叔父 ムバラート
ベルニア国。
そこはウィンダー王国の北の国境沿いに位置する、先代王ラトゥータスの弟ムバラートが統治している州のこと。いくつかの町を包括する行政区画を、この国では州としている。
そこへは、王都からなら、ほぼ真っ直ぐに北へ向かえばたどり着く。農地が広がる平原を横切り、渓谷を通り、滝が流れ落ちる川を渡り、丘をいくつも越えて行くが、道のりはそれほど険しいものではない。
ウィンダー王国は、おおかた豊かな緑と自然に覆われている。それは昔から大切にされてきた賜物。例え戦争で焼け焦げようとも、不断の努力で生き返らせてきたからだ。
王のお供には、近衛騎士であるエドリックとマクヴェイン、それに屈強の騎士団のほか、高齢のためいつもは置いて行かれる侍従のゼルフィンも同行した。もういつあの世からのお迎えがあるか分からないので、できるだけ王族の者たちと会っておきたいと主張し、ゼルフィン自身が珍しく一緒に行きたがったのである。
ムバラートは、各地を治める名立たる騎士たちと同じように、大きくて堅牢な城に住んでいる。だが、一行が招待されたのは、森の湖の片隅にある離宮だった。それでも、彼の城があるその都市には、立ち寄ることになった。
王が、「町の様子を見ておきたい。」と、言ったからだ。
その町をぐるりと取り囲む市壁は、凹凸状の上部(狭間胸壁)をめぐらした高くて厚い石の壁。昔からのものだが、どうもさらに手が加えられているようだ。
そして、市壁の内側に入ると、すぐに様子がおかしいことに気づく。そう思うのは、そこでは常識であることが、よそから来た者たちには普通じゃないと感じられるから。騎士団は使いで何度か訪れたことがあり、そのことを知っている。
ほかの地域同様、そこも老若男女が暮らす生活の場であるから、当然、居住区や公共施設もある。あるのだが、一番はとにかく、様々な訓練場や工場が目立って多い。そして、子供たちのための遊び場が少ない。都市は綺麗だが、王都のように彩豊かではなかった。花壇も無く、飾り気のない石畳の街路は異常にすっきりとしていて、目を楽しませてくれるものが無いのである。
至るところにいる衛兵はみな武装して、気難しい顔つきを崩さず立っている。通りで出会う子供たちの話し声や笑顔はおとなしい。奇声をあげて元気いっぱいに駆け回る腕白小僧には、まずお目にかかれない。いつどこにいても、好きなようにしゃべってはいけないんじゃないかという気持ちにさせられる。
そんな町の子供たちだが、王の一行とすれ違えば、礼儀正しく挨拶をしてくれる。王都やほかの町でも、子供たちはうやうやしく頭を下げてくれるが、輝く好奇の目で、もっと明るい表情をみせる。
エドリックに言わせれば、ベルニア国の町の様子は、はっきり言って異様だ。ウィンダー王国の権力者たちは、ここを堕落した兵士のたまり場と陰口をたたくが、実際には、好戦的な人間をつくり出している軍事施設のような国だ、とエドリックは思う。
だが唯一、一行は、広場にある市場を目にしてホッとなった。そこでは果物が色を添え、人々が話をしている。
こうして町をひと通り見て回ったアレンディルだが、冷たくて厳しい・・・という印象より、胸が締まるような寂《さみ 》しさを覚えた。灰色の曇り空の下では、余計にそう感じて気分が下がる。
若き王とその近衛騎士は、馬を歩かせながら、時々、無言で目を見合った。
一行は町をあとにした。
それから、本来の目的地へと森を進んでいる時、兵士の野営地を見かけた。そこは、森の街道から離れたずっと遠くに、木々をかすめて見えていたが、王と二人の近衛騎士には、それが妙に気になった。あそこで天幕を張っているのは、果たしてベルニア国の兵士だろうかと。
やがて、それも視界から完全に消え去り、招待を受けた宮殿には、青空が見られないまま日が暮れてきた頃になって到着した。
その湖畔の宮殿は、細い尖塔と三角屋根がいくつも空へ向かって突き出している、複雑な形をしていた。正門は多角形の二つの塔の間にあるが、宮殿自体は城壁の代わりに湖水に囲まれている。
上げられていた跳ね橋が下ろされ、門が開いた。
出迎えた家来たちに馬を預けたあと、王の一行は、宮殿に入ってすぐのホールに通された。ホールの奥にのびている二つの階段は、曲りながら二階の回廊の同じ一箇所に至っている。その下に、宮殿のさらに奥へと進める入口がある。
そこから、一人の男性がゆっくりと現れた。
背丈はアレンディルと同じほどだが、彼の方が体格がよく、がっしりしている。全体的に白くなった頭髪や目尻の深い皺に老いを感じるものの、二枚目と言える紳士的な容貌で、彼の兄に負けてはいない貫禄もある。
彼の兄・・・先代の王ラトゥータス。彼は、その弟。そして、アレンディルとアベルディンの叔父であり、ここベルニア国の統治者であるムバラートだ。
「よく来てくれた、アレンディルよ。従者の方々もようこそ。」
ムバラートは笑顔で握手を求め、妻と子が不在であることを詫びた。それは、わざとそう謀ったのだ、と、アレンディルやエドリックは考えた。ますます用心深くなった。
それに正直なところ、彼と向かい会うだけで、アレンディルには耐えがたかった。こんなふうに穏やかに接してこられるほど、余計に。
叔父と父は似ている。アレンディルには、それが悲しかった。叔父は善人とは言えず、人柄は全く違うから。しかし、父の顔はもう見ることができない。だからそのうち、叔父と父が重なって見えることもあるんじゃないか、と恐怖すら覚えた。アベルディンは、成長して王都へ戻ってきてから、この叔父とはまだ会ったことがない。本人はしらを切っているし、表沙汰にもなっていないが、叔父は弟を暗殺しようとした張本人だ ※。会わせられるはずもなく、会わせたくない・・・と、アレンディルは思っていた。そして、同時に嘆いた。
彼が父のようであれば、アベルディンに面影を見せてあげることができるのに・・・。
アレンディルは叔父の目に視線を定め、密かに鋭い眼差しで射抜きながら、落ち着いてほほ笑み返す。
「お招きいただき、ありがとうございます・・・叔父上。」
※ 前作『イルマの東へ』参照




