生還
闇の精霊を召喚したラキアは、それらに手を引いてもらうといった感じで、暗闇の中をスタスタと歩いた。まるで太陽のもとにいるかのように。しかし、あとに続く者たちは遅れをとらないように、そして足元によく注意しながら、ずっと神経を張りつめていなければならなかった。夜空には少し欠けた月が明るく輝き、暗がりに目が慣れてきても、森の中では一寸先が見えるという程度。障害物を避けているらしく、先頭はあちらこちらへ向きを変え、方角ももはや分からない。前にいる者を見失ったら終わりだ。
ところで、出発の前に、彼らは並び方を決めていた。ラキアはいいとして、王女と侍女には一人ずつ付き添いが必要である。それで初めは当然のように護衛のラルドが王女につこうとしたのだが、その場を取り仕切ったルファイアスが、彼には恋人、つまり侍女のイオラを守らせた。それで、王女には、いま体力に余裕があるレイサーが寄り添うことになった。
そうして、ただひたすら慎重に歩き続けていた一行は、不意に道に出た。
広い道だ。それに、遠く前方に灯りが現れた。いくつもあって、チラチラ輝いている。人工の灯り。道を照らす街灯だ。続いて、広い川と橋が目に映った。
ついに、囚われていた者たちは生還を果たした。
木立の間から見えた基地の広場は、ほのかに明るかった。見張りのための焚き火と、周りでぼうっと燃えているかがり火に照らされている。いつも通りに。そして、いつものように焚き火のそばには三人の見張りがいるはずだが、そこはひっそりとしていた。木につながれている軍馬たちもおとなしく、鼻を鳴らす音さえしない。
基地を目指して一行がそこへと続く林道を進んでいると、やはりいた当番の隊員が三人とも立ち上がった。しかし深夜の訪問者に少し警戒しているのか、誰も近づいて迎えようとせず、様子をうかがいながら待っている。
道端に点々と立っている街灯は、通行人の姿をはっきりと映すにはじゅうぶんではなかった。それに、木々をかすめて見えていた。当番の隊員たちがそれで分かったことは、最初は男女ともいる集団。そして、雰囲気からどうも若者と中年の男性。もう少し待って・・・うち数名の着衣が何であるか分かった。 紺の軍服!
「ラルティス総司令官が戻られた!」
真っ先に地面を蹴った一人が叫んだ。
あとの二人もすぐさま続いた。
「ルファイアス騎士もいらっしゃる。」
「隊長たちも無事だ!」
基地に帰り着いたとたん、ラルティスとその部下、そしてルファイアスは、気が緩んでその場に次々と膝を折った。一度こうなると、足だけでなく体まで震えてどうしようもなくなった。もともと弱りきった体で、体力はとっくに限界を超えていた。だが、ここまで歩けるよう、その誰もが無理をしていたのである。後ろを気にすることなく意気揚々《いきようよう》と先導してくれた美少女は、そのあいだ彼らにとっては〝鬼〟でしかなかった。
天幕という天幕から、隊員たちがぞろぞろと起きてきた。
今度ばかりは、留守を任されていた隊長たちも平常心ではいられなかった。やや興奮しながら一直線に走り寄って行く。そうして部下たち数人の間をすり抜けた。驚き、そして大きな安堵と喜びを素直に顔にだして。
「肩をお貸ししましょう。さあ、天幕の方へ。」
ヴルーノがサッと腰を落として助け起こそうとしたが、ラルティスはその手につかまろうともせずに言った。
「旅の準備と、馬を用意してくれ。一時間後に王都へ立つ。」と。
集まった隊員たちはみな、驚異の目でそんな総司令官を見た。見るからに、命からがら疲労困憊で帰還しての第一声とは思えない。なんて御人だと。
ヴルーノもさすがに叱るような強い口調で、「無茶です、よくお休みになられてから ―― 。」
「一刻を争う。バラロワ王国は諦めてはいなかった。場合によっては、もはや強引な手段に出ることも可能な準備ができている。武力でこの国を撃つ攻撃態勢が。」
「閣下、そのことはもう、王も上の者たちもみなご存知です。アスティンが話してくれました。」
パッと顔を上げてヴルーノを見たラルティスは、疲れや、あらゆる苦痛の全てを忘れて目を輝かせた。
「生き延びたか! 良かった、彼は今どこに。」
「ラジリーク市の関所に。」
