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場違いな美女


 彼女は真っ直ぐに牢屋ろうやの前へとやってきて、柵越さくごしに捕虜ほりょたちの前に立った。


 こんな時だというのに、誰もが目を奪われずにはいられない金髪の美女だ。ただ、通路の壁にかけられている松明たいまつの灯りの中では、実際の色とは違うかもしれないが、肌は透き通るように白く、髪も灰緑色の瞳の色もうすくて、消えてしまいそうな儚げな雰囲気を漂わせる女性だった。歳の頃は、二十代前半に見受けられる。それにとても緊張きんちょうして、震えているように見えた。


「あなたは・・・。」

 ルファイアスがたずねた。


「あの・・・様子を見にきました。」と、彼女は答えた。


 質問の答えにはなっていないが、ルファイアスはこだわらずに続けてきいた。

「指示されて?」


「いえ、自分で。」


「なぜ・・・。」


「ち、近くのお城まで・・・来たので。」


 この辺りのそういった建物といえば、国境の向こうの湿地帯しっちたいにある隣国の古城。舌を嚙みそうな名前の、そのノルヴァンディラス城だろう。彼女がなぜ王都からそこへ来たのかは謎だが、そこは、進軍の命令を待つ敵の集結場所の一つであると考えられた。


「お一人で?」


「いえ・・・侍女じじょと・・・それに、護衛ごえいの方。」


「姫君。」


「はっ・・・あ・・・。」

 彼女は目を大きくして、息を止めた。


「今、そうと分かることを、いくつかおっしゃいました。あなたは、バラロワ王国の王女様ですね。」


「・・・はい。」


 四人は不可解そうに目を見合う。


「なぜ、あなたのようなお方が、こんなところへ?」

 今度は、ラルティスが問いかけた。


「私たちの国の民は、悪い人ばかりではありません。だまされて捕まってしまった、あなた方のことを気の毒に思う人もいます。」


「侍女と護衛も?」


「そうです。彼らは今、外で見張りの者たちを引き付けてくれています。」


 王女は綺麗な声を震わせて、真面目まじめ精一杯せいいっぱい答えてくれている・・・そう見えた。これはおかしな展開だが、そのことから察するに、彼女がここへ来るには相当な勇気がいったに違いない。


 なぜなら、その目的はひょっとすると・・・。


「姫・・・あなたは、父をよく思っていらっしゃらない。」

 ルファイアスがズバリ言い当ててみせた。


 王女は弓で撃たれたように、一歩下がった。

「それは・・・。」


「私たちを助けてくれようと?」

 ハリスがここぞとばかりに続ける。


「あの・・・でも・・・。」


「ためらわないで。」と、コール。


「我らを逃がしてください。そのための協力を、どうか。」

 ラルティスが必死の形相ぎょうそう哀願あいがんした。


 彼だけではない。みな、圧倒されるほど力強い眼差まなざしながら、すがるように見つめてくる。


 たじろいでいた王女はそこで、思い出したというように、両手で持っているものに視線を落とした。それは、腕にかけた外衣で隠してあるもの。


「これを召し上がってください。」


 王女がそう言っておおいを取ると、その手には黄土色おうどいろ風呂敷ふろしき包みがあった。


 食料だ。王女は、それを手渡そうとした。だがしかし、そのままではおりに引っ掛かってしまうので、包みを開いて、一つ一つ手渡してくれようとしている。高価そうな長い紫のドレスのすそが、くしゃくしゃになって地面に広がった。スッと腰を落としたかと思うと、なんと両足を曲げて土の上に座ったのだ。ひざの上に包みを広げるため、えた捕虜たちのために。その動きは、あまりにもすみやかで自然だった。


 その心のこもった行動に、四人ともが胸をうたれ、息をのんで見つめた。それに、ご無沙汰ぶさただった具材入りのパンや、チーズのかたまりがあふれだした。さらには、わきに置いた手提てさげの中から、スマートなワインボトルが一本。きちんと中身も入っている。


 捕虜たちは、みな素直に感謝して受け取った。本当にありがたいことだ。これで、力をつけられる。もし、逃がしてもらえたら・・・。


「ゆっくり召し上がって大丈夫です。きっと、誰も入ってこられませんから。」


 ゆっくり口に入れないと、確かに衰弱すいじゃくした体には悪い。彼らはワインボトルの飲み物(中身はワインではなく、何か体に良さそうな薬っぽい味がした)を回し飲みし、食料の半端はんぱ分は切り分けて、やはり平等びょうどうにたいらげた。今の状態に対して、ちょうどよい量があった。


「このような荷物、不審ふしんがられませんでしたか。」

 めの飲み物をごくごくっとのどに通して、空になったびんを返しながら、ルファイアスがきいてみた。


「ここにいる方々は、誰も私に質問などできません。」


 おとなしそうな顔をして、ものすご威厳いげんを放つな・・・と、みな感心した。彼女はそんなつもりもなく口にした感じだったが。


 そして王女は、空き瓶と風呂敷を見えないように手提げにしまった。


「・・・また来ます。」


 王女は立ち上がって後ずさり、ゆっくりと背中を向けた。そうして、何度も牢屋の方を振り返りながら去っていった。


 捕虜たちは、一瞬も目をらさずに見送った。その姿が消えてからも、はかなげなようで全てが印象的だった、彼女の残像ざんぞうをしばらく見ていた。


「来るでしょうか・・・。」

 コールが半信半疑に口にして、ため息をついた。


 だがラルティスは確信をもって答えた。

「ああ、きっと・・・来てくれる。」


 ほとんど根拠こんきょのない、彼女のあの態度と様子だけで得た直感と、信頼しんらいのもとに。








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