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今宵、一期一会の晩餐を  作者: 白鷺雪華


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10/16

草餅と緑黄色野菜の味噌汁

暖かさが戻りつつある卯月


寒さが通り過ぎようとしているこの季節は、

土の中で眠っていた生命が再び動き出し、

人々も新たなる環境へと変わろうとしている。


ここ食堂「菜食兼美」でも冬の間には

姿を見せないメニューがちらほら登場している。

今は夜を迎えて、お酒の注文が増えてくる。

そして、新たなお客様がお2人ご来店された……


「いらっしゃいませ! お好きなお席へどうぞ!」

どことなく雰囲気が似ているお客様達は、

テーブルに向かい合って座られた。


「お先にドリンクのご注文をお伺いします」

「レモンサワーをお願いします」

「あたしにはジントニックをお願いします」

「はい! かしこまりました!」

「すぐにお持ちしますね!」

私はすぐに厨房へと戻り、グラスとお酒を用意する。

グラスをお盆にのせてお客様の元へと向う。


「お待たせしました!

 レモンサワーとジントニックです」

レモンサワーとジントニックをそれぞれの前に置く。

「お料理のご注文はお決まりですか?」

「グリーンサラダと冷奴、

 キムチ盛り合わせでお願いします」

「はい! かしこまりました!

 少々お待ち下さい」

私は再び厨房へと戻り、料理の準備をする。

幸い、すぐにお出しできるものばかりなので、

お客様をお待たせすることはない。


「お待たせしました!

 グリーンサラダと冷奴、キムチ盛り合わせです」

「ごゆっくりどうぞ」

私は一礼してその場を離れる。


「それじゃあ……」

「かんぱーい」

「かんぱーい」

あたし達はグラスを軽くあわせて乾杯する。

ジントニックを一口飲むと爽やかなライムの香りと

強い炭酸が喉を刺激する。

あたしの前でレモンサワーを飲んでいる妹の蘭々も、

「……っはぁ」と同じように果実と炭酸を味わっている。

「よかったね、蘭々」

「いい部屋が見つかって」

「そう! めっちゃいいところが見つかったのよ!」

少し興奮気味に蘭々が言う。

「収納もあるし、洗濯機も置けるし、

 調理スペースもあるの!」

「しかもネット無料で冷蔵庫まである!」

そこまで一息に言うとレモンサワーを一口飲んだ。

「蘭々の希望条件も満たしてるし、

 買い物にも困らないから決まりね」

「うん! 実際に物件見せてもらって、

 ここならピッタリだなって思ったの」

「戻ってから契約したよ」

あたしはグリーンサラダを取り分けながら

蘭々の話を聞いている。

「莉々は来週日曜日休みよね?」

「荷物運ぶから車出してくれない?」

「もちろんいいよ。部屋も見ておきたいし」

「ありがとう!

 明日ホームセンターでいろいろ見てくる予定」

そう言って冷奴にキムチをのせて食べる。

この食べ方はあたしも好きなのだ。

「いいね!食器とか家具はこだわりたいしね」

「そうそう!一人だからこその特権よね」

「それに実家だと炊飯器とかも好きに使えないしね」

「そうね~。あたしも今は好きに使えてるけど

 家出る前はやっぱり使えなかったな」

そうしてジントニックを一口飲む。

「わたし、土鍋で炊き込みご飯作りたいの」

「五目とか炒飯の炊き込みご飯」

「へ〜、いいじゃない」

「ECサイトで直火IH両対応の土鍋販売してるの」

「土鍋で炊くと違うって聞くしね」

「あたしも作りたいな」

「炊飯器と土鍋で食べ比べしようか」

「お!いいね」

「ならわたし特訓しとく」

「あたしだって!」

そう言ってお互いに笑い合う。



「ごちそうさまでした〜」

「ごちそうさまでした!」

「はい!ありがとうございました。

 お帰りはお気をつけてください」

「またのお越しをお待ちしております」

私は頭を下げてお客様をお見送りする。

あと一時間ほどで閉店時間なのだが、

お店には数人のお客様がいらっしゃる。

どの方にも美味しいと言わせてあげないとね。

そう思うと自然と笑みがこぼれた。


そして……

本日最後のお客様がいらっしゃる……



閉店後……

入口に一人のお客様が立っていた。

背が高く、背筋がピシリと伸びた、

老齢だが若々しい男性のお客様。

「いらっしゃいませ!

