【コミカライズ決定】言い忘れてましたが、私は王女です
「マリア。すまないが婚約の話はなかったことに……」
校舎内の裏庭で気まずそうに視線を逸らすのは、婚約者であるルブルス様。伯爵家次期当主として名高い彼ですが、今しがたの発言には気高さの欠片もなかった。
ルブルス様の隣には、年下とみられるご令嬢が大満足な顔で彼と腕を組んでいる。
「どうして、でしょうか?」
一応聞きます。
「今更気づいたんだが……俺は、黒髪の女性より金髪美女の方が好きだ!」
確かに、ご令嬢は縦巻きロールの金髪美女。対して私は、艶感だけが取り柄の黒髪に黒い瞳。母と同じ髪色でとても気に入ってはいたのだが、人の感性はそれぞれなのもまた事実。
「わかりました……」
あまり現実味がないまま了承し、私たちは背中を向け合ってその場を立ち去った。
…………
……
……
「あはははははっ!!」
「ちょっと! 笑いごとじゃありませんよ、レオ!!」
「だって、だって……結婚申し込みから一日で破棄だなんて!」
次の日の昼下がり。中庭の木陰でティータイムを楽しむ私の隣で、ヒーヒーと腹を抱えて笑っている男がいる。
銀髪にグレーの瞳と、黙ってさえいれば美丈夫であるはずなのに、このゲラのせいでいつだって台無しだ。
「いくら事実だからって、笑い過ぎよ!」
「簡単に人を信用するからそうなるんですよ」
レオが目尻の涙を拭いながら飛ばしてきた正論に、口を尖らせた。
そう、私は二日前にルブルス様に婚約を申し込まれた。そして昨日破棄された。
婚約破棄最速チャレンジでもしているのかと疑うほどである。
「まったく……姫様はいつだって男を見る目がない」
笑い終えたと同時の言葉に、私は頬を膨らませた。
「レオ。学校内では姫と呼ばない約束のはずよ」
「そうでした、ついうっかり」
レオの言葉通り……私は姫である。
アイルズ王国第一王女、マリア・ルーシェ。レオは私の幼馴染でもあり、幼少期から執事を務める男でもあり、護衛役でもあった。
この学園の学生で私の身分を知る者は、レオ以外いない。
城で暮らしていれば勉学には一切困らないけれど、私は昔からどうしても学園生活というものに憧れがあった。同学年の子らと共に過ごし、語り合い、笑い合う。
王女として生まれては得られない物の数々は、私を魅了した。
だから、滅茶苦茶お父様に頼み込んだ。
国民には顔が割れているので、王女が学校に通うとなると大騒ぎになる。そこで、友好国であった隣国にお忍びで一年限定で通えることになったのだ。
長年の夢は叶い、友人にも恵まれ、かけがえのない日々になったことは間違いない。
「にしても。マリア様の警戒心のなさは才能ですね」
「うっ……」
「前回はなんでしたっけ? ああ、誰もが女好きだと分かっている騎士団長に一生懸命ラブレターを……」
「言わないでぇ!!」
顔を真っ赤にしてレオの言葉を遮る。
「十四歳のときの話じゃない!」
「十四歳だって、もう少しまともに男性を選びます」
私は男を見る目がないらしい。
十四歳のとき、イケメン騎士団長に惚れてラブレターを渡しに行ったら、女性を両脇に抱えてデレデレしている騎士団長を目撃してしまった。
十歳のとき、私を綺麗だと褒める仕立て屋が好きで贔屓にしていたら、私室から何度も下着が盗まれた。
七歳のとき、大道芸を披露する男性がかっこよくて求婚したら、実は敵国のスパイで誘拐されかけた。
「まったく……俺が見ていなかったらどうなってたことやら。今回だって、もう少し慎重に判断するべきだと言ったはずです」
「そうね……レオの言う通りだわ」
幼いころ、レオは私に嫌々仕えているものだと思っていた。
私が好意を寄せる人物をいつだって警戒心丸出しの顔で見るし、私の想いに一度だって同意してくれない。きっと私のことが嫌いで、私が好きな人のことも嫌いなんだわ。なんてベッドで泣いたことだってある。
でも年頃になってようやく、レオの言葉が正しいと思いはじめた。
「でもご安心ください。きっと国王陛下がマリア様に相応しい男性を見繕われるはずですから」
「そう、かしら……」
「ええ。聞いたところによると、この国の王子と歳が近いそうですね。今回国王陛下が入学を許可したのも、そういった狙いがあったのかもしれません」
「でも、でも……」
確かにお父様からは、卒業式の日には一緒にこの国の王室に訪れようと誘われていたわ。
私はグッと手を握って、空に向かって叫ぶ。
「私だって、ラブラブ甘々で劇的な恋がしたいわああああ!!」
本で読んだみたいな、運命の恋! 結ばれるはずのない二人が困難を乗り越えて掴む愛の物語! 離れた国同士の者の、甘く切ない恋模様! ああ、でも悲恋もいいかも! 叶わぬ恋を前に、二人で塔から身を投げて……!
