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今宵、一期一会の晩餐を  作者: 白鷺雪華
7/15

ぼた餅

生命目覚める弥生の月

ここ食堂「菜食兼美」でもぽかぽか陽気な

ゆったりとした雰囲気が流れている。


開店からしばらくした朝焼けの時刻、

馴染みのお客様が来店された。



「いらっしゃいませ~。お好きなお席へどうぞ」

2人のお客様は入口からほど近いテーブルに座る。


「あたし、鮭定食」

「私は野菜炒め定食をお願いします」

「はい! 

 キムチか沢庵お付けできますがいかがですか?」

「あたし沢庵」

「私はキムチでお願いします」

「かしこまりました! 少々お待ちください」

私は調理場へ戻り調理を開始する。


「お待たせしました。鮭定食と野菜炒め定食です」

私はお客様の前に料理が乗ったお盆を置く。

「わぁ、美味しそう!」

「ありがとうございます」

「いただきます」

「いただきます」

揃って食前の礼を告げて食べ始める。


「すみませーん」

「はーい! ただいま!」

私はすぐに他のお客様のもとに向かう。



「ふは〜〜〜 お味噌汁が染み渡るね~。

 後でおかわりしよっと」

「確かに体が温まるわね」

「うん いいね~~」

ここで話題が変わる。

「それにしても、久しぶりに一緒に飲んだけど、

 相変わらずよく飲むわね」

「ワインボトル3本空いたわよ」

「ワインボトルって言ってもスーパーで

 500円もしないやつだしね」

「それに、飲むのは翌日休みの時だけだし」

一旦言葉を切って再び口を開く。

「そう言うあんたもロング缶5本に、

 ワインボトル1本空けたじゃん」

「しかも全部、期間限定フレーバーだし」

笑いながら答える。

「ふふっ その時にしか出会えないなら、

 逃さずに味わい尽くしてあげなきゃ」

「一期一会ってやつ?」

「そう あなたとの出会いもね」

「あら、嬉しいこと言ってくれるね」

ここで話題が少し変わる。

「それにあなたの常備菜も美味しかったわよ」

「あのレタスと茗荷のやつ?」

「ええ、さっぱりしてお酒も進むわ」

「次は別の組み合わせにしよっかな~」

「その時は私も1品作って持っていくわ」

「一期一会だね」

お互いに笑い合う。


そんな会話を聞きながら私は、

「飲んだ翌日のお味噌汁は最高ですよね」と同意する。


そして決意を新たにする。

そう、お客様も食材も料理も一期一会。

次に繋がるおもてなしをしなくちゃね。



そして、

今日最後のお客様をおもてなしすることとなる。



閉店後、入口に1人のお客様が立っていた。

赤い着物を身に着けた小柄な女性だ。

背中まで届く長い艷やかな黒髪に、

人形のように整った顔立ちをされている。


「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」

私はすぐにお客様をお出迎えする。


今日は春分(しゅんぶん)の日

祝日に定められており、二十四節気の一つでもある。


二十四節気は太陽の動きをもとに

1年を24分割した暦で、

その時候ごとにふさわしい名前がつけられている。

春分は二十四節気において一年のはじまりの季節で、

皇室の行事春季皇霊祭しゅんきこうりょうさいという祭日が

名前の由来であるといわれている。


太陽が黄道上の「春分点」を通過した日を

「春分日」と呼び、その日から春分がはじまるが、

この「春分日」を現在の「春分の日」と定めている。


春分日は昼と夜の長さが全く同じになり、

この日を境に昼がだんだん長くなっていき、

夜が短くなる季節の節目となる日。

冬が終わりを告げ春の訪れが感じられるこの日を、

昔から人々は自然に感謝し

春を祝福する日として祝っていた。



春の訪れはいつの時代も待ち遠しいものね……

思いながらも私は本日最後の料理をお出しする。


「お待たせしました。ぼた餅です」

私はテーブルにぼた餅と味噌汁、沢庵を並べる。

お客様はお味噌汁を一口飲み、息をつかれる。

「温かい……ふぅ……」

「こちらは…小豆ときな粉でしょうか……」

あんこのぼた餅を一口大に切って口に運ぶ。

今日のぼた餅はこし餡ときな粉の2種類である。

「甘い……中にはもち米が……」

「お祝いの席で頂くご馳走ですね…美味です…」

お客様はぼた餅を気に入られたようで私も嬉しくなる。



お彼岸のお供え物として春分の日には

ぼた餅を食べる習慣がある。

小豆には邪気を払うという意味があるので、

ご先祖様へのお供え物として定着したとされている。


ぼた餅という名は牡丹にちなんでいるそう。


春は冬を越して固く乾燥した小豆を

こしあんにしていたそうなので、

ぼた餅はこし餡という説もあるようだ。



「お客様、今日は春分の日と言われる日です」

「春分の日……とはなんでしょうか……?」

「厳しい冬が終わりを告げて

 暖かな春の訪れをお祝いする日とされています」

私は簡単に説明する。

「春の……訪れ……

 私があの人に出会った日も桜が舞っていましたね……」

「あの日から幾年幾月……共に過ごしましたね……」

お客様は懐かしむように目を閉じる。

私はそれ以上なにも言わずにその場を離れる。


「今は昔の物語……」

小さな口から微かに吐息が漏れる。



食事を終えるとお客様は

深くお辞儀をして消えていった。

テーブルには一枚の桜の花びらが置かれていた。


私は桜の花びらを掌に添えて、

「今年も出逢いに感謝します」と思うと同時に呟く。


_____またのお越しを、お待ちしております_____

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