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今宵、一期一会の晩餐を  作者: 白鷺雪華


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13/16

新茶と三種のおにぎり

新緑の生命芽吹く五月の月


ここ食堂「菜食兼美」では、

この季節に旬を迎える色鮮やかな野菜たちが

主役となり料理に華を添える。


定番のメニューも野菜を一つ変えるだけで、

全く違う顔を見せてくれるので

どの季節も新しい発見と発想が生まれてくる。


そしてまたお一人のお客様が、

夏の日差しとともにご来店された。


「いらっしゃいませ!

 お好きなお席へどうぞ!」

ショートカットが爽やかで涼し気な

初めての女性のお客様である。

「ご注文はお決まりですか?」

「ゴーヤーチャンプルー定食でお願いします」

「はい!

 キムチかたくあんお付けできますがいかがですか?」

「ではキムチでお願いします」

「かしこまりました!

 少々お待ち下さい」

私はご注文を受けると厨房へと戻る。


ゴーヤーチャンプルーは

夏のこの時期にしか登場しないメニューだが、

ゴーヤーに人参卵に豆腐、鰹節に豚肉と

夏バテや疲労回復に効果が高いので

多くのご注文を頂いている。

ゴーヤーの苦みが苦手(もしくは嫌い)

という人もいるがゴーヤーは苦みがあってこそ

価値があると私は思う。

これまでゴーヤーチャンプルーをご注文された

お客様で苦いから無理と残されたことはない。


まぁ、嫌いなものをお店で注文することもないか……

と私は心の中で笑って調理を続ける。


「お待たせしました!