「馬鹿、ですか?」
「あうぅ……」
レオははあ、とため息を吐く。そして、私の飲み終わったティーカップを回収しながら立ち上がった。
「ともかく。今回の件は国王陛下には黙っておきますから」
「あ、レオ、実は……」
「マリア様はもうすぐご卒業です。その日まで、大人しい女子学生生活に勤めてください」
レオは私の語り掛けをスルーして、スタスタとその場を立ち去っていく。
私のそばを離れた途端、レオの周りには何人もの女子生徒が集まってきていた。
(レオって、モテるわよねぇ……)
私を馬鹿だと言い放った男だとは思えない好青年な笑顔で、女子生徒らと会話を交わす姿を眺める。
彼は仕事もできるし、剣の腕前も私の護衛を一人で勤められるくらいに高い。学校に来てからも誰かとトラブルを起こしたことはないし、男女問わず友人に囲まれている。
(……レオって、どんな女性を選ぶのかしら)
人にいうくらいだから、それはもう自信があるのだろう。
レオは背が高いから、相手も背が高い人が好み? それとも、女性らしく胸が大きい人? 可憐で儚い系が案外似合うのかもしれない。地味よりドレス映えする髪色の女性の方が……。
(レオもいつか誰かと結婚するのよね)
そこまで考えて、私はあれ? っと自分の胸に手を当てた。
「胸が痛いわ……下着のサイズが合わなくなったのかしら?」
普段は世話を焼いてくれる侍女も、異国にいる今はすぐには呼べないし。他の下着でもダメなようなら、仕立て屋を呼べないかレオに相談しましょう。
◆
「ダメ、です!」
「どうしてよ!」
婚約破棄のことなんかすっかり忘れた夏の終わり。
私は廊下でレオと喧嘩をしていた。
「お友達はみんな参加するわ! 私だって行きたい!」
「ぜ~~ったいにダメです!」
「そんな! 卒業式といえば、プロムなのに!」
季節はもうすぐ秋。つまり、卒業式目前。
卒業式の夜に行われるダンスパーティーは、毎年学生が楽しみにする一大イベントだ。
本で読んで知っていたし、その文化があるこの国が羨ましいと思うくらいに私だって楽しみにしていた。
なのに、レオからの許可が下りない。
「ご自身の身分をお考えください! 万が一にでも危険があったり、不要なトラブルがあったらどうするんですか!」
「考え過ぎよ!」
「大体、誰と参加するっていうんですか! 誰からも誘われていないのに!」
レオの言葉がグサっと頭に刺さる。
そう。レオは大事にはしなかったけれど、学生間で「どうやらあの子は婚約破棄されたらしい」という噂がほんのり流れていた。
伯爵家次期当主であるルブルス様に婚約破棄されたと知ったら、私を誘おうなんて男性はいなくなってしまった。
「相手がいないと参加しちゃいけないルールなんてないと聞いたわ!」
「恥をかくだけですよ」
「私だって、一曲いかがですか、お嬢様……って言われてみたいわ!」
私の言葉の何がツボに入ったのか分からないが、レオは口元を手で覆い隠し、プッと噴き出す。しかし、この場はゲラゲラ笑うわけにはいかないと思ったのか、咳ばらいをして真面目な顔に戻った。
「とにかく、ダメなものはダメです」
「レオだけ参加するなんてズルイわ!」
「俺にはマリア様の子守りがありますから、俺だって参加しませんよ」
子守り。その言葉が胸に突き刺さり、私の怒りは悲しみに変わった。
「どうしていつも私を信用してくれないの……」
そりゃあ、私は危なっかしいのかもしれない。それでも……もう子供じゃないのに。
私はじわっと滲んだ視界を隠すように俯く。
それに気づいたレオが焦った声をあげた。
「違っ、姫様、俺は……!」
「もういいわ……どうせ、レオの判断がいつも正しいんだから、従うわ」
私はレオの言葉を聞かないまま、その場を立ち去った。
それから数日後。無事に卒業式を終えた日の夜、私は静かな宿舎をこっそりと抜け出していた。
「遠くから見るだけよ……」
参加できないのなら、せめて気分だけでも。と、早足で会場へと向かう。暗闇の中、会場の僅かに開いた扉からは、笑い声や音楽が零れていた。
覗き込めば、楽し気に踊っている同級生らがいる。
「羨ましいわ……」
時間帯的にはもう終わりかけのようで、人数自体はまばらだ。もしかしたら恋人同士、夜道の散歩でも楽しんでいるのかもしれない。
今日が最後の学生生活。一つの後悔もないくらいに楽しんだはずなのに……なぜか悲しさのほうが強かった。
帰ろう、と振り返りかけたとき
「きゃっ!」
真後ろから手が突然伸びてくる。瞬間的に上がった危機感。
(怖いっ!)
