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今宵、一期一会の晩餐を  作者: 白鷺雪華
2/15

筍ご飯とぶり大根

生命芽吹く新緑の季節

ここ食堂「菜食備美」では旬の夏野菜を

ふんだんに使ったメニューを提供している。


もともと、野菜や発酵食品を

メインに提供しており、

それが功を奏してか、

女性客の間で話題となり、

働く女性やママ友たちに

多くご来店していただいている。


朝や昼間はガッツリと重いメニューではなく、

野菜炒めやもやし炒め、

サラダ定食などが人気である。

夜になるとお酒を

提供していることもあってか、

男性客が多くいらっしゃるようになり、

味噌野菜炒めや豚キムチなど

お酒やご飯が進むメニューを

ご注文いただくことが多い。


ちなみに食堂であるがゆえ、

ご飯と味噌汁はセルフでおかわり自由である。


あと、定食をご注文いただいたお客様には、

ご要望があればキムチかたくあんを

小皿でお付けしている。

箸休めやお口直しによいと

評判なのは素直に嬉しい。



「ごちそうさまでした〜」

「ありがとうございました」

「またお待ちしております。

 足元にお気をつけて、お帰りください」

閉店間際、ほろ酔いのお客様がご帰宅された。

私は「ふぅ」と息をつき、

閉店の準備を進める。


そして……本日最後のお客様が

いらっしゃることとなる……



閉店後……

入口に一人のお客様が立っていた。

背が高く、定規でも入れているのかと

思うほど背筋が伸びている。

服装はピシッとした着物で

予想だが江戸時代の武士なのだろうか。

「いらっしゃいませ。

 お好きなお席にどうぞ」

お客様は行進のような足取りで

カウンターへ座られる。

椅子に座っていても姿勢が崩れないため、

よほど良い教育を受けたのだろう…

と考えつつ本日最後の料理をお出しする。



「おまたせしました。筍ご飯とぶり大根です」

私は筍ご飯とぶり大根、

たくわんをテーブルに並べる。

「では、馳走になろう」

お客様は両手を顔の前で合わせた後、

「いただきます」と口にされる。

箸を手にして出汁が沁みた大根を

一口大に切り分けて口に運んだ。

「うむ、出汁が染み込んでいて、

 噛むたびに旨味が溢れ出てくる」

目を閉じて口を綻ばせながら

うんうんとうなずく。

「お気に召されたようで嬉しいです」

私は素直な感想を口にする。


今宵は5月5日

端午の節句と呼ばれる五節句の一つである。


端午の節句は約2300年前の

中国がルーツであり、

日本に定着したのは江戸時代に

入ってからだと言われている。

政治の実権が天皇や貴族から、

武士に移り変わっていく時代である。


そんな中で、「尚武の節句」と呼ばれる

「男の子の成長を祈願する行事」が、

やがて「端午の節句」として定着していった。

五月人形やこいのぼりを飾り、

男の子がたくましく育つよう

お祝いする行事である。


ちなみに日本では5月5日を

「こどもの日」に定めているが、

「端午の節句」が男の子の

成長を祝う行事であるのに対し、

「こどもの日」は男女の区別なく

お祝いする日である。



端午の節句では

柏餅やちまきを食べるのが一般的で、

うちでもお土産として限定販売している。


しかし、縁起がよいという

日本の考えが浸透しているだけで

厳密に決められているわけではない。


例えば、柏餅には子孫繁栄、

ちまきには邪気払い、

草餅には厄災を払う

願いが込められているという。



本日のお客様は武士のようなので、

出世魚であるぶりを

ぶり大根としてお出ししている。

「お客様、生前は武士の

 ご身分だったのですか?」

間違っていたらアレなので訪ねてみる。

「うむ、代々武士の家系で、

 幼い頃より武芸や学問に励んだ」

「そうなのですね。

 こちらのぶりは出世魚と

 呼ばれておりまして、

 成長の段階で名前が変わっていくのです」

「ほぅ、元服の儀のようなものか」

お客様はぶりを一口大にほぐして口に運ぶ。

「ふふ、しっかりした旨味と風味、

 強い歯ごたえで口を楽しませてくれる」

「そして、大根との相性も良い」

「出会うべくして出会ったのだな、

 私と五月のように……」

五月とはこの方の奥様のようだが、

邪魔をしないように黙っておく。

お客様は筍ご飯を口にする。

「筍の歯ごたえもよい。

 筍だけではなく豆や野菜も

 ふんだんに使われている」

「混ぜ物の米は馴染みがないが、

 これもまたいいものだな」

「この月は筍が旬を迎えますから

 最も美味しく栄養を蓄える季節です」

「筍の今年最大の輝きですね」

「ふふ、そうか……」

「では、存分に味あわせてもらおう」

お客様は笑みを浮かべて目を閉じる。


ぶりは出世魚で古くから

縁起がよいとして親しまれている。

出世魚とは、成長する段階で

名前が変化する魚の名称であり、

ぶりは、ワカシ、イナダ、ワラサと

成長に合わせて呼び名が異なっていく。


出世魚は、「出世」や「活躍」を祈願する

縁起物とされているため、

お祝い事でよく食べられている。



お客様はぶりも綺麗に骨を取りながら、

一口大に切って召し上がっていく。

ときおり、筍ご飯をはさみながら

目を閉じて味わっていく。


筍は5月が旬の食材であり、

大きく真っすぐに成長するため、

「こどもの成長を祈願する」と

縁起が良いとされ、

お祝いの料理に取り入れらている。


うちでも若竹煮などをメニューに加えている。

また、ご要望があれば

白米を筍ご飯に変更している。

祝日ということもあり、

多くのご注文をいただいた。

もちろん炊き込みご飯は

旬によって食材を変更している。


「馳走になった」

「そろそろ行くとしよう」

食事を終えたお客様は顔の前で手を合わせて、

「ごちそうさま」と口にされる。

「お客様、ぶりには切り身、あら、かまなど

 様々な部位があり美味しさが異なります」

「次回ご来店された際は希少部位である

 ぶりかまを召し上がっていただきたいです」

「ほぅ、そうなのか」

「では、そのぶりかまとやら、

 その時までの楽しみにしておこう」

お客様は深々とお辞儀をすると消えていった。


テーブルには米粒一つ残っていない食器と

折り紙で折られた鯉のぼりが置かれていた。


滝を登り切った鯉は龍となる……

私は外に出て、

夜空に鯉のぼりを掲げながら呟いた。


_____またのお越しを、お待ちしております_____

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