夏野菜のカレーライス
季節は皐月
植物が太陽の光を受けて青々と茂り、
寒さが出番を譲り、暖かさが主役となる季節。
ここ食堂「菜食兼美」でも、
色鮮やかな夏野菜達が料理に華を添えてくれる。
時刻は15時を過ぎている。
ランチタイムも終わり、比較的ゆったりした時間帯。
店内では数人のお客様がゆったりと
思い思いの時間を過ごしていらっしゃる。
そんな中、とあるテーブル席では……
「いやぁぁ〜〜 朝に観た映画は刺さったね~!」
「全員が息をあわせて揃えて、
全国大会金賞という目標に向かって進んでいく」
「もちろん、そこに行き着くまでには
人間関係の問題や練習のトラブルもある」
「それらを糧にして乗り越えたからこそ、
全員一丸となって最高のパフォーマンスが
できるわけだけどね!」
そこまで一息で心の中で言うと水を一口飲んで、
注文した茄子味噌炒めを口にする。
「まぁ、目標決めて練習して優勝しただけじゃ、
製作者も鑑賞者も面白くないからね」
「目標達成までの過程で一人一人の問題や、
障害を描いて乗り越えていく場面も
見せ場の一つだからね~」
あたしはここまでの自分の考えにうんうんと頷く。
「感情の爆発やぶつかり合い、
それがないとお互い理解しあえないし深みも出ない」
「迷惑でしかないけど、部活や部署が同じだからって、
初めから関わる必要がないゴミクズもいるけどね」
「気がないどころか関わると自分がダメになる。
誰からも相手にされず、認められず信用されない」
「当然、信頼なんて未来永劫存在しない」
「他人からの評価と肩書と
他人の不幸だけが生きがいで人生全ての
存在価値がないマスゴミと同じ底辺の寄生虫」
「あ〜〜やだやだ。芸能人の誰々が離婚したから、
不倫したから何?で?だからなんなの?」
「あたしには関係ないし、
全くもってどうでもいいしくだらない!」
少し嫌な気分になったので、味噌汁を飲んで
「迷惑」からの部分を記憶から消去する。
「今回の映画もそうなんだけど、
年末年始のウィーンフィルやアニメ、小説とかで
今年は音楽の年にしよっかな♪」
「まぁ、あたしは楽器したことないし、
聴く専門なんだけどね(笑)」
「カラオケなら一人でのみ行くんだけど、
コロナ禍で何年も行ってないな……」
「アプリ使えば家でも歌えるからいいんだけどね」
箸を置いて手をあわせる。
「ごちそうさまでした」
「帰ったら読まずに取っておいた小説読もっかな」
「あの小説は映画館を舞台にしてるからね」
「で、次の短編小説には
映画や音楽を取り入れてみよう」
「やりたい事いっぱいで楽しいな!」
フフッと微笑んであたしは席を立った。
「ありがとうございました!
またのお越しをお待ちしております」
お客様をお見送りして私はお辞儀をする。
料理店は料理で勝負する。
それは当たり前のことだが、
お客様に笑顔で楽しく過ごしていただく。
お帰りのときまで笑顔でいただくために、
最後まで礼を尽くす。
___実るほど頭を垂れる稲穂かな___
この言葉を座右の銘にしている私には
当たり前の行動で疑問を持ったことなどない。
さて、これから夜になるとお酒や
一品料理のご注文が多くなる。
どんなお客様がどんなご注文をされるのかな……
それを思うと自然と笑みが浮かんだ……
閉店後……
入口に一人のお客様が立っていた。
長い栗色の髪にタレ目が優しい印象を与える、
10代と見受けられる女性のお客様。
「いらっしゃいませ!
お好きなお席へどうぞ!」
お客様は軽く頷いてテーブル席に座られた。
本日は5月1日
五月祭と呼ばれるヨーロッパのお祭りの日である。
古代ローマの祭に由来する祭。
5月1日に豊穣の女神マイアを祭り供物が捧げられた。
夏の豊穣を予祝する祭りと考えられている。
現在では、ヨーロッパ各地で、
キリスト教伝来以前にさかのぼる起源をもつ、
春の訪れを祝う日として定着している。
とある野菜を手にして、
これも何かの縁かな……と思いながら
本日最後の料理をお出しする。
「お待たせしました!
