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今宵、一期一会の晩餐を  作者: 白鷺雪華


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16/16

水無月

季節は睦月

暑くもなく寒くもない過ごしやすい月。


ここ食堂「菜食兼備」でも

豆や緑野菜など旬を迎えた自然の恵みたちが

料理を彩ってくれている。

心地よい陽気で気分も上がり、

料理を作る手も弾んでいる。


今はランチタイムも

そろそろ終わろうかと言う時間帯。

セミロングで長身の女性の

お客様がご来店された。

「いらっしゃいませ!

 お好きなお席にどうぞ」

「はい、ではこちらにします」

そう言ってお客様はテーブル席に座られる。

そしてお荷物を向かいの椅子に置かれ、

「ふぅ…」と一息つかれる。

私はお盆にお水を乗せて、

お客様に提供してご注文をお伺いする。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「八宝菜定食をお願いします」

「はい!」

「キムチか沢庵をお付けできますが、

 いかがでしょうか?」

「では、沢庵でお願いします」

「はい!

 少々お待ちください」

注文を受けた私はすぐに厨房に戻り、

調理を開始する。


八宝菜は、豚肉や海老、イカなどの魚介類、

白菜やタケノコなどの野菜にうずらの卵など

たっぷりの具材を炒めて片栗粉で

とろみをつけた餡でまとめた、

中華料理(広東料理)の一つである。

「八」は「8種類」ではなく

「たくさん」「数多く」という意味で、

「宝」は貴重な食材を指しており、

たくさんの貴重な食材を使った

料理という意味合いである。

中国語の「八」は「多い」ことを表すため、

「山の幸や海の幸など様々な具材を

 ふんだんに使った豪華な炒め煮」を指し、

具材の種類に決まりはない。


菜食兼備では豚肉や白菜、うずらの卵など

定番の食材を使用してどの年代のお客様にも

受け入れられるように仕上げている。

八宝菜を皿に盛り付けてご飯とお味噌汁、

季節の小鉢と沢庵を添えれば、

八宝菜定食の完成である。

私は足取り軽くお客様に提供する。

「お待たせしました!

 八宝菜定食です」

「うゎあ! 美味しそう!