ギュッと目を閉じる。
「……一人で何してるんですか」
恐る恐る目を開ければ、そこにはレオがいた。
「レオ……どうして……」
「抜け出すだろうな、って思って見張ってたんですよ。こんな入り口で立ち止まっていては危ないです。入るなら入るでハッキリしてください」
「で、でも……」
一人で入っては恥をかくだけだと言ったのは、レオのほう。
あれだけダメだと言ったのに入れというのは、私に失望して呆れたから?
俯きかけた私に、レオはため息と共に手を差し出した。
「……俺が一緒に入りますから」
「え?」
「その……」
レオは滅多に見せない恥ずかしそうな顔をしながら、頬を掻く。泳ぐ視線と共に、いつもよりずっと小声な言葉が紡がれた。
「い、一曲いかがですか……お嬢様」
恥ずかしい、消えてしまいたい、と物語るレオの表情を見て、私は思わず笑ってしまった。
「あははっ、慣れないことを言うからよ」
「あ、貴女が言ってもらいたいと言ったんでしょう!」
私は笑いを堪えながら、レオの手を取る。
レオの温もりが安心感に繋がり、気づけば心を満たしていた悲しみは吹き飛んでいた。
レオと共に会場内に入る。
終盤になっての参加ということで、私たちの存在は一気に興味を引いた。
「れ、レオ様!? 参加されないとお誘いをお断りされていたはずなのに!」
「またあの女が隣にいるわ」
「何者なの? 身分を名乗られたことがないから、大した女じゃないと思っていたのに」
「弱みでも握られているのかしら?」
ひそひそ話に気を取られそうになったが、レオが私の腰を引く。
「楽しむことだけに集中しましょう」
「……そうね」
音楽に集中していれば、次第に周囲の声も気にならなくなった。
ただただ、楽しい。
レオも楽しいかしら? でも、私のダンスの相手なんて、練習でいくらでもしたことあるから、きっと何も思ってないかもしれないわね。
なんて考えながら顔を上げると、レオはどこか辛そうな表情をしていた。
「レオ?」
「……泣かせるつもりなんかじゃなかった」
「え?」
レオの手に少しだけ力が籠る。
「ずっと、マリア様の身を案じて生きてきました。いつだって幸福に、笑って過ごしてほしいです」
「レオが守ってくれているおかげで、私はいつも幸せよ。私こそ、我儘ばかりでごめんなさい」
喧嘩なんて、いままで何度もしたことあるのに。今更そんな申し訳なさそうにしなくていいのに。
(そうだわ……結局私が泣いてしまうから、レオが折れるのよね)
幼少期の思い出が懐かしい。
「我儘なのは、俺のほうです」
レオは少し迷った表情を見せた後、口を開く。
「いつかマリア様を守る人は、俺ではなくなります。きっと良き伴侶が貴女の未来を保証するでしょう」
「それは……」
「俺は、それが嫌だった」
いつかはそうなるのかもしれないわね。なんて呑気に思っていた私は、レオの言葉で思考が止まる。
「失敗ばかりで、危なっかしくて、好奇心が強いのに現実的とは言えない考え方ばかり。すぐに泣く癖に、寝れば忘れてる神経の図太さ……男を見る目がないし……」
「ちょっと。悪口になっているわよ」
そんな女が伴侶になる男性のほうが可哀想だって言いたいわけ?