 お好きなお席へどうぞ!」

お客様は行進のような歩き方で

カウンター席へ座られた。


本日は4月8日

釈迦の誕生日とされる花祭りの日である。


花まつり・灌仏会とは、

お釈迦様の誕生を祝う仏教行事のことである。

キリスト教でイエス・キリストの

誕生を祝うのがクリスマスであるのと同じで、

仏教ではお釈迦様の誕生を祝うのが

花まつりということになる。


「花まつり」として知られるお祭りの

正式名称は、「灌仏会かんぶつえ」。


“仏にそそぐ”ことから「灌仏会」と名付けられ、降誕会ごうたんえ仏生会ぶっしょうえ浴仏会よくぶつえ竜華会りゅうげえ花会式はなえしきともいわれる。


「承和七(840)年四月八日に、

清涼殿にしてはじめて御灌仏の事を行はしめ給ふ」

との記録が残っており、

その起源は平安時代までさかのぼるといわれる。

また、花まつりの名称は明治時代に

浄土宗が採用したものと推定されている。


こちらのお客様も仏教徒なのかな……

などと邪推しながらも本日最後の料理をお出しする。

「お待たせしました。

 緑黄色野菜のお味噌汁と草餅です」

私はカウンターにお味噌汁と草餅、甘茶を並べる。

お客様はまず甘茶を手にしてゆっくりと飲まれる。

「ふぅ……」

「余計なものが入っていない自然のお茶だな」

「それに体にも良さそうだ」


甘茶はユキノシタ科の「アマチャ」という

木の葉を蒸して揉んだあと、

乾燥させて煎じたお茶のことである。

砂糖を入れなくても自然な甘みがあり、

漢方薬としても使用されている。

甘茶には甘味効果以外に、厄除けや鎮静作用、

抗アレルギー作用など様々な効能があるとされており

カフェインやタンニンを含まないために

小さな子供や妊婦の方でも飲むことができる。


また古くより、甘茶を飲むと無病息災で過ごせる、

甘茶で赤ちゃんの頭を撫でると元気に育つ、

という言い伝えがある。


「それでは頂くとするか」

お客様は箸を手にして大きめの器に入れた

お味噌汁に箸を伸ばす。

「お客様、本日はお釈迦様のお誕生日とされています」

「そのため、本日のお料理にはお肉やお魚などの

 動物系食品は使っておりません」

お客様は少し箸を止める。

「ほう……釈迦の誕生日……」

「私は無神論者で宗教など崇拝してはいないが…」

「あの時代、廃仏毀釈の名の下に

 仏教が弾圧されていた」

「寺や仏像が壊され、教徒は虐げられた」

「かつてのキリスト教のようにな……」

お客様はお野菜を食べながら目を閉じる。

「だが、こうして誕生日が祝われる日が

 あると言うことは今の世は宗教に対して

 寛容になったのだろう」

「良い時代になっているようだな……」

そして甘茶を一口飲まれる。

「肉や魚がなしの料理か」

「たしかに味噌汁の出汁も昆布にしてある」

「具材も野菜のみのようだな」

「私のような年寄りにはありがたい」

「明治になり牛鍋や西洋の料理が

 次々に入ってきて味わったものだ」

「食文化の発展は喜ばしいものだが、

 本来の姿を失わせるのも考えものだな」

お味噌汁を飲んで視線が草餅に移る。

「これは……よもぎか……」

「草餅と言って日本では古来から

 花祭りで食べられてきたものです」

「ふむ…頂くとしよう」

そうして草餅を一口召し上がる。

「ほう…よもぎを練り込んだ餅に

 つぶあんを挟み込んである」

「よもぎの強い香りと味につぶあんの甘さが

 よく引き立ちお互いの良さが増している」

「これは春の菓子として相応しい」

お気に召されたようで私も嬉しくなる。

しばらく食事に集中されて口元を紙ナプキンで拭う。

「馳走になった。私はこれでお暇しよう」

お客様は立ち上がると深くお礼をされて消えていった。


テーブルには空になった食器と

蓮の花弁が置かれていた。

蓮の花はお釈迦様の台座であったように、

あの方も一歩一歩踏みしめて

時代を生き抜いてきたのだろう。

私は蓮の花弁を掌にのせて呟いた……


_____またのお越しをお待ちしております_____

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