 ありがとうございます」

「熱いうちが華ですからね」

「ごゆっくりどうぞ」

美味しそうが「美味しい」に進化して、

笑顔になっていただける想いを込めて、

一言添えて厨房に戻る。


あたしは両手を合わせて合掌した後、

「いただきます」と食前の

感謝の言葉を紡ぎ、箸を手にする。

お味噌汁の蓋を空けて、

香りを感じながら「ふぅ…ふぅ」と

少し冷まして口に含む。

赤味噌の濃い旨味と山椒のピリッとした

辛味が刺激的で思わず「はぁ…」と

息を漏らす。

「あぁぁ いいわね」

「赤味噌の濃さに山椒が加わると

 後からスッキリした感じがするわね」

「それにお決まりとも言えるわかめもね」

具材であるわかめを食べた後に

お味噌汁を口に含んで飲み込む。

「ふふ 喉とお腹が熱くなって

 いい気持ちになるわね」

お味噌汁で整えたあたしはメインである

八宝菜に狙いを定める。

「まずはお野菜から…」

そう言って白菜を口に運ぶ。

白菜の淡白な甘みとトロッとした餡の

熱と旨味が口の中に広がる。

餡が絡んだ白菜は「シャキッ」とした

歯ごたえを失っておらず、

噛むたびに心地よい刺激を与えてくれる。

もう一口白菜や人参とともに口に運び、

飲み込んだあたしは「うんうん」と頷く。

「熱々トロトロで

 お野菜もたっぷり食べられる」

「具材の種類や数には決まりはないけど、

 白菜や人参は食感や彩りもよくなるわね」

そして主役ともなる豚肉を口に運ぶ。

強い肉の旨味と甘みが噛み締めるほどに

襲ってきて、あたしは自然と笑顔になる。

「ふふ お肉ってやっぱり暴力的ね」

「ごま油の香りに餡が絡んで

 思わずご飯に手が伸びちゃうわ」

「けど、それはまだなの」

「後のお楽しみね」

この後計画しているあることを

思い浮かべながらお味噌汁を口に含む。

白菜と豚肉を一緒に食べながら、

個人的な考えに思いを馳せる。

「八宝菜って自分で作ろうとすると

 結構難しいのよね」

「お野菜やお肉を焼いたり

 炒めたりまではいいのだけれど…」

「片栗粉でとろみをつける…」

「これがなかなか上手くいかない」

「水溶き片栗粉はちょっと

 置いておくとすぐに固くなるし」

実家で作った時の事を思い出し、

う〜んとなる。

「海老は剥いてあるのが売られているし、

 うずらの卵は調理済みのがあるから

 手間が省けていいのよね」

「レトルトもあるから一度使って

 作ってみようかしら」

「それで上手く作れたら

 だんだんと自分のやり方に変えていく」

「そうね…最初から全部やるのではなくて、

 レトルトやお惣菜を活用していきましょう」

自分の中で納得できたあたしは

沢庵で口の中をさっぱりと整える。

そして手をつけずにおいたご飯に

豚肉や白菜、うずらの卵を乗せていく。

餡をご飯に絡ませれば即席の

中華丼の出来上がりである。

「八宝菜単体でまず味わってから、

 ご飯に乗せて丼にしていただく」

最後まで食を味わい尽くすために

自然と当たり前にしていることである。

「さて、改めていただきます」

豚肉でご飯を包むようにして掴み、

そのまま口に運ぶ。

豚肉の旨味に餡が絡んだご飯が加わり、

八宝菜単体にはない美味が広がっていく。

ただご飯の上に乗せただけで

全く別の一品になるのだから、

料理というものには底がない。

餡が絡んだご飯は箸では食べにくいため、

レンゲに持ち替えて具材とご飯を

一緒にすくい上げて口に運ぶ。

海老の「プリッ」とした食感や、

うずらの卵の黄身の濃い旨味と

白身の淡白さの味の違いを楽しんだり、

餡の絡んだご飯だけを食べたりして、

あたしは余すことなく堪能して

満足気にレンゲを置いた。

「ふぅ… ごちそうさまでした」

手を合わせて食後のお礼を告げる。

しばらく目を閉じて余韻を味わう。

「八宝菜…お野菜もお肉も

 一緒に食べられるしご飯にもあう」

「海鮮や卵もあるから栄養バランスもいい」

「とろみがあるからご飯にのせて丼にすれば

 野菜が苦手な人でも少しは

 食べてくれるんじゃないかしら」

「そうして少しずつ慣れていけば

 好き嫌いも減って新しい味に出会えるかも」

そう言うあたしも乳製品や

牡蠣などが嫌いであったが、

レストランの厨房で働いて

作って試食していくうちにだんだんと

食べられるようになった。

こればかりは個人の意思の問題なので

他の人がごちゃごちゃ言うことではないが。

「それでも食を好きになって

 楽しめる人が増えるといいわね」

「一人での食事やお酒も

 自分で無理って思い込まないで、

 やってみればいいのよ」

「殻に閉じこもっているのは

 安全かもしれないけれど、

 経験も知恵もなにも得られない」

「待ってるだけでは何も与えられない」

「頭を使って見聞きして考えて

 自分の血肉にしていかなきゃね」

「自分で考えて動いて進んだ人だけが

 前に新しい先に進める」

「まぁ、それが自然なことよね」

あたしはお茶を飲み干すと席を立った。

「ごちそうさまでした」

「美味しかったです。

 家でも作ってみますね」

「はい!

 ありがとうございます」

「お気をつけてお帰りください」

笑顔で見送られてお腹が温かく、

幸福な気持ちで歩き出した。


私は下げ物を洗いながらふと考えた。

中華丼は中華料理店の

まかないから生まれたとか、

客が八宝菜をご飯にかけたのが

始まりといろんな説がある。

カツ丼や天丼など丼ご飯に違う料理を

のせて食べる丼料理は外国の料理を

自分達の口に合うように改良するのが得意な

この国で自然と生まれたのかもしれない。

卵かけご飯もそうだが、

人の数だけオリジナルの丼があるのは

米を主食とする人々の生活の知恵であり、

これから先も生まれ続けるだろう。

私も今出している料理を更に

美味しくしていかなくちゃね。

片付けを終えて新たにご注文された料理を

美味しく作って食べていただけるように

「よし」と自分を振るい立たせた。


そして…今夜最後のお客様がご来店される…



入り口に一人のお客様が立っていた。

足まで届こうかという長い金髪に

碧色の瞳を持つ制服を纏った少女である。

私は笑顔でお迎えする。

「いらっしゃいませ!