と頬を膨らませる。しかし、そんな私をレオはまっすぐに見つめた。
「俺を選べばいいのに、っていつも思っていました」
「へ?」
「俺だったら、貴女の危険にすぐに気づける。守ってあげられる。我儘も聞けるし、喧嘩にも付き合える。悲しいことが起きた日も、明日はその倍一緒に笑い合える自信があります」
だから、とレオは続ける。
「俺が姫様に選ばれる身分だったら、どれだけよかったでしょう。姫様の未来を保証できる自信があるのに、俺にはその資格がない」
私は王女。レオは従者。
何度も頭の中でレオの言葉が巡り、ようやく理解したとき、私の顔は真っ赤に染まっていた。
「レオ、貴方……私が好きだったの!?!?」
「声が大きいですよ!! そして、なんで気づかないんですか、馬鹿!!」
「馬鹿とは何よ、馬鹿とは!」
せっかくの雰囲気が台無しである。
私たちは少し見つめ合って、同時に噴き出した。
「ダメですね。似合わないことをすると」
「今のはレオが先に笑ったのよ。ほんと、すぐ笑うんだから」
「姫様のせいでしょう」
でも、私の精一杯の照れ隠しだ。
「……どうして、今日まで言ってくれなかったの」
「言おうとしましたよ。聞かずに不貞腐れて泣いて立ち去ったのは貴女のほうでしょう」
喧嘩した日に本当は言おうとしてた? と首を傾げる私に、レオは一度目を泳がせ、「いや」と訂正した。
「……本当は一生言うつもりはありませんでした。でも、泣いている貴女を見て、後悔したくないと思ったんです」
私のそばには、いつもレオがいた。レオがいればいいという安心感が常にあった。
王女として気を張るときも、そうじゃないときも。レオはいつだって、私のそばで変わらず笑ってくれる。
(……見る目がないって、今度はお父様に叱られるかしら)
レオの気持ちに応えよう、と思ったそのとき。
会場の入り口が一気にざわついた。
咄嗟に目を向ければ、入り口には数人の従者を連れた一人の男性が立っている。
周囲の学生は、最初は不審者だと思ったようだが、次第にまた一人、また一人と男性の正体に気づいていく。
「嘘、あのお方って……」
「あの紋章……王族の……どうして学校に!?」
「そういえばご訪問予定があると新聞に……」
そんな学生らの声に構わず、私は思わず声を上げた。
「お父様!?!?」
私の声で、学生の目が一気に私の方を向く。
「「「お父様!? ってことは、マリアさんは王女!?!?」」」
学生らの声が揃う。そう、目の前にいるのは紛れもなく私の父。そして、彼らにとっては隣国の国王だ。
「……学校内では身分を隠す約束だったのでは」
レオの呆れた声に、「あっ」と口を手で覆うが、時すでに遅し。
私が王女であることが完全にバレてしまった。
私とレオは急いで父の元に向かう。
前に立つと同時にレオが頭を下げた。
「申し訳ございません、国王陛下。夜には城へと到着する約束でしたが、長引いてしまっていて」
「良い良い。どうせマリアの我儘に付き合っておったのだろう」
「いえ、俺の我儘といいますか……」
父は「ほう、珍しいこともあるもんだ」と目を丸くする。
「お、お父様! 学校まで来られては恥ずかしいですわ!」
そんな過保護にしないで頂戴、と文句を言いかけた私に、父は一通の手紙を取り出した。
「お前がこの手紙を寄越したから来たんだ」
「あ……」
「あ?」
ヤバい、という私の表情を見て、レオが首を傾げる。そんなレオに、私はぎこちない笑みを作りながら、口を開いた。
「えっと、ね、レオ……実は、婚約を申し込まれたってお父様にお手紙を……おほほ……」
「はあああ!?!?」
破棄された、とは言ってない。というか、すっかり忘れていた。
「なぜ俺に報告しないんですか!」
「言おうとしたわよ! 最後まで聞かずに立ち去ったのは、レオじゃない!」
わあわあと兄弟のように喧嘩する私たちを見て、父はごほんと咳払いをする。
「マリアには明日、この国の王子に縁談を持ち掛けようと思っていた。しかし、すでに相手がいるのであれば別だ。どの男性だ? 紹介しなさい、マリア」
父の言葉に、レオが私に耳打ちをする。
「破棄されたと知ったら……国王陛下、号泣しますよ。俺以上に姫様を溺愛されていますから。宥め役の王妃殿下もおられない今、クソ面倒ですよ」
「分かっているわよ……」
むしろ、一石二鳥なのでは?
