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ムバラートの本性



 もやもやとした夜空に、月はぼんやりとかすんで見えていた。


 アレンディルは、叔父と並んで湖の方へ体を向けていたが、叔父からも手すりからも、わざと少し距離をとっていた。


 ムバラートはそれを気にする様子もなく、月よりも夜の湖を黙ってながめている。


 森の木々に囲まれた湖は静かだったが、白鳥がいて、湖面に水尾を引いたり、波紋はもんを作っていた。宮殿から漏れている灯りが、白樺しらかばの幹を浮かび上がらせている。この上品な景色だけを見ていると、進んで軍事に力を入れているような地域とは思えない。そううれいながら、アレンディルも、しばらくは隣で同じように外の眺めを観賞した。 


 アレンディルは、叔父の横顔に視線を向けた。二人だけで話がしたいと言った叔父は、一向に口を開こうとしない。


 いくらかためらったが、アレンディルは自分から話しかけることにした。核心に近い話を。叔父はここで無駄話をするつもりなどないだろう。


「ずっと以前からのことですが、南の国境警備隊より、ある情報を得ました。バラロワ王国が、ここベルニア国と同盟を結びたがっていると。」


「そうか・・・。」


「何かご存知でしたか。」


「いや。私のもとへは、それに関係するような者は誰も来ていないが。」


「そうですか。」


 案の定、嘘をつかれて会話が途切れた。


「もし・・・。」アレンディルは話しを続ける。「もしも、そのような者が現れたら・・・。」


「ここはベルニア国という名を持ち、私が統治しているが、あくまでウィンダー王国の一部。私の一存で勝手なことをすれば、私は、たちまち罪に問われることになる。そうではないか。」


「確かに・・・そうですが。」


 さきほどから、ムバラートの声は抑揚感よくようかんの全くない淡々としたものだった。視線もずっと湖の方へ向けられたままだ。


「父上は、バラロワ王国の君主と、使いを通して何度も話をしました。するとある時、かの国王は手を結びたいと言ってきた。しかし、父上はそれを承知しなかった。父上が望んでいたのは、かの国と同盟ではなく、和平を結ぶことだったからです。話し合いの度に、かの国王はおさえきれない野心をのぞかせ、全てを欲しがったと聞きました。」


「知っている。そなたよりも、よく。」


 アレンディルはさりげなくさとそうとしたのだが、そう答えた叔父は、何か別のことを考えているか、どこかうわの空という感じだった。はっきりと警告した側近の話にも耳を貸さなかったのだ。やはり何を言っても無駄だろう・・・そう思い知らされると、アレンディルは今夜のうちにも帰路につきたくなってしまった。


「そろそろ中へ・・・」


 ・・・入りませんか。そう言って背中を返そうとしたアレンディルを、ムバラートの声がとどめた。


「兄は強かった。」


 足を止めたアレンディルは、何を言いだすかと耳をかたむけた。


「戦争の無い時代を望みながらも、戦い続けて国を守った。必要とあらば私も兵を出し、兄の要請ようせいに応えて共に戦った。だが、兄とは考えが違った・・・。」そう言うと、ムバラートはやっとおいを見て、体をも向けた。「アレンディルよ、今は平和だと思うか。」


 若い王は、それにはっきりとうなずくことができず、代わりにこう答えた。

「父上が少しずつ変えてきました。今では、戦争を起こさずに解決できることも多くある。」


「そう・・・兄とその騎士たちが黙らせたからだ・・・武力で!」


 アレンディルは、たちまちゾッとなった。叔父が急に態度を変えてきた。自分のひと言が引き金となって。


「ゆえに、負かされた国々は、虎視耽々《こしたんたん》と襲撃の機会をうかがっているぞ。なぜだと思う。」


 アレンディルは、さっき自分が口にした言葉を考え、叔父の気にさわることだったと後悔したが、この話を始めたのは彼の方であり、むしろそう言わされたような気がした。意図的いとてきだったのではないか。そんな思いが頭をよぎった時、叔父の口から、恐らくずっと言いたかっただろう言葉が、ついに思いがぶちまけられた。


「現国王が、戦争を何一つ知らない若造わかぞうだからだ!」


 声も出ないほど圧倒されたまま、アレンディルは叔父の形相ぎょうそうを見つめた。


 一方、ムバラートはひと息つくと、気が済んだように落ち着きを取り戻した。それから、少し尻込みしているアレンディルに詰め寄った。


「どうだ? 私の方が、王に向いているとは思わないか。」


 その囁き声は、まるで暗示でもかけようとするかのようだ。


 と、その時 一一!


 ムバラートはアレンディルの腰から短剣を引き抜くや、シュッと刃をひらかせた。


 反射的に大きく身を引いたアレンディルだったが、くっ・・・と歯を食いしばり右腕に視線を落とす。かすり傷だ。だがそれを気にする間もなく、アレンディルはとっさに手を出して、次の襲撃を阻止しなければならなかった。


「叔父上・・・!」

「アレンディル・・・この国を寄越よこせ!」

「私が死んでも、もうあなたのものにはならない。承知のはずだ。」

「お前が不名誉な死に方をすれば、中枢ちゅうすうの者たちは混乱する。そのすきに我らは動く。」

「いったい何を・・・このような殺し方をすれば、黙ってはいない者が多くいる。」

「お前が先に襲ってきたのだろう?」

「な・・・まさか・・・。」


 気づけば、侍従のゼルフィンはうずくまったまま頭を抱え、嗚咽おえつを漏らし続けている。叔父が自分の剣を簡単に置いてきた行動に、納得なっとくがいった。そして、剣を持っていてもいいと言った、その訳に。間抜けなことに、叔父の魂胆こんたんを知っていながら、我らは彼の計算通りに動いていた。全ては叔父の思惑おもわく通りに。


思えば、暴言ぼうげんを吐かれて、自分が驚きのあまり唖然あぜんとなってしまったことも、叔父の予定にあったのではないか。それについては、無意識のうちにも反応できたのは運がよかった。


 しかしまだ、今まさに命の危機にさらされている!








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