 ゴーヤーチャンプルー定食です」

「ご飯とお味噌汁はおかわり自由ですので、

 ぜひご利用ください」

「はい、ありがとうございます」

「それではごゆっくりどうぞ」

そう言って私は厨房へと戻る。


「さて、それではいただきます」

あたしは手をあわせて呟くと

お味噌汁を手に取り一口口にする。

「ふぅぅ〜〜」

一回頷くと吐息を漏らす。

「夏でもやっぱり暖まるねー」

「ネギにワカメに油揚げ……

 みじん切りのネギの食感と辛味がいいわ〜」

「それに油揚げとの相性もいいしね」

あたしはゴーヤーをつまんで口に運ぶ。

「うんうん!」

「やっぱりこの苦みがゴーヤーの醍醐味だよね~」

「苦いから嫌いなんて言う人もいるけど、

 苦くなかったらゴーヤーの意味がないじゃん」

「そもそもあたし、苦くないゴーヤーなんて

 食べたことないし、いらないしね」

これは自分の好みの問題だな……と微笑む。

「豚肉は疲労回復にいいし、ゴーヤーには

 ビタミンCが豊富で夏バテに効果的」

「それに豚肉はアリシンが含まれる、

 ネギや玉ねぎと摂るとさらに効果アップ」

「ゴーヤーチャンプルーにはネギも玉ねぎもないけど

 お味噌汁にネギがあるしバランスも良し」

「一皿で全て補うんじゃなくて、

 主菜、副菜、汁物とあわせて考える」

「これが日本古来から続く食のあり方だよね」

自分の考えに納得がいって一つ頷く。

食べながらもふと思いつく。

「そういえば、家でもメインとスープで

 食材分けて作ってるな」

「サバがメインなら、ネギはサバと一緒に焼いて

 相性のいい玉ねぎはスープにしたり……」

「キムチなら海苔と一緒にしたり……」

「それならこれからも勉強して良くしていこう!」

ゴーヤーと鰹節を一緒にして食べる。

「ゴーヤーでの料理っていうとチャンプルーが

 真っ先に浮かぶけどそれだけじゃないよね」

「例えば……油揚げや厚揚げとあわせたり……

 お! いいんじゃない?」

あたしは早速手帳を取り出すとアイディアをメモする。

日頃からアイディアが浮かぶとすぐに

記録できるように常に手帳を持ち歩いている。

スマホにもメモアプリをインストールしているが、

食事中にスマホを操作するのは失礼だし、

なにより食事ときちんと向き合っておらず、

味わいもできずに何も考えず貪っているだけだ。

「ゴーヤーと油揚げを鰹節で炒めて、

 溶き卵を回し入れて蒸し焼き……

 うん! 日曜日に作ろう!」

手帳を閉じるとしばらく目を閉じて考えをまとめる。

「今作ってある常備菜はあと2日くらいで

 食べ終えるだろうからそのあとかな」

そしてあたしはご飯にキムチをのせていただく。

ゴーヤーチャンプルーなどの主菜を食べ終えた後に

お味噌汁、漬物でご飯を味わって楽しむのが、

あたしの食事スタイルである。

主菜と米を交互に食べる三角食べと違って、

最後にご飯を食べることで

血糖値の上昇も抑えられるという。

最初に野菜から食べることも忘れずに。

「まぁ、そんな理屈は置いといて、

 主菜、副菜はそれで味わってご飯はご飯で味わう」

「あたしがそうしたいからそうしてるだけで、

 他人がどうかは関係ないしどうでもいい」

「大事なのはあたしがどうしたいかってこと」

「それにこのお店はおかわり自由だからね」

キムチの漬け汁が絡んだご飯の美味しさを

味わいながら、あたしはあたしの食事を

最後まで味わっていく。



「ごちそうさまでした」

「とても美味しかったし、

 新しい発見も生まれました」

「また堪能させてもらいます」

あたしは正直にお礼を言って頭を下げる。

「はい!

 ありがとうございました」

「ご満足いただけたようでなによりです。

 またのお越しをお待ちしております」

私はお礼を言って頭を下げる。


あたしは鼻歌をさえずりながら

心地よい気分で帰り道を歩いた。

「う〜ん!

 ご飯も美味しいし雰囲気もいいし、

 また行きたくなるね~」

後に常連となることをこの時のあたしはまだ知らない。


「ふふっ」

初めてのお客様が満足されたことに

私は自然と笑みを浮かべた。

新規のお客様も飛び入りのお客様も、

常連様も全員に満足を与えてあげなきゃね!

私は決意を新たにしてエプロンの紐を締め直す。


そして……

今夜最後のお客様がご来店される……



閉店後の店内

入口に一人のお客様が立っていた。

小柄で華奢な10代と思われる女性のお客様である。


「いらっしゃいませ!

 お好きなお席へどうぞ!」

お客様は少し辺りを見回してテーブル席へ座られる。


本日は八十八夜。

暦で季節の移り変わりの目安とする雑節のひとつで、

立春から数えて八十八日目にあたる日のこととされ、

種まきなど農作業を始める目安となる日である。


また「米」の字を分けると「八十八」になることや、

末広がりの八が重なることから、

縁起のいい「農の吉日」ともされている。


「八十八夜の別れ霜」という言葉があり、

このあとは霜の心配がなく、

農家では茶摘みや苗代づくりに精を出す。


私も食に関わる一人として大事な日になるからね……

そう思いながら、本日最後の料理を提供する。

「お待たせしました!

