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ベルニア国の滅亡


「彼に何を。」


「嘘の証言を拒否すれば、可愛い王子と王女は長生きできぬと。ここはもうすぐ戦場になる。バラロワ王国が攻め入り、王室の者は皆殺しにされると。だが証言すれば、征服せいふくするのは我が軍隊。バラロワ王国が王都まで来ることはない。みな生かしたままにしておけるとな。もっとも、お前以外はだが。」


「そのようなこと・・・。」


「信じないと思うか? 私が適当なことを言っていると? それとも、不可能だと? だが、ゼルフィンは信じたぞ。お前の老僕ろうぼくが信じていないのは、平和、平和とうたい続けて、すっかりたるんだウィンダー王国の軍事力の方だ。」


「違う・・・彼はもう判断力が・・・それをいいことに、あなたは・・・。」


「私が巧妙こうみょうそそのかしたと言いたいのか。死にぎわで何とでも言え。」


 手すりに背中をつけて、アレンディルが下になっていた。そのまま押し出そうとするかのように、叔父が体重をかけてくる。


 アレンディルは、つかんでいる叔父の腕を死にもの狂いで横へ振った。その拍子ひょうしに起こることを、考えるなどできなかった。落とすつもりなど無かったが、彼だけでなく、自分の体もまた一緒に外へ投げ出されるとは・・・!


 その瞬間、驚いた互いの体が離れた。


 とっさに手を伸ばしたアレンディルは、おかげで間一髪、手すりのふちにぶら下がることができた。しかし、ムバラートの方は、ゾッとなる悲鳴を上げながら落ちていった。


 下で、重い大きなものが岩にぶつかる嫌な音がした。


 背筋が凍りついた。アレンディルは動揺どうようした。それでも、バルコニーの柵をつかんでいる手の力は必死で保ち続けた。こんな状況でなければ自力で這い上がることもできるが、今はすでに体力を消耗しているうえ、何よりショックが大きかった。


 ゼルフィンが駆け寄ってきて、助けようとアレンディルの手首をつかんだ。しかし、七十を大きく超えた老体ではとうてい引き上げることはできない。


「ゼルフィン、ドアを開けてマクヴェインたちを・・・!」


「あ、は、はいっ・・・!」


 アレンディルに言われて、ゼルフィンはあわててドアへ走った。もう長い年月、走るなどしたことがなかった足はもつれて時間がかかったが、ドアが開いてからは早かった。


 だがその前に、エドリックとマクヴェインは敷居しきいのところで愕然がくぜんとした。


 王がいない・・・!


「引き上げてくれ!」


 バルコニーから叫び声が聞こえた。今まで聞いたことがないような、アレンディル陛下の声だ。


 間もなくアレンディルは、矢のように駆けつけた二人の従者に救出された。しかし膝に力が入らないせいで、立っていることはできなかった。立膝たてひざの姿勢で座り込み、息をきらせて、呆然ぼうぜんと下の一点に目をやっていた。


 かたわらでは、またうずくまったゼルフィンが、皺だらけの顔を濡らして泣きじゃくっている。 


「うう・・・も、申し訳・・・ございま・・・せん・・・ア、アレンディル様。」


 アレンディルは息を呑み込み、動揺をおさえて、ゼルフィンの肩に手を回した。

「よい。ひどい葛藤かっとうにさぞ苦しんだことだろう。」


 そのあとすぐに、広間に残っていた騎士団や宮殿の家来たちもやってきた。


 そして大変な騒ぎになった。


 下の階が、宴会が開かれている広間だったのだ。よって、悲鳴をあげて落下したムバラートを一瞬、目撃した者もいた。


 至急、湖にボートがぎ出された。


 岩場にひっかかっていたムバラートの体は、頭から上半身が湖に浸かっている状態ですぐに発見された。損傷はアレンディルが想像したほどヒドイものではなかったが、それはまぎれもなく青い顔をして頭から血を流した死体であった。


 そうして引き上げられた遺体は、宮殿の彼の寝室に安置された。






 その夜は、昼間のように人々の話し声がし、動きが絶えなかった。


 いつまでも続く衝撃の中で、様々な思いが一晩中眠ることなく胸をかけめぐり、誰もが心の整理をつけようと必死になっているようだった。エドリックもマクヴェインも、そしてアレンディルも、誰もがみな・・・。


 ベルニア国の統治者、ムバラート。本当の彼を知る者は少ない。ベルニア国には、ほとんどいないだろう。彼は、そこでは英雄だった。


 その名誉を守り、さらなる混乱を避けるために、エドリックやマクヴェインのとっさの機転によって、ムバラートは事故死ということになった。そしてアレンディルは、足をすべらせた彼を助けようとしたが、間に合わなかったと・・・。


 そうして、結局は失敗して自分が死ぬ羽目はめになったムバラートだが、たくらみを知られてからも、あと少しのところまでは上手くいっていた。唯一の誤算は、アレンディルは反射神経もよく腕っぷしが強い、ということだった。おいがどのように育ってきたかを勝手に想像していたムバラートは、その意外な理由を知らなかった。


 そして、このような事態になったことで、それからも数日間、王の一行はベルニア国にとどまることとなった。葬儀そうぎに出席し、残された者たちがやや落ち着くのを待ったのである。王都からも、王族(アベル以外の)や権力者たちが緊急で駆けつけていた。


 それからは、思いのほかすみやかに事が運んだ。


 あとのことを引き受けたえらい家臣たちは、王に頼まれた通りに後処理を上手くやり、北の信仰者しんこうしゃたちや、そのベルニア国軍の好戦的な兵士たちをも説得することに成功したのだ。


 もともとベルニア国は正式に認められた共同体ではなかった。大きな権力を欲しがったムバラートと、そのうたい文句に絶対の信頼を寄せた者たちが造り上げ、自然と成り立ってしまった宗教的組織のようなものだった。ムバラートには妻も子もいるが、彼ほどの強い印象や影響力を持ってはいなかった。誰もがただ悲しみに暮れるだけで、彼、ムバラートの理念や思想を継ごうとする者も、継がせようとする者もいなかった。


これは、ウィンダー王国の中枢ちゅうすうにいる者たちには何より幸いなことだった。


 こうして、指導者が突然死したベルニア国は呆気あっけなく滅んでベルニア州に戻り、ウィンダー王国は再び一つとなった。










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