婚約破棄して宰相になれと言われたら
「キャロライン! 俺と婚約破棄しろ!」
王宮から呼び出されて伺うと、何と出入り口である城門で、私の婚約者である王太子フェルトン殿下が待ち構えていました。
そして兵士たちやその他出入りしている貴族たちの視線が集まる中、私に指を突きつけて、先ほどの台詞を言ったのでした。
「なぜでしょうか」
「好きな女ができたからだ!」
問えば、返ってきたのは明確すぎる返答。
さてどうしたものでしょうか。好きだ嫌いだで結婚などできないことくらい、分かっているはずですが。
「ちなみに、どなたですか?」
「サリーだ!」
「ああ、あの……」
胸がやたらと大きくて色気を振りまいている方ですね。殿下の目がそっちに向かっているのは、分かっていましたけど。
ですが、お世辞にも王太子妃が務まるほどの方とは伺ったことがありません。マナーなんかも、大目に見てギリギリ及第点かな、と言える程度。勉強もできるという話は聞いたことがありません。
「つまり、私と婚約を破棄して、彼女と婚約するということですか?」
「そうだ!」
「……本気で?」
失礼とは思いますが、そう聞き返します。殿下だって、正直出来がいいとは言えないのです。まず、国王陛下が認めるとは思いません。
が、殿下はそれを待ってたと言わんばかりに、ニヤッと笑いました。
「お前とは婚約を破棄する! 代わりに、お前を俺の宰相に任命する!」
「ヤですよ」
「今の宰相に支払っている給金の、倍を払おう!」
「やります。……って、そうじゃなくて!」
思わず反射的に返事をしてしまってから、自分にツッコミを入れます。そういう問題じゃありません。
「何をお考えですか」
「だってお前、王太子妃なんていくら頑張ったって、金もらえるわけじゃないし嫌だと言っていたじゃないか」
「い、言いましたけど」
「だったら、宰相になれば金を支払える! 俺は好みのボインボイ……好きな女の子と結婚できる!」
最後の「ン」を言わなかった程度では、言い換えたところで何の意味もないと思うのですが……じゃなくてっ!
「あのですね、倍って相当ですよ! どこからその金が出てくるんですか! 湧いて出てくるわけじゃないですからね!?」
「心配するな! 俺は全部お前に押し付ける気満々だから! 俺たちに使う金の一部を、お前の給金に回す! それで問題解決だ!」
「なるほどそれならっ! じゃなくって! 心配しますよ! どこが問題解決ですか!!」
叫び返します。ちょっと口が滑ったのは、気にしません。なんか周囲から「いっそそれもありじゃないか」という声が聞こえる気がしますが、良いわけないのです。
とりあえず、こんな大勢の人に聞かれている場で、これ以上話すことではありません。
「国王陛下の元へ行って、話をしますよ」
「任せた。俺はサリーのところに」
「あんたが行かないでどうするの!」
「大丈夫だ。父上も、お前が良ければそれでいいと言っていたから。じゃあな」
「アホかーっ!」
色んな思いを込めての私の叫びを、しかし殿下は笑顔で手を振って颯爽と出かけていきました。護衛の兵士もついていきます……が、前よりもその人数が減っていることに気付きました。
「キャロライン様、国王陛下がお呼びでございます」
「……ええ、分かったわ」
タイミング良く現れた侍従に、私は力なく頷きます。
全部陛下もご存じの筋書きなのでしょう。
ということは、私の高給取りも確定で……じゃないっ! 殿下たちが遊んでいる中、私一人働かなきゃならないってことじゃないですか!
……って、私についてくる護衛の兵士、妙に多くないですか?
*****
「そうは言ってもな、宰相だろうと王太子妃だろうと、お主のやることは変わらんぞ。むろん、王太子妃の方が権限は強いだろうが、周囲を黙らせることくらい、お主には容易だろう?」
国王陛下の言葉に、全くもってその通りと、私は頷いたのでした。
結婚して王太子妃になったとしても、結局私がほとんどの仕事をする羽目になるのは分かりきっていることです。だったら、目指せ高給取り……! って、だからそうじゃないんですってば!
