半熟卵とトマトスープ
季節は春
動植物たちが長い冬から目覚め、
活動を始める生命の季節。
ここ食堂「菜食兼美」でも
春に旬を迎える食材たちが、
いまかいまかと出番を待っている。
そして、春の陽気に誘われて
一人のお客様がご来店された。
「いらっしゃいませ~!
お好きなお席へどうぞ!」
カウンターに座られたお客様のもとに向かい、
お水を提供する。
「ご注文はお決まりですか?」
「鮭の塩焼き定食をお願いします」
「はい!キムチかたくあん
お付けできますがいかがでしょう?」
「キムチで」
「かしこまりました!
しばらくお待ち下さい」
私は厨房へ戻り、鮭を焼く。
ご注文頂いてから焼くので少し時間がかかる。
その間にキムチやサラダの用意をする。
ご飯と味噌汁は熱々を食べていただきたいので、
最後に盛るようにしている。
「お待たせしました!
鮭の塩焼き定食です」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ!」
私は料理をご提供すると再び厨房へと戻る。
「いただきます!」
わたしは早速お味噌汁の蓋を開けて、
湯気とともに一口いただく。
「はぁ~~ 朝のお味噌汁は染み渡るね~」
「まぁでも、書き上げられてよかったよ。
帰ったらゆっくり寝て、
起きてから全部読み直して投稿しよ」
「頭がスッキリしてないと
誤脱字見逃すかもしれないしね」
サラダをつまんで口に運ぶ。
「野菜新鮮でシャキシャキ。
生野菜嫌いな人もいるけどわたしは大好き」
「生で食べられる食材は
生で食べるのがいいよね。
下手に調理しちゃうと味も栄養も損ねるし」
「けど油や火を通したほうがいいこともあるしね」
わたしは鮭をほぐして口に運ぶ。
「ん〜〜! ホロホロでいい塩加減。
レモンや大根おろしとの相性もバッチリ」
「バッチリどころか、そうするのが普通よね。
鮭は美容にとてつもなくいい食材だからね。
なにより美味しいし美容効果も爆上がり」
「どんなに体によくても美味しくなかったり、
手に入りにくいんじゃ、続かないしね」
わたしは水を飲んで一息つく。
「ふぅ…… しっかしアイディアが浮かんでくると
文章が進むねー。」
「書きながら考えるんだけど、
それが楽しいのなんのって」
「まぁ、テーマや登場人物、大まかなストーリーは
書く前に考えるんだけどね。もちろん」
「ま、全部スマホで書いてるから、
更新頻度は気まぐれで不定期だけどねー」
そう言っておかわりしたご飯にキムチを乗せる。
「ふっふー。キムチのせご飯って
なんでこんなに魅力的なんだろ?」
「発酵食品で美容にも健康にもよくて、
美味しくて辛さで体を温めてくれる」
「いろんな料理にも使えるしお酒にもピッタリ」
わたしはパックの海苔をちぎりながら加える。
「それにこうすると、海苔の旨味が加わって
言葉にならない美味しさへと進化する」
「納豆との良さは言わずもがななんだけど、
納豆は夜に食べるのが一番いいしね」
一口一口ゆっくり噛みしめながら
天上の美味を味わっていく。
ときおり、お味噌汁をはさみながら、
当然お米一粒も残さないで食べ終わる。
「はぁぁぁ~~」
箸を置き手をあわせると満足感の声が漏れる。
わたしはしばらく目を閉じて、
お腹の温かさと余韻を堪能していた……
あれだけ幸せな顔で食べていただけるなら、
料理人冥利に尽きるわね。
私はお客様の幸せな表情に自然と笑みを浮かべる。
時刻は開店間もない朝。
ランチタイムまでは比較的ゆったりしているので、
食材や食器をチェックしながらも
お客様のご様子もよく伺える。
私もお客として行くときは朝や開店直後に行くからね。
さて、これからいらっしゃるお客様も
全員幸せな表情になっていただかないとね!