「ああ、そうだ忘れてた。俺たちが兄貴たちを探しに行ったきっかけは、アスティンから話を聞いたからだ。それと、ベルニア国が滅びた。」
なんともあっさりしたレイサーの今頃の報告に、何も知り得なかった者たちは、一瞬、頭が真っ白になったようだった。
「ベルニア国が滅びた?」と、ルファイアスが繰り返した。
その大きな出来事が起こったのは、ルファイアスが呪われた未開の森を彷徨っていたあいだのことだ。
「ああ、それについては、またあとでゆっくり説明する。」と言って、レイサーは無理やり話を終わらせた。ここで口にすべきではなかった。今その話を始めたら、長くなるうえややこしくなる。兄たちを休ませる方が先だ。
「とにかく、そうか、もう我らの国も動いているのだな。あそこでは、私たちの時間は止まっていた。」
ラルティスは、いくらかほっとした声で言った。
「ああ、防衛体制を強化し、兵士たちが実戦に備えた訓練を受けている。」
「ならば、ひとまず関所へ向かおう。」
「ええ、ですが、まずはそのお体をある程度回復させてからにしてください。」
ヴルーノは少し怒ったように、呆れて言った。
「あの・・・ところで総司令官・・・あの綺麗なお嬢さん方は?」
セネガル副隊長が、実は、ずっと気になっていたことをやっと口に出した。ラキアのことではなく、当然、見知らぬ美女と付き人らしい二人のことを言っている。
「バラロワ王国のイルーシャ王女と、侍女のイオラ、そして王女の護衛のラルドだ。」
ラルティスにそう紹介されたラルドは、突然の混乱と誤解を避けるためにと、レイサーが前もって貸していた外套を脱いだ。その下は、ウィンダー王国にとって、脅威の敵である国家の紋章が入った茶色の軍服である。
初対面の者はみな見事に絶句した。
「我らを救い出してくれた。失礼の無いように。」
捕虜となっていた者たちは、ほかの隊長たちにそれぞれ支えてもらい立ち上がった。そして、アスティンも運ばれた医療用テントに入っていった。
その途中、ヴルーノの肩につかまりながら歩いていたラルティスは、気になって少し振り向いた。
イルーシャ王女が、ひどく心細そうにこちらを見ていた。
その後、深夜にもかかわらず、基地の広場には大勢が残っているまま少しざわついていた。
そんな中、異国の三人は居場所に困っているようだった。
今、イルーシャ王女に直接対応できるのは、二人の付き人のほかは、同等の身分の者にはそこそこ面識がある、実は貴族のレイサーくらいだった。ほかの隊員たちは、隊長や副隊長でさえ、恐れ多くて自然と距離をとっている。アベルやリマールも。アベルについては、その素性は王族でも、限られた者以外の王侯貴族とはほとんど接したことがない。
レイサーは、王女たち三人をテーブルの方へ誘った。そして隊員の一人に、彼女たちのために、何か温かい飲み物を用意してくれるよう頼んだ。ついでのようにラキアの分も。その時、護衛のラルドは遠慮して、テーブルの席にもつかずに王女のそばに控えた。
ほかの隊長や副隊長と相談しながら、レイサーは、王女たちのためにいろいろと気を配った。そして、イルーシャ王女と侍女のイオラに、二人だけの天幕が一つ用意された。護衛のラルドは、その前で休むという。ラキアも特別扱いすべきかとレイサーはちょっと迷ったが、共に旅をした時のことを思い出して、一緒に野宿させることにした。それをラキアは、むしろ喜んで承知した。
ひととおり手配して、ひとまず落ち着いたレイサーは、まだテーブル席にいるイルーシャ王女が、同じ方ばかり気にしていることにふと気づいた。その視線をたどってみると・・・彼女が見ているのは、どうも医療用テント。つまり、兄たちが休んでいる場所だ。
すると直感が働いた。ひょっとして、その中の誰かにたちまち好意をもったのか? そしてつい、あの中で独身は・・・と、考える。ラルティス兄貴と、コール副隊長だ。あとの二人には妻子がいる。そのことを彼女は何も知らないが、森の中で出会った時の様子を思い出してみると・・・ラルティス兄貴か。そんな気がした。まあ、歳の差はきっと大きいが、容姿だけをとってみればお似合いだ。
そこでレイサーは、自分の馬鹿げた考えに首を振った。
彼女は、仮にも敵国の王女。もしそうだとしたら、禁断の恋だ。