「陛下はそれでよろしいんでしょうか?」
「あまり良くはないのだろうが、女の胸と尻にしか興味のないあの息子に、多くを求めても仕方あるまい。お主がどうしてもフェルトンと結婚したいというなら、その希望は叶えるつもりでいるが」
「結構です。お断りします」
即答します。豊満な胸を見てニヤニヤしたあと、私のそれを見て、大げさだと言いたくなるくらい長いため息をつく奴と、結婚したいはずありません。
「キャロライン、相談なんだが。フェルトンとの婚約破棄は認める。代わりに、オスカーと婚約する気はないか?」
「お断りします」
「即答か……」
何やら陛下が落ち込んでいます。
ちなみに先ほどから私の態度は無礼極まりないのですが、陛下ご自身から許可頂いているので、遠慮は致しません。
その時、扉がコンコンとノックされました。顔を出したのは、兵士です。
「国王陛下、オスカー殿下がいらっしゃいました」
「うむ、入れ」
まさかの当の本人の登場に、私はポカンとします。陛下はニヤッと笑いました。
「とりあえず、顔だけでも合わせろ」
「…………」
こんの腹黒、と叫びたいのは、さすがに我慢したのでした。
*****
フェルトン殿下の弟君であり第二王子でもあるオスカー殿下は、私の存在に気付きつつもサラッと無視して、陛下に頭を下げています。
「父上、お呼びと伺い参りました」
「うむ。オスカー、キャロラインと婚約しろ」
「嫌です」
オスカー殿下にとっては突然落とされた爆弾でしょうに、何一つ動揺することなく、即答しました。兄であるフェルトン殿下よりもオスカー殿下の方が優秀だと、聞いたことはあるのですが、詳しくは知りません。あまり情報がないのです。
陛下は大きくため息をついています。
「なんだかんだと、息は合いそうなんだがな」
拒否の返事を即答したくらいで、息が合うと評価されるのは心外です。
「大体、なぜ婚約なんですか? 一応、兄上の婚約者じゃないですか」
「フェルトンが婚約破棄をして、それを認めることにした」
「なるほど。でも僕には関係ありません」
「……はぁ」
またも陛下のため息です。あまりため息をつくと、幸せが逃げるといいますよ? 言えば、誰のせいだと言われそうなので、言いませんけど。
「でもよく認めましたね? 兄上、仕事できないでしょ? ああ、僕はやりませんからね」
「わざわざ言わんでいい。代わりにキャロラインが宰相になり、通常の倍の給金を支払う話になっている。王太子用の費用を、一部給金に回してな」
「へぇ。それは兄上の発案?」
「言い出したのは儂だが、あいつがあっさりそれでいいと言い放った」
ああ、なるほど。発案自体は陛下でしたか。王太子殿下がよくそこまで考えたと思ったのですが、違ったのですね。
きっと、陛下は王太子殿下が拒否すると思ったのでしょう。でもあっさり頷かれてしまったと、そういうことですか。
「倍の給金ねぇ……」
オスカー殿下が呆れたようにつぶやいて、そして初めてその視線が私に向けられました。
「で、了承したわけ?」
「倍ですよ倍。王太子妃やるより、お得すぎる仕事じゃないですか」
開き直ります。正確に言えば、まだ了承したくない気持ちも強いんですけど、お金をもらえない王太子妃よりは、ずっと魅力のある話です。
「そんなにお金欲しいわけ? 君んちだって侯爵家じゃないか。お金あるだろ?」
「家のお金じゃ、駄目なんです」
「……ん?」
不思議そうなオスカー殿下に、身を乗り出しました。
「聞きます? 聞きたいですか?」
「……なんか聞かなくていい気がしてきたから、いいや」
「そんなに聞きたいのですね! ではお話ししましょう!」
「僕の言ったこと、聞いてた?」
「もちろんです! あれは五年ほど前、私が十三のときでした」
私はあの衝撃の出来事を語り始めます。ちなみに、なぜかこれを言ったら家族にはドン引きされて、他の人には言うなと言われましたけど、私は話したくてたまらないのです。
