見つかったアスティン
アスティンは川から離れて、とりあえず隠れられる場所を探した。どうすべきか、考え直さなければ。
そして、あまり奥へは行き過ぎないようにして歩き回っていると、背の高い植物に覆われた空き地を見つけた。少し休むにはちょうど良さそうだ。アスティンはそこへ行き、よろよろと腰を下ろした。
高木の枝葉の隙間から、柔らかな黄色い木漏れ日が射している。アスティンは呆然と見惚れた。
飢えた体で、病気で傷だらけのまま、僕は呪われた迷路にいる。この体も気力も、もう何日ももたない。そして死ぬ。そしたら、あんな光の中を通って天へと昇れるのかな・・・殺された皆のとこ ――。
我に返ったアスティンは、あわてて首を振った。
違う、僕が今行きたいのは、目指す場所は、基地にいる皆のところだ。きっと、心配して待っている。
アスティンは両膝を曲げて下を向き、膝頭に額をつけて考えた。
と、その時、はっきりと物音が・・・!
たちまち不安と緊張感が襲う。より頭を低くしながら息をころして耳をそばだてると、不吉なことに人の気配だ。アスティンは動揺し、怖くなった。体ががくがく震えるほどに。
でも、話し声はしない。少数・・・恐らく、二、三人。軽い足音がこっちにくる・・・小柄な兵士だろうか。嫌な金属の音などはしないが、でも、それが誰だろうと、何だろうと、今はまだ恐ろしい森の中。
見つかりたくない・・・!
アスティンは静かに地面を這って、植物がもっと密生している場所に隠れようとした。
ところが姿を見られたのか、それは狙いをつけたかのように近づいてくる。そして背後の茂みが、ガサッ! っと掻き分けられる音がした。
「ひっ・・・!」
「アスティン・・・?」
恐怖で頭を抱えてうずくまったアスティンだったが、少女の声で呼ばれて、恐る恐る目を向けた。そして、その目を瞬いた。
亜麻色の長い髪と澄んだ緑色の瞳。そこにいるのは、確かに少女だ。しかも知っている顔。名前もすぐに浮かんできた。
「ラキア・・・さん?」
その少女・・・ラキアの方は、アスティンの異常な姿に大きく目をみひらいている。
「両手・・・なに? その痣・・・。」
手首の拘束の痕は、痛ましい紫色の痣になっていた。ほかにも掠り傷がいくつもある。
歯を食いしばったアスティンの口から悲痛な呻き声が漏れた。アスティンは涙を流して泣いた。
ラキアは驚いてそばに両膝をついた。
「大丈夫、今、手当てしてあげるから!」
どっと襲ってきた悲しみ以上に、アスティンは悔しくて泣いていた。
兵士たるもの、戦いで死ぬこと、仲間を失うことの覚悟はできているつもりだ。だが、こんな卑劣なだまし撃ちで、まともに戦えずに殺されていくなど、思ってもみないことだった。
そして今になって、どうして涙があふれてきたのか・・・すぐに分かった。目の前にいる少女が、これまでの過酷な現実とはかけ離れた存在に見えるからだ。そのせいで張っていた気がいっきに緩んだ。涙腺までも。
「おじいちゃん、こっち! 荷物とって!ああ、もうリヴァ連れてきて!」
間もなく蹄の音と、また一人、気配がやってきた。ウサギのような耳と優しい目をした、茶色くて背の低い馬が一頭。それから、輪郭を覆うふさふさの髭を生やした白髪の老人。
ロバのリヴァと、ラキアの祖父のコラルである。
「おお・・・これは・・・。」
杖を置いたコラルは、腰を落として、アスティンの顔や姿恰好を見回した。やつれたそばかす顔の青年で、異常な痩せ方をした細い体に、よれよれの軍服らしきものを着ている。
いちおう知り合いであるラキアが、アスティンのことを説明しながら濡れている上着を脱がせてあげると、そもそも体じゅう何かに打ちつけていて、アスティンはさらに驚くような打撲を負っている。
ラキアはすぐに毛布をかけてやり、コラルが体をみてやった。そして、食事をとらせようとしたが、ここでコラルはアスティンの発熱に気づいた。
ラキアは、鞄の中から自分の外套を取り出して、アスティンに差し出した。
「ちょっと小さいと思うけど、濡れてるの全部脱いで、一枚でもこれを着てる方がいいよ。熱が上がっちゃう。」
そして少女は、藪の後ろに姿を消した。
アスティンは、外套一枚を痩せた体にしっかりと巻き付けた。次に腰をひもでぎゅっと締め、顔を隠さなければという意識が働いて、フードを被った。それから、気を利かせて離れてくれたラキアを呼び戻した。
「ここは、どこですか。森のどの辺り・・・。」
アスティンはたずねた。熱い息をはいて、病人の声をしている。
「そうじゃな・・・この未開の森でいうなら北側、国境警備隊の野営地より西側だ。」
方向はとりあえず合っていた。アスティンは、嗚咽を漏らしながらまた泣きだした。
「基地へ・・・みんなの所へ帰りたいんです・・・。」
ラキアが、よしよし・・・というように、自分より年上の頭をぽんぽんなでる。この少女の好きな人が、時々やってくれた仕草だ。
コラルもうなずきながら、「大丈夫、仲間の所へは、きっと陽が沈むまでには帰れる。」と、力強く請け合った。
コラルとラキアは、アスティンを連れて来たロバに乗せて、国境警備隊の基地を目指した。
「この森には、強力な術がかけられておる。何かを邪魔するために張られておるな。しかし、いったい・・・。」
リヴァの横、アスティンの隣について歩きながら、コラルはそんな話をした。コラルは半ばアスティンに説明するように言いだしたのだが、それについて答えられるはずのアスティンは下を向いて黙っていた。話すべきことも、話したいこともたくさんある。でも今は、口を動かす元気がなかった。
ラキアもリヴァを挟んだ反対側を歩いている。
実は、コラルとラキアがここにいた理由は、森の調査だ。コラルは、気になる邪気を感じて、このアディロンの森を調べに来ていたのである。
それは、フェルドーランの森の危険区域と同じ邪気。ただ、何か少し違った。それをコラルは推測もしていた。それは恐らく、〝あやかし〟なるものが住みついているか、いないかの違いだ。その証拠に、野生の動物たちは平気で暮らしている。
とにかく、古い言い伝えが本当ならば、〝 アレ 〟を霊能力者の誰かが発見し、利用している。真相を究明して、領主様に報告しなければならない。
コラルは時々、歩きながらぶつぶつと呪文を唱えて、腕や指先を動かした。虚空に何かを描いたり、印を結んだり。このご老人はベテランの精霊使いだ。その悪い力に邪魔させないよう、自分たちの行く手を無効にして進んでいるのである。
起伏の多い、自然のままにされている歩きづらい行路を、リヴァは心身ともに傷ついている者を背負って、しっかりと進でいる。
アスティンは、ときどき顔を上げて辺りを気にした。だがこの道のりを行くあいだ、ほかは虚ろな一点見つめで視線を落としたまま、結局、事情を一言も話さなかった。




