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基地を目指して



 最初、川の流れは容赦ようしゃなく、岩にぶつけられる度に気が遠くなった。それでも息を、顔を上にと、必死になってひたすら手足を動かし続けた。だが波に飲み込まれ、掻き回すような水流に引っ張られて、とうとう抵抗できなくなった。それで、ついあきらめたように水中をただよっていると、一瞬、背中が川底についたのだ。


 流れがゆるくなっている。状況がそれほど悪いものではなくなったと気づいて、生きる気力を取り戻した。


 まだ死ねない・・・!


 意志と使命感が燃え上がった。


 アスティンは川の中で体をひねり、立ち上がった。すると、ここの水深は胸の下あたりまでしかない。


 助かった・・・岸へ上がらなければ。


 アスティンは顔を上げて、前を向いた。どこから岸だろう? 真っ暗で見当がつかない。 振り向いて後ろを見てみると、そちらには木々の輪郭りんかくがぼんやりと浮かんでいる。だいたいの距離がわかった。よかった、こっちなら渡れそうだ。


 アスティンは向きを変え、一歩進むのもうまくいかない体にむち打ち、岸辺を目指した。そして、転がるようにして地面に倒れた。だが気は抜かなかった。じゅうぶん用心し、追ってきた者はいないか・・・と耳をすまして辺りをうかがう。


 川の水音と、とりわけ様々な虫の鳴き声が響いている。


 ずいぶん遠くまでのがれてきた気分だった。だがここが、子供たちが言っていた遊び場付近なら、あのまわしい場所からまだそう離れてはいないはず。もっと遠くへ行かないと・・・果たして行けるだろうか。また彷徨さまようことになるかもしれない。一人で。


 とにかく、体力がもつ限り足を動かそう。そう決心したアスティンは、体を起こして水浸みずびたしの服を脱ぎ、思い切りしぼった。びちゃびちゃだった衣服が、少しはマシになった。それでもじっとりと濡れている。とてもまた着る気にはならなかったので、下着以外は手に持って歩きだした。


 総司令官も言われた通り、川沿いを流れの方へ向かえば、少なくとも、知らないうちに舞い戻るなんて失敗はしないだろ。この川はきっと、基地の近くを流れている、あの幅の広い川につながる。一刻も早く、敵の動きと、総司令官や隊長たちのことを知らせるんだ。


 その強い意志に突き動かされて、アスティンは岩場を乗り越え、くきかたい植物が生い茂るやぶの中にも突っ込んでいった。そうして、なるべく川沿いから離れないように歩いた。


 そして、灌木かんぼくの入り組んだ枝が屋根を作っている、茂みの洞穴ほらあなを見つけた時になって、やっと歩くのを止める気になれた。


 アスティンはそこへ行き、よろよろと腰を下ろして靴を脱ぎ、倒れるように草地に横になった。


 冬じゃなくてよかった。夜は冷えてきてつらいのは辛いが、耐えられないことはない。ここならせめて夜風を防げる。


 そうして、アスティンは寝づらい夜を過ごすも、やがて眠りについた。


 そして翌朝、夜明けの暁光ぎょうこうを感じた頃に、アスティンは無理に出発した。


 かなり根性がいった。体じゅう殴られたように痛み、ひどく強張こわばって動きづらい。しかも、何だか熱っぽい・・・。川に流され、濡れたまま裸で野宿のじゅくしたせいで、きっと病気になった。


 だから、何だ。


 アスティンは強気でいられるよう、甘えた考えを起こさなかった。例え悪化しようと、休むのは基地へ帰ることができてからだ。


 アスティンは服に手を伸ばした。それは、そばに目立たないようにして広げていたが、まだ濡れている。湿った程度になるまで乾いてくれるかと期待したが、朝露あさつゆのせいであまり変わっていない。だが、森の中で日当たりは悪くても、今日は幸い晴れているので、着ている方が早くかわくだろう。そう考えたアスティンは、薄手のシャツとズボンを身に着けた。


 再び川の方へ出た。


 川沿いは人目につきやすいので、ビクビクしながら歩いた。それに、川は度々、別の方向へ分岐ぶんきした。大きなシダの下を流れる小川ばかりで、簡単に横切ることはできる。だが困ったことに、ほかの流れも見ていると、平行して歩こうと決めた川が、どこへ向かっているのかだんだん疑わしくなってきた・・・。


 さらには、大岩にはばまれることもあった。回りこもうとすれば、辺りの森の中にはどこにも道なんて無い。水辺以外は、どこもこけに覆われた巨木や岩、自由気儘(きまま)に茎やつるを伸ばしている茂みが連続するような似た景観が広がっている。視界いっぱい、目の届くかぎり。


 アスティンは、自分は確かに基地へと近づいているだろうか・・・と、しょっちゅう立ち止っては、考えながら歩いた。そうでなくても、ずっと西や東にズレてたって、基地のそばを流れているあの川まで出られればいい。船着場ふなつきばもある広い川だ。南のこちら側とを結ぶものではないが、普通の暮らしの場があって、普通に生活している人が見えるはずの場所だ。


 ところが午後になって、いよいよ意識がおかしくなってきた。自分が見ている川の流れは本物だろうか。したがうべき川は自分の右側にあったか、それとも左か・・・。そんなわけの分からない感覚におちいり、悩まされた。水中に手を入れて確認しようとしたが、それすら判断できない。


 そしてとうとう、さっき通り過ぎたはずの大岩を前方に見てゾッとなり、それ以上進むのを断念した。


 アスティンは、その場に座り込んだ。


 気力を全ていっきに抜かれる思いだった。何もかも嫌になり、なげやりになり、最後は途方とほうに暮れた。


 ダメだ・・・ああ、やっぱり脱出できない。


 絶望感が疲労ひろうと病気に気づかせ、困難に立ち向かう力を奪っていく。 


 だが軍人魂のもとに立ち直った。


 僕はまだ生きている・・・生きている!


 アスティンは自分のほおをパシッと打つと、ひざを押し上げて立ち上がった。








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