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牢獄に入れられて



 捕虜ほりょたちは、おりの中をゆっくりと行ったり来たりしていた。そうしながらいろんなことを考え、毎日、懸命に頭を働かせた。そうすることで、ほこりと気力を保っていた。


 ラルティスは、目の前に並んでいる何本もの棒の向こうを、鋭い目で見た。周囲には同様にとらえられた部下以外には誰もいないが、この洞窟どうくつの出入口には、敵の兵士や村人がうろうろしている。


 アスティンが逃げてからというもの、牢屋ろうやに閉じ込められているというのに、見張りの数がいっきに増えた。兵士が倍になり、武器を持った村人まで数名、夜でもたまに様子を見に来るようになった。かたくて丈夫な木でこしらえたとはいえ、さくの檻に不安でもあるのだろうか。しかし実際、何の抵抗ができよう。何日もまともな食事をしていないせいで、体は真っ直ぐ歩くのも困難なほど弱りきっているというのに。


 ただ一ついいことは、牢屋に入れられてから手を縛られなくなった。向こうも、いちいち縛ったり解いたりが面倒だったのだろう。それに、牢屋の中はわりと広くて、まだあと五、六人は入れておけそうだ。ということで、動き回れるようになった。とはいえ、体はフラフラだ。それでも筋力のおとろえはなるべく防ぎたい。もし、もしも、逃げ出せる機会があったら! ためらわずに行動してやろうと、捕虜たちは決心していた。


 それで彼らは、牢屋の中を適度に歩き回り ―― 余計にせるのではと心配もしたが ―― 出されるわずかな食料を素直にいただき、ゆずり合わずに平等びょうどうに食べた。その時は全員で協力しなければならない、と考えていたから。


 そのために、この檻の中をくまなく調べた。洞窟の片隅かたすみを利用して、二面は岩肌、それと対面に柵を張ってある木組みの檻だ。頭上に木材を渡してあり、下はそのまま地面である。何もいていない、無慈悲むじひで冷たい地面。


 この柵、何とか壊せないか。工事の時に出たらしい、鋭い岩の欠片かけらが落ちている。これで何かできないか。だが、何をしようと、気づかれないようにやるのは、ほとんど不可能だ。


 総司令官と二人の隊長は、ときどき一人ずつ連れ出され、ぐったりして檻に戻される非人道的な日々の中にあっても、軍の上官の誇りにかけて、鉄の精神を見事に崩さなかった。


 そして、同じことの繰り返しに飽きて、見張りがもっといい加減になってくれないかと願った。だが、見張りの兵士がさぼりたい時に、村人が代わりに見に来ているらしい。なので、監視の目がゆるむことがない。


 どうにか脱走する方法は無いか・・・。


 そればかり考える毎日を過ごしていた、ある日。また一人、後ろ手に縛られている黒髪の捕虜が連れてこられた。


 やっと着いたか。思っていたのと全く違う形でだが・・・。その男、ルファイアスはなさけなくなり、こんな時だというのに苦笑を浮かべた。当然、武器も何もかも一切いっさいを取り上げられている。


 嬉しくない再会の仕方で、兄弟は顔を見合った。


 ルファイアスはそのまま苦笑いを向け、ラルティスの方はショックで固まっている。


 背中を突き飛ばされて、ルファイアスも同じ牢屋に入れられた。


 そうして、すべきことを終えると、敵の兵士たちはさっさと立ち去った。ラルティスがすぐに動いて、兄のいましめを解きにかかる。


「痩せたな。」

 縄を外してもらいながら、ルファイアスは背後にそう声かけた。


「兄さんも。」と、ラルティス。


 ひとまず縄の拘束こうそくからは自由になれたルファイアスは、腕をなでさすって痛みをほぐした。


 思いがけずやってきて、一緒に捕まってしまった英雄騎士に、一方のハリスとコールは言葉もでない。


「さて・・・。」と、ルファイアス。「こんな予定ではなかったんだが、見ての通りだ。すまない。」


「いえ、分かります。」


 ハリスが答え、コールがそれに続けた。


「謎の迷路に、閉じ込められてしまったのでしょう。」


「その通りだ。」


「兄さん、まずその謎について話そう。同じ目にあったのなら、恐らく、兄さんが思っているような単純なものではない。そこには回避不可能の、想像を絶する罠がしかけられていたんだ。」