夏野菜のカレーライスです」
私はテーブルにカレーライスとサラダ、
スープを並べる。
「いい香りね……」
「お腹が空いてきちゃう」
お客様はまずスープを一口飲まれる。
「はぁ〜優しい味ね。
野菜にきのこに……これは何かしら?」
スプーンで白い何かをすくい上げる。
「そちらは豆腐と言いまして、
大豆という豆を加工した食品です」
「へぇ〜 これが豆なの……?」
「味はあまりしないけど噛むとスープがあふれる」
微笑みながら味わっていく。
「そして、これね」
お客様は狙いをカレーライスに定める。
「香りだけでお腹が空いてくるわ」
「それに野菜がたくさんで辛味も感じるわ」
ライスとルーを同時にすくい上げて口へ運ぶ。
「やはり少し辛いけどそれだけじゃないわ。
いろんな野菜やスパイスが絡み合って複雑ね」
「食べるとまた食べたくなるわね」
「お客様、そちらはカレーライスと言いまして、
インドからイギリスに伝わって
イギリスが独自に生み出した料理なのです」
「そこからイギリスがカレー粉を発明して、
世界中に広まりました」
「へぇ! うちの国が作った料理なのね!」
「だとしたら残念だわ……」
「私の時代にできていればたくさん食べられたのに……」
お客様は少し悔しい表情を浮かべながらも、
サラダを挟みながらカレーライスを味わっていく。
「本日は五月祭と呼ばれる、
豊穣を祝うお祭りの日とされています」
「そちらのカレーライスにもそれにちなんだ
食材が入れてありますよ」
「そうなの? どれかしら?」
目がお皿の上で泳ぐ。
「メークイン……ポテトですね」
「こちらではじゃがいもと呼ばれています」
「ポテトが? どんな関係があるのかしら?」
「生育・繁殖の季節を迎える季節の祭りですから、
乙女たちや男女の結婚は象徴的なもの」
「それが五月女王に
繋がっていったとされています」
「そうなのね……普段当たり前に食べてた
ポテトにもちゃんと歴史があるのね」
「そりゃそうよね! どんなものにも
きちんと生まれた歴史があるものよ!」
「一つ一つ、一人一人違うものね」
「野菜もスパイスも人間も生き物なんだから、
同じものが生まれることはないものね」
「なのに、髪の色、肌の色、言葉が違うだけで、
差別や偏見、戦争が生まれる」
「こんなに美味しい料理が生み出せるんだったら、
戦争なんかして遊んでる暇なんてないのに……」
お客様は少し唇を尖らせたがすぐに笑顔になる。
「そういえば、このカレーライスの辛味とかは、
さっき言ってたカレー粉ってものなのかしら?」
「ご家庭で作られる場合はカレー粉が
使われることもございますが、
うちではスパイスの調合から行っております」
お客様が目を輝かせる。
「ですので、毎回同じではなく、
日によって辛味や風味が変わります」
「野菜やスパイス、人間に同じものがないように、
料理も日々美味しく進化しているのです」
パチパチパチ……
「素晴らしいわ!」
「イギリスでもそうなのかしら?」
「はい、もちろん」
「世界中で今このときも世の中を良くしようと
活動が行われています」
お客様は何度か大きく頷くと、
目を閉じると少し考え込む。
「料理が進化してるってことは、
他の技術も進歩してるってことよね?」
「いつか争いもなくなるといいな!」
食事を終えるとお客様は立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
「サラダもスープもカレーライスも、
野菜たくさんでとっても美味しかった!」
「ありがとう!」
お客様は深くお辞儀をすると消えていった。
テーブルには空になった食器と、
サンザシの花が一輪置かれていた。
イギリスでは五月祭に野山で摘んだ
サンザシを飾るとされている。
世界中の人々が争うことなく、
笑顔で食を味わい楽しめる世にするため、
まずは「菜食兼美」に来ていただいたお客様を
料理でおもてなしして笑顔になっていただく。
私はサンザシの花を掌に乗せると呟いた……
_____またのお越しをお待ちしております_____




