脱走
その数時間後、期待通りに願いが叶った。
金髪の美女が、再び目の前に現れてくれたのだ。きちんと脱出計画を立てて。彼女が言うには、見張りに睡眠薬入りのワインを飲ませたらしい。それをふるまったのは侍女で、妙な味がしたはずだが、違和感を分かりにくくするためにワインを選んだ。結果うまくいって、見張りの兵士たちは、誰もへんな顔をすることなく飲み干したそうだ。そしてしばらくすると、次々と地面に横になったり、座ったままで眠りだしたという。
ただ、睡眠薬を飲ませたのは兵士だけで、村人には何もしなかった。それにはわけがあった。檻を開ける鍵と、捕虜たちが取り上げられた武器のありかを教えてもらうため。適当なことを言えば、兵士たちが揃いも揃って眠っていようと、鍵や、彼らの武器はどこかと聞かれようと、村人たちは深く考えたりなどしないことが侍女と護衛の二人には分かっていた。素朴な村人たちにとって、それほど王女様というものは、無条件に服従してしまう強烈な存在なのである。例えそれが、他国の姫君であっても。
おかげで、囚われていた者たちは、速やかに自由を得て洞窟を出た。外はまだ陽の光を残していたが、太陽は大きく西にかたむいていた。すぐに暗くなり始めるだろう。
脱出は簡単に成功した、と、思われた・・・!
運の悪いことに、村の方から歩いてくる兵士が三人! 途中で立ち止ったかと思うと、顔を見合わせ、角笛の音を響き渡らせ、何か叫びながら瞬く間に走り寄ってくる。
マズい、見つかった・・・!
眠っている兵士たちは順番に叩き起こされた。目覚めた者はあわてて起き上がり、武器を手にした。だが、まだ感覚が戻りきらずにふらついている。そして村の方からは、ほかの兵士もぞくぞくと駆けつけた。
ルファイアスは右手に剣を、そして左手に引き抜いた松明を持っていた。周囲の雑木林にサッと視線を走らせる。村へと続く小道を突破できるとは思えないし、通ってきた山道もすぐに追いつかれるだろう。ひとまず道の無い場所を逃げ回り、どこかに隠れるしかないか。
ルファイアスは、遠くに草木が密生している場所を見つけて叫んだ。
「こっちだ!」
そこでふと気づくと、バラロワ王国の王女と侍女、そして王女の用心棒が、このあとどうしたらいいのか戸惑っている様子。なにしろ、裏切り行為をしたのだ。それが知られれば、ひどい罰を受けることになるだろう。そもそも、侍女と護衛の彼は、もう国へ戻るつもりは無かった。
「さあ、一緒に。」
ラルティスは王女の手を引いて走り出した。
そうなると、自然と侍女と護衛もついていく。
しかし、このあいだに素早く逃げ道を塞がれた。敵も軍人。さすがに侮れない相手ばかりだ。そして戦いになった。だが今は、満足にとはいかないものの、監禁されていた者たちにも戦える力がある。しかも、バラロワ王国側の隊長が選んで連れてきたのは、一軍のトップや部隊長、それに英雄騎士。本来なら、無名の敵に倒されるような男たちではなかった。
しかし、激しく動くにはまだ辛い体。武器を跳ね飛ばされたコールは、敵の一人と取っ組み合っていた。コールは、捕まっていた四人の中では一番若い筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》の男だった。南の国境警備隊の誰よりも力持ちだが、やはり完調ではないためか苦戦している。
最年長のハリスは臨機応変で型にはまらない。戦うセンスは最もあるといえる。ハリスは二人の同時攻撃に対抗している最中、一人の胸ぐらをつかんで引っ張り、盾のように振り回して、もう一人に味方の背中を斬りつけさせた。そして、斬りつけた男がショックで止まった隙に、その腹に一撃をきめた。
そのハリスの目が、仰向けで首を絞められているコールを偶然とらえた。そこへ、さらなる敵が近づいている。その男がコールの前に立ち、剣を斜めに振り上げた。とっさに石をつかんだハリスは、その敵の後頭部に見事命中させると風をきって駆けつけ、二人を倒してコールを引っ張り起こした。
ラルティスは舞うように剣を操る。兄のルファイアスは力強くキレのいい動きをする。戦い方は対照的な兄弟だが、どちらも非常に高い戦闘能力をもち、相手の急所や弱いところを一瞬で見極めることができた。
今は敵も剣以外の武装をしていない。バラロワの兵士たちにとっては、思わぬ事態であるから。おかげで、早業が容易く決まる。恐ろしいまでの剣さばきを見せつけたルファイアスは、もはや貫禄だけで敵を怖がらせている。
それに、敵はみな実のところ困惑していた。どうも捕虜について行こうとしている王女のことを、どう理解したらいいのか分からなかった。何かの間違いだと思うも、謎が頭の中で渦を巻いた。
中には、王女と手をつないでいるラルティスに向かって、「卑怯者! 王女様から手を放せ・・・?」と、自信なさげに口にする者も。
ラルティスは言われた通りにし、王女からいったん離れて三人を相手に戦った。一人目の攻撃をかわし、二人目も避け、三人目の剣を受け流した。鮮やかに身をひるがえし、剣で止めて、三人がかりの攻撃を全て決めさせなかった。白刃をガンガン打ち合う音がせわしなく響く。そして一対三にもかかわらず、すぐにラルティスが優位になった。一人目が肩を切り裂かれて膝をつき、二人目が派手に血を流してよろめく。
ラルティスがまだ向き直っていないところを、三人目が背後から飛びかかった。素早く剣を逆手に持ち替えたラルティスは、後ろも見ずにその襲撃者の鳩尾を突き刺した。
そこでハッとしたラルティスは、あわてて王女の方へ走り寄った。眩暈を起こした彼女の腰に手を伸ばし、その細い体をぐっと自分の方へ引き寄せる。胸と胸とがぶつかった。
「すまない、我慢してください。」
ラルティスがそのように詫びたのは、間近で彼女の国の兵士を殺害し、衝撃的なものを見せてしまったからだ。
「だ、大丈夫です・・・。」
実際には頭がくらくらして、王女は体を支えていてもらわないと、何度も倒れてしまいそうだった。
「お名前は。」
「イルーシャと・・・申します。」
「私はラルティスです。ほかの者たちの紹介は、のちほど。」
一方、そばにいる侍女は恐怖のあまり完全に顔を背けており、護衛の彼は、脱走兵とではなく同胞と武器を交えているという状況。睡眠薬入りのワインにも気づかれ、もはや裏切り者として認識されたようだった。
そんな中、ルファイアスは焦りを募らせていた。
あの男・・・あの指揮官が現れる前に、ここから離れなくては。この体の機能と体力の回復も、一時の間に合わせにすぎない。あの男はきっと手強い。今は対戦したくない。それに、これ以上の多勢に無勢もさすがに手に負えない。
そうして、牢屋から逃げ出した一流戦士たちはみな、仲間全員で逃亡するため、必死で敵の数を減らしていった。だが武器をつかまされているだけの村人は傷つけず、彼らも向かってはこなかった。
「それでいい。我らは行くが、どうか目を覚まして欲しい。」
ルファイアスはそう言い残して、ようやく雑木林に姿をくらませる直前、追ってきた兵士の集団には、左手の松明を横回転させるようにお見舞いしてやった。