 新茶と三種のおにぎりです」

私はテーブルにおにぎりとお味噌汁、

急須と湯呑みを並べる。

お客様は少し笑みを浮かべて手を合わせられる。

「ありがとうございます。いただきます」

食前の感謝を述べられると美しい所作で、

急須から湯呑みへ新茶を注がれる。

「あぁ……とてもいい香りですね」

「これは間違いなく、年の最初に生育した

 新芽を摘み採って作られた新茶ですね」

「お分かりになられるなんて素晴らしいですね」

私は正直な感想を伝える。

「いえ、家がお茶と関わっていたものですから……」

「幼い頃よりお茶に関する

 あらゆることを叩き込まれました」

「辛くなかったですか?」

「それは……最初は嫌な気持ちもありましたが、

 次第に新しい経験や知らないことを覚えるのが

 楽しくなってきました」

そう言ってお客様は新茶を一口飲まれる。

「こちらはお米を握ったものですね」

「外へお勤めの時は母が持たせてくれました」

「はい、こちらから梅干し、塩昆布、

 ネギ味噌を加えてご提供させていただきました」

「そうなのですね。

 では梅干しからいただきますね」

お客様は白く小さな両手で

おにぎりを支えて口へと運ぶ。

「お塩が効いたお米に梅干しの酸味が

 よくあいますね。海苔の塩気もよいです」

「ふふっ

 いい塩梅とはこういうことを言うのでしょうか」

「そうかもしれませんね」

私とお客様は互いに笑い合う。

「お客様、本日は八十八夜と言って、

 茶摘みや農作業を始める

 目安となる日とされています」

「まぁ、そうなのですか!

 それは大事な日に来られました」

「では、こちらのお茶もお米も

 こちらの時代の方々が

 収穫してくれたものなのですね」

「ありがとうございます。

 感謝いたします」

お客様は目を閉じるとお礼をする。

「私の時代とは環境も方法も違うのでしょうが、

 美味しく育ってほしいという気持ちは

 変わらないものなのですね」

「そうですね。

 時代が変われど大切なものは変わりませんね」

「良きことです」

しばらくの沈黙の後、お味噌汁を手にして口へと運ぶ。

「はぁ……やはりお味噌汁は落ち着きますね」

「それにこの出汁は海藻ですか?」

「はい、今回は昆布だしを使わせていただきました」

「具材はわかめとお豆腐。

 海の幸をふんだんに取り入れています」

「海に囲まれたこの国では古来より魚や海藻が

 私達の食を支えてくれていますからね」

「ふふっ、そうですね」

「肉食禁止令で獣のお肉は禁止されましたが、

 お魚は禁止されませんでしたね」

「まぁ、発令されてもお肉は食べられてましたけど」

「勉強になります」

そしてお互いに笑い合う。

「今回は獣のお肉は使わずに海藻を使いました」

「はい、新茶にもとてもあいますね」

「時期的に新米とはいかないですが」

「いえ、お味噌汁との相性もよく、

 私にはもったいないほどです」

「そういえば、八十八夜……

 茶摘みを主題にした歌もあるんです」

「そうなのですか?

 ぜひお聴きしたいです」

「では、僭越ながら私が」

私は「茶摘」の歌詞を諳んじた。


夏も近づく八十八夜

野にも山にも若葉が茂る

あれに見えるは茶摘ぢやないか

あかねだすきにすげの笠


日和つづきの今日此の頃を、

心のどかに摘みつつ歌ふ

摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ

摘まにや日本の茶にならぬ


私は諳んじ終わると頭を下げる。

「素晴らしいです。

 自身で経験してきたこととはいえど、

 情景が浮かんできます」

「ありがとうございます。

 本職様の前でお恥ずかしいです」

「とんでもないです。

 私などまだまだ……」

お互いに笑い合って謙遜する。



「ふぅ……ごちそうさまでございました。

 とても美味しくいただきました」

「はい!

 ありがとうございます」

食事を終えるとお客様が立ち上がる。

「とても素晴らしい日に来られました。

 いずれ、私の淹れたお茶を飲んでいただきたいです」

「はい!

 その時はよろしくお願いします」

「では、私はここで失礼します」

お客様は深くお辞儀をすると消えていった。

テーブルには空になった食器と、

小さな袋が置かれていた。

袋の中には茶葉が入っており香りが上る。


私が向こうへ行ったら、

あのお客様にお茶を淹れていただこうかな……

また一つ楽しみができたなと微笑んで呟く。


_____またのお越しを、お待ちしております_____

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