私は深呼吸してエプロンを締め直した。
閉店後……
入口に一人のお客様が立っていた。
ほどよく鍛えられて均整のとれた体つきの
年若い男性のお客様である。
「いらっしゃいませ!
お好きなお席へどうぞ!」
お客様は一礼してカウンターへ座られた。
本日はイースター
イエス・キリストの復活をお祝いする
キリスト教のお祝い事である。
日本語では「復活祭」とも呼ばれている。
キリストは十字架に磔にされて死に至ったが、
その3日後に復活したと言われている。
キリスト教からは多くの派生した宗派があるが、
多くの宗派にとってイースターは
キリストの降誕を祝うクリスマスよりも
重要なお祝い事である。
もしかして、こちらの方も……
などと余計なお世話なことを思ったが、
本日最後の料理をお出しする。
「お待たせしました!
半熟卵とトマトスープです」
私はカウンターに半熟卵とトマトスープ、
バゲットを並べる。
「ほう……赤いスープ……
トマト……と言ったか?」
お客様は匙を手に取るとスープを掬って口に運ぶ。
「ふむ……よく煮込まれて旨味が溶けだしている。
ほどよい酸味と肉と野菜の風味……」
「具材は大根に人参と根菜が多い。
ベースとなるのがトマトというものか」
「しかし、肉は感じるのに入ってはないな……」
「お客様、こちらのトマトスープは、
コンソメという調味料を使っております」
「お肉や香味野菜を凝縮したもので、
スープや煮込みに活用されます」
「ほぅ……それで具材に肉がなくても
肉の風味が感じられたのか」
そして野菜と一緒に飲まれる。
「お客様、本日はイースターと呼ばれる、
キリストの復活を祝う
復活祭の日とされています」
「キリストの復活か……」
「ゴルゴダの丘で十字架にかけられ、
死を迎えたキリストが3日後に復活したという……」
「私が日本へ渡った時、
キリスト教は弾圧の対象となっていた」
「多くの教徒が凄惨な最後を迎えても、
改宗を拒んだ者たちは隠れキリシタンとなった」
「だが、復活祭が行われるということは、
弾圧も過去のものとなっているということか」
「この時代を生きていたいものだ」
お客様は半熟卵を匙で掬い口へ運ぶ。
「おぉ、トロトロプルプルで口の中で溶けるな」
「これはパンとあわせるとさらに美味いだろうな」
そしてちぎったバゲットに半熟卵をのせて召し上がる。
「うむ。思ったとおり」
「パンそのものも美味いが卵とあわさると、
カリカリしたパンの食感とトロッとした卵が
パズルのピースのように調和する」
「イースターでは卵はなくてはならない
シンボルであるとされています」
「卵の形を崩さないまま召し上がって
いただくために半熟卵にいたしました」
「パンとの相性もよいと思います」
「なるほど、確かに」
お客様は口元に笑みを浮かべる。
イースターでは卵の殻にカラフルな
ペイントを施したイースターエッグを作る。
卵は割らずに小さな穴を開けて、
きれいに形を残したまま中身を抜く。
きれいな色に塗った卵を麦わらを敷いた
カゴの中などに入れて飾る。
卵がシンボルになっている理由は、
卵は命を生み出すものであり
復活の象徴とされているからと言われている。
ちなみにイースターエッグに塗られる色には
それぞれ意味がある。
赤は「幸福・情熱・希望・エネルギッシュな太陽」
また「キリストの血」を表すという説もある。
「青は空と健康」白は「清浄と誕生」を表し、
復活の色であるとされている。
「パンがキリストの肉、ワインがキリストの血」
「そう聞いたことがあるがなるほど」
「パンとトマトとやらの赤で
キリストの血肉を表しているということか」
お客様はなにかに納得されたご様子でうんうんと頷く。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
食事を終えるとお客様は立ち上がり、
一礼して消えていった。
カウンターには空になった食器と、
一枚のカードが置かれていた。
カードにはどこかの国の風景と
メッセージが添えられていた。
あの方が生まれ変わられたら、
また食べに来ていただきたいな……
私はカードを手に取ると微笑んで呟いた。
_____またのお越しをお待ちしております_____