 兄弟は地べたに並び、姿勢を崩して座った。


「敵には恐ろしい味方がいる。精霊使いだ。そのせいで、私たちはあの沼の周辺から出ることができなかったのだと、ここへ来てようやく知った。何か不思議な力を使って何日も森を彷徨さまよわせ、弱らせて、襲いかかる。そうして、私たちは捕えられた。」


 ルファイアスはうな垂れる思いだった。精霊使い・・・あの、修道士のような恰好かっこうをしていた男がそうだろう。処理しきれなかった疑問まで、その怪しい存在一つで全て納得なっとくできた。


「そんな考えも及ばない真相だったとは。確かに、そこまでの情報は知らなかった。」


 そしてルファイアスは、ラルティスたちが消息をたってから、国で起こったことを話した。ベルニア国のもと側近そっきんが主人を裏切った話や、その後の会議のこと、それによって自分がやってきたことを。


「この森の奇怪な現象については、ベルニアにそこまで話す必要が無かったからだろう。その側近も知らなかったんだ。」


 そう答えたラルティスもまた、順を追ってこれまでのことをさらに語った。 


「かの国はもはや同盟の考えを変え・・・いや、はなからそのつもりも無かったのかもしれないが・・・再び襲撃しようとしている。そしてまずは、このアディロンの森へ、我が国の兵士・・・あわよくば兄さんのような強者つわものをおびき寄せ、戦いが自分たちに有利になるよう周到しゅうとうに動いている。卑劣ひれつなだましちをくわだて・・・そうして、私の部下は次々と虐殺ぎゃくさつされた・・・!」


 隊員たちがどのように衰えていき、殺されていったかが、何度もかすめすぎる閃光せんこうのようにフラッシュバックした。


 ラルティスは、話の続きを口にするのに落ち着くまで、少し時間がかかった。同じく二人の隊長もつらそうに目を伏せている。


 兄のルファイアスが気遣わし気に肩に手を回すと、弟は、大丈夫、というように小さくうなずいた。


「敵は、そうして南の警戒を緩め、侵入する機会をうかがっている。め入る準備は順調に進んでいるようだ。そして時がくれば、最初に大街道の関所、次にエオリアス騎士の領地、ラトリ市が狙われる。大橋の防御ぼうぎょを破れば、大街道から容易よういに王都へ行けるようになる。西からの敵の軍勢は、関所の守りをつぶして攻めてくる。ラトリ市と、大街道の関所を持つラジリーク市。敵はこの二つの王国の中心を乗っ取り、拠点きょてんにするつもりだ。」


 二人がそう話しているあいだ、ハリスとコールは、注意深く外からくる気配をうかがっている。


「部下を一人逃がした。ただ一つの逃げ道へ。私たちは経験を積み、地位を得た。敵にとって有益な情報を持っている。しかし、アスティンは若い。私たちから、その情報を引き出すための道具として生かされたのだろう。きっとひどい目に遭わされたあげく、殺されると分かっていた。だから彼は、川の中へ飛び込むのもためらわなかった。望みははかないが、王へ、この事態とバラロワ王国の計略を知らせてくれるかもしれない。アスティン・・・うまく生き延びてくれればいいが・・・。」


「総司令官・・・!」

 ハリスが片手で、静かに、という仕草しぐさをした。


 足音が聞こえる・・・妙な感じがした。耳慣みみなれない音、それに歩き方だ。カツ、カツ・・・と、優雅ゆうがにも聞こえる足音を鳴らしながら、ゆっくり近づいてくるのである。兵士でも村人でもないと分かった。とりあえず単独でやってくる。


 曲がり角に注目していると、やがて現れたのは、間違いなく場違いな女性だった。









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