戻ってくることができたのだ。
そっと微笑み合う兄ルファイアスと、弟のレイサー。ラキアが目に涙をためて鼻をズルズルいわせ、アベルやリマールは、このあいだ下唇を噛んで、ただもらい泣きを我慢していた。