オスカー殿下が「だからね?」とか言ってますけど、先に聞いてきたのは殿下です。
「家が寄付している孤児院に、初めて私も一緒に行きました。そこにいた男の子たちに言われたんです。『こうしゃくさま、おじょうさま、ありがとうございます』って。まだ幼い舌足らずの子もいました。ちょっと大きくなって、精一杯大人ぶっている子もいました。でもどの子もとっても可愛くて、こんな天使がこの世にいたのかと思ったんです」
「……………」
殿下はなぜか妙に真顔になっています。でも何も言わないので、遠慮なく続きを話すことにいたします。
「でもですね、必ずあの子たち言うんですよ。『こうしゃくさま』って。母と行けば『おくさま』。私一人で行っても、『こうしゃくさまにおつたえください』。私一人だけに、あの天使の笑顔が向けられたことがないのです」
「…………………」
殿下はやはり真顔で無言。まあ私からしたらありがたいですけど。
「しょうがないです。だって家のお金で寄付しているのですから。ですから! あの天使たちの笑顔が私一人に向けられるためには! 私が、私自身で稼いだお金で! 寄付をするしかないのです!」
話を締めくくりました。そしてその時には「お嬢様」じゃなくて名前で呼んでもらうつもりです。「お姉様」というのでもいいでしょうか。
……ああ。それを想像しただけで、ウットリしてきます。
「信じられないことを言うな、君は」
――が、低い声で私の思いを全否定してきた殿下が、目の前にいました。
「何が信じられないというのですか」
「小さい男の子どもなんて、ただの生意気なガキだろう。それが天使? 君は間違っている」
「――なっ!」
まさか、あの天使たちを、生意気なガキ呼ばわりですか!? それこそ信じられないというものです。
ですが、私が言い返す言葉を探すうちに、殿下の顔がウットリしたものになりました。
「僕はあの子たちが忘れられない。二パッと笑って『おうじしゃま、ありがとう』と言った、小さな女の子たちが。真の天使はあの女の子たちであって、生意気なガキのことじゃない!」
きっぱり言い切られて、ムカッときました。間違っているのはそちらだということを、何として証明しなければなりません。
「それこそ何を仰ってるんですか。小さな女の子なんて、ませているだけの思い上がった小娘ですよ! それが天使? 殿下、頭おかしいんですか?」
「そっくりそのまま、その言葉を返そう。頭がおかしいのは君だ。あの図々しい小僧どもが天使だと? あり得ないな」
バチバチと、私と殿下の視線がぶつかり合います。
相手が王族? そんなこと関係ありません。これは決して負けてはならない戦なのですから。
「あーやはりな。お前たち、気が合うよ」
「「あいません!」」
何やら疲れた風で、ポツリとつぶやいた陛下の声が聞こえて、私と殿下の声が見事にハモったのでした。
*****
それからというもの、私はオスカー殿下と不承不承婚約することになりました。
殿下も私も、結婚しないわけにはいかないだろう、という陛下の言葉に、逆らえなかったからです。
色々譲れない点はありますが、とりあえず孤児院への寄付はそれぞれ必ず個人で行うことだけは、絶対の約束として取り付けられたので、それで良しとしましょう。
ああ……。
今からあの天使たちの笑顔が、楽しみです。
副題『ショタコンVSロリコン 勝つのはどっちだ』
(追記 その後)
フェルトン国王の下で、子どもに向けた施策が大幅に拡大された。なかなか孤児を減らすことは難しかったが、その待遇が大きく改善され、どの子どもに対しても大きく門戸が開かれ、それにより一層国力が増すことに繋がっていく。
それらの施策は、第二王子と宰相の夫妻によって成されたとされる。よく夫妻が孤児院に訪れて子供たちと交流している姿を、皆が温かく見守っていたと伝えられている……。