とひらめいた私は、レオの手を取る。
「実は、おとう……」
「僕です!」
レオよ。と言おうとしたとき、背後から誰かが名乗りを上げた。
ルブルス様だった。
「お初お目にかかります、国王陛下。僕がマリア様に婚約を申し込み、受け入れていただいた者です」
レオの顔が一気に歪み「こいつ、斬るか?」と言わんばかりの殺気が立つ。
ルブルス様の婚約者である女性も「は?」という顔をしていた。
「マリア様のご身分を知らなかったので、失礼は多々あったかと思いますが、僕は彼女の人柄に惚れ……」
「何よ! ブロンドヘアーの私のほうが美しいって言ったじゃない!」
「お、お前とは遊びに決まってるだろう!」
ルブルス様と女性は痴話喧嘩を始めてしまった。しかし、父が咳払いをしたので、二人とも「ひっ」と背筋を伸ばした。
「……我が国では、黒髪は聖母の象徴として敬われる髪色である」
「え、ええ……もちろん存じ上げておりますとも」
「馬鹿にするなど、たとえ友好国であっても断じて許しがたい」
「は、はい……」
「……私が明日、友に「あの者はどこの家の者か」と聞かねばならぬ事態になる前に、覚悟がないならばいますぐ立ち去るが良い」
ルブルス様は婚約者にも構わず、真っ先に逃げ出してしまった。
ようやく邪魔者が去ったところで、父は改めて私を見る。
「さて、マリア。答えを聞こうか。私はお前の口から聞く言葉のみしか信じぬ」
私はグッと拳に力を籠め、覚悟を決めて父を真っすぐに見つめ返した。
「……レオが私の婚約者になります」
「姫様! 俺は貴女に……!」
「似合う似合わない、権利があるなしじゃないわ!」
私だって、レオがいつか誰かのものになるのが嫌。
気づくのが遅すぎた。今更だって思われても構わない。
……私は、レオが好き。
「マリア。お前が選ぼうとする道は、険しいと分かっていても、同じ言葉が言えると申すか?」
王女と従者。簡単には認められないなんて、私にだってわかる話。
だとしても、私の意思は変わらなかった。
「はい。私はレオと共に歩んでもなお、王族の名に恥じぬ人生を歩むと誓います」
父はレオを見る。レオもまた、私の手をギュッと握り返した。
「マリアに訪れる困難の、すべての正面に俺が立ちます。何があっても守り抜くと誓います」
父は私とレオを交互に見たのち……ブワっと涙を浮かべた。
「よかったのううう! わしはてっきり、どこぞの馬の骨とも分からぬ男の手に娘が渡るのかと!!」
「国王陛下! 我慢なさってください! 威厳が! 威厳が!」
従者が慌てて父の相手をする。
「王妃と二人で、お似合いじゃのうって昔から期待しておったんじゃ! でも許嫁にすると、マリアの自由意思が奪われると思ってのう! そもそも、王女の従者を務める男に家柄がないわけがなかろう!!」
え? っとレオを見る。レオは、きまずそ~に、私から目を逸らした。
「レオ?」
「……まあ、俺の実家は……辺境伯家……父は王宮騎士団の総騎士長も兼任しています」
「じゃあ、昔……」
「姫様がラブレターを渡そうとしたのは……俺の、兄上……だから、余計にむかついた……」
私はわなわなと震え、ひと際大きな声を上げる。
「どうして言ってくれなかったのよう!!」
「聞かなかったのは姫様のほうでしょう! それに、辺境伯の末息子が王女を娶るだなんて恐れ多くて仕方がない!」
「私の悩みはなんだったのようううう!!」
二人でギャーギャー言い合って、顔を見合わせて結局笑い合う。
「……改めて、マリア様」
「様は付けないで……せっかくならキュンキュンしたいわ」
また私の我儘に、レオは照れくさそうに頬を掻く。
そして、私を思いっきり抱え上げた。
「愛してる、マリア。俺の婚約者になってほしい」
「……はい!」
私の頬に流れる暖かな涙に、レオはそっと口づけをした。
幸せは、気づかぬうちにそばにある。
恋に恋しているうちは気づかないのかもしれない。
でもいつか、誰かを愛したいと考えたとき、きっと真っ先に目に浮かぶ人がいる。
手が暖かい人がいいわ。
一緒に笑ってくれる人がいいわ。
泣き虫を許してくれる人がいいわ。
馬鹿だなって言いながら、守ってくれる人がいいわ。
我儘ですって?
だって、女の子だもの。
一生に一度の愛を、キュンキュンして過ごしたいじゃない。
女の子ならば憧れる、夢見る、もしくは記憶のどこかにある「そうそう、これこれ、テッパンだよねwでも好きなのよ~」って思ってもらえるようなお話を書きました!
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また、新作公開中です。
婚約破棄ですって?私は溺愛されて忙しいので問題ありません
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