 お好きなお席にどうぞ」

「どこでもいいのか?」

「はい! もちろんです」

お客様は少し不安そうな表情で

カウンターのお席に座られる。


本日は夏至。

1年で最も昼が長く、夜が短い日を指す。

この日は太陽が最も高い位置に昇るため、

北半球では夏の訪れを感じる時期となる。

夏至を過ぎると、少しずつ日が短くなり、

本格的な暑さを迎える準備期間とも言える。


白磁器のような白い肌に

外に慣れていないような表情から、

訳ありなのかもしれないと思いながら

本日最後の料理をご提供する。

「お待たせいたしました。

 水無月です」

私はカウンターに水無月を乗せた皿と

緑茶のポットとグラスを置く。

お客様の碧色の瞳に興味の色が宿る。

「これは…お菓子なのか?」

「はい」

「水無月と言いまして、

 ういろうという蒸し菓子に

 煮た小豆を乗せた和菓子です」

「ふむ…綺麗だな」

お客様はフォークで端を切り分けて

水無月を口に運ばれる。

口に入れた瞬間に目が見開かれる。

「甘い! だが知らない甘さだ!」

「もちもちとしてつぶつぶしている」

「チョコのような強い甘さではなく、

 なにか優しさを感じるような甘さだ」

「気に入ったぞ!」

お気に召されたようで私も嬉しくなる。

「喜んでいただけてなによりです」

「水無月はこちらでは無病息災を願い、

 暑気払いの意味も込めて食べられています」

「昔、氷が高級品で手に入らなかったので

 氷に似せて三角形に切り分けたとも」

「ふむ…夏を乗り切るための知恵か…」

「はい、氷のかけらや氷の角を表現していて

 小豆は邪気払いや悪魔祓いという

 意味が込められています」

「悪魔祓い…」

「未知なるものを恐れるのは

 いつの時代も変わらないか…」

お客様の言葉に影がさした。

「そうですね…」

「この国でも外国の方との

 争いが絶えませんでした」

「国を想う人達が国が乗っ取られると恐れ、

 国を守ると言う大義名分のもとに

 数え切れない命が失われました」

「……」

お客様は黙って聞いている。

「しかし今は外国の方への受け入れもあり、

 この国から外国に移動する方も

 多くおられます」

「迫害や弾圧の時代を経験したからこそ、

 同じ間違いを繰り返さないために

 学んでいこうとしているのです」

「そうか……」

「変わろうとしているのだな…」

お客様が微かに微笑む。

「お客様、本日は夏至と呼ばれる日です」

「夏至?」

「はい」

「1年で最も昼の時間が長く、

 夜が最も短くなる日です」

「日が長くなることが極まるという

 意味がありまして、

 本格的な夏の始まりとされます」

「夏の始まりか…」

「喜ぶ者もいれば、

 憂鬱になる者もいるだろう」

「そうですね」

「だからこそ水無月など涼を呼ぶ食べ物で

 来たるべき夏を出迎えてきたのでしょう」

「暑さや寒さ、怪我や病気で

 体を壊して命を失わないように」

「ふ…そうだな…」

「こうして外に出られて、

 美味しいお菓子を食べられるのは

 幸せなことだからな…」


お茶を飲み終えたお客様は

席から立ち上がった。

「ごちそうさま」

「甘くて美味であったぞ」

「ありがとうございます」

「実は水無月には他に抹茶や黒糖など

 いろいろな種類があるのですよ」

お客様の目が光る。

「ほぉ…」

「次回は別の種類の水無月を

 ご用意しておきますね」

「うむ、楽しみだ」

「約束だぞ」

「はい、約束しました」

お客様は笑顔を浮かべて消えていった。

カウンターには空になった食器と

一つの小袋が置かれていた。

小袋の中にはぎっしりと小豆が詰まっていた。

次回ご来店された時はこの小豆で

水無月を作ってご提供しよう。

ういろうは抹茶がいいかしら…

私は小袋を掌に乗せて

約束を果たせる日を

心待ちにしながら呟いた…


-----またのお越しをお待ちしております-----

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