敵国の王女 イルーシャ
今はもう、森の中は何とか見えるという薄暗がりに包まれていた。基地を出発したのは今朝早く。本当なら昼過ぎには村に着いて、偵察も済んでいるはずの時間だ。だが予定が変わった。それによって一行は進路を変更し、たくさんの寄り道をして、調べ回った。沼の周辺では足跡をいくつも見つけたから。しかしそこを離れると、何の発見も無くなった。まさしく人跡未踏といった、背の高い植物が乱雑に生い茂る場所をも通り抜けた。それで、こんなに遅くなってしまった。そろそろ野宿を考えないといけない頃だ。今いる場所はごちゃごちゃした下藪も減って、所々に小さな空き地もある。
今日じゅうには無理か・・・そう思い、レイサーがこの辺りで寝る場所を決めようとした、その時。
アベルが立ち止まった。振り向いたその顔は、やっと突き止めた! という確信に満ちている。
「あの茂みの向こう。」
アベルが指をさしている方は、一見、何の変哲もない鬱蒼とした藪だ。
「誰かいるとして、敵でない自信は?」
レイサーは用心深い声で言い、アベルの目を見た。
「・・・あります。」
「・・・よし。」
リマールとラキアをその場に待たせて、まずはレイサーとアベルで近づいていった。二人とも念のため剣の柄に手をやっている。その途中、レイサーが仕草だけで「ここで待て。」と、アベルに命令した。それより先へは、レイサー一人でさらに接近していく。あと数メートル。
物音がして、視界のすみを飛ぶように何かが動いた・・・!
レイサーはぎょっとした。その瞬間、右肩からキラリと光るもの、スッ! と剣先が伸びてきたのだ。
肩に剣が置かれている。反応できないほどの素早さで現れた何者かが、その武器を握りしめてすぐ背後に立っている。下手に動けば首を斬られる。
レイサーだけではない。アベルの首にもまた、後ろから回された誰かの腕が引っ掛けられていた。その手をグッと引き締められれば、窒息させられる恰好だ。
「動くな。武器から手を放して、ゆっくりと両手を挙げろ。」
レイサーを脅している男が言った。
だが、その声を聞いたとたん、レイサーはいっきに緊張が解かれた。
「断る。その剣を引っ込めてくれ。」
すると、リマールももう一人に言った。
「その人はアベルですよ。」
アベルの首から慌てたように腕が離れた。
ほっとしてアベルが肩越しに振り向くと、そこにはラルティス総司令官が。
そして、レイサーの後ろにいるのはルファイアス騎士だ。
ルファイアスは一歩下がって、剣を鞘におさめた。
「すまない、敵だと早合点した。」
レイサーは振り向いて、ついに、安否が気遣われていた二人の兄と向かい合った。辺りが暗くなってきたせいで顔はよく見えなかったが、背恰好や雰囲気からも間違いない。
レイサーは大きな安堵のため息をついた。
ルファイアスは右から、ラルティスは左から、そんな弟の背中や肩を軽く叩いて、その気持ちに応えた。心配をかけて悪かった・・・というように。
こうして、兄弟は感動の再会を果たした。その誰もが冷静沈着で、態度に出したのはその程度だったが。そばに来たリマールやラキア、それにアベルの方が感激して喜び合っている。
「向こうに、ほかにも仲間がいる。」
ルファイアスがそう言って歩きだし、レイサーが向かおうとしていた茂みを押し分けたところには、一メートルほど地面が下がった窪地があった。
そこに身を隠すようにして座っていた者たちが、レイサーが現れたのに合わせて立ち上がった。五人もいる。ルファイアスとラルティスを合わせると、七人だ。
続いて、アベルやリマール、そしてラキアもそこへ通された。
とりあえず、この近くに危険はないと判断したレイサーは、荷物の中から掌サイズの燭台と細い蝋燭を取り出して、小さな火をともした。
そばにいる者たちの顔や姿が、はっきりと見えるようになった。
その全員を確認したレイサーは、唖然となった目で二人の兄を交互に見た。その驚きようを見ても、相変わらず兄たちは冷静だ。
まず、敵の軍服を着ている男性には、それを知っているレイサーは心臓が止まりそうになった。しかし今の状況を考えれば、彼が敵意を持っていないことが分かる。そして、一見では理解不可能な二人の女性の存在。その一人は、長い外衣に身を包んでいても、顔立ちや全身から感じられる気品は、隠しきれない上流貴族のオーラを放っている。厚手の青いベルベット素材のマントにも高級感がある。もう一人の、彼女よりも少し年上に見える女性は、おそらく彼女の付き人だろう。
つまり、侍女。男性はおそらく護衛だ。侍女と護衛を侍らせている気品あふれる美女。
「彼女は・・・。」
もう分かった気がしていたが、それでもレイサーは、信じられずにまさかと思いながらきいた。
ラルティスがうなずいて、答えた。
「バラロワ王国の・・・イルーシャ王女だ。」




