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今宵、一期一会の晩餐を  作者: 白鷺雪華
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ちらし寿司と雛あられ

ここは日本のとある場所。

私はここで食堂を経営している。

野菜や豆、発酵食品中心の

体の中から綺麗になれることを

目指して開業した「菜食兼美」


私は常々思っていた。

外食で野菜をたっぷり食べるのは難しい。

ならば、

自分で作ればいいじゃないかと思い立ち、

食品衛生責任者や調理師免許を取得して

自分の想いを詰め込んで

開業に至ったのである。


店構えも調理器具も食材も普通のものだが、

数年前から他の店では見かけない

お客様がいらっしゃるようになった。


そして、今日はそんな日だった……



閉店後の店内。

私は食器や器具を片付けていると

ふと気配を感じた。

入口に2名のお客様が立っていた。

一人は3歳くらいの幼児、

もう一人は20代くらいの女性のお客様。

だが、服装は現代のものではなく、

肌も青白い。

しかし私は笑顔を浮かべて、

「いらっしゃいませ。

 お好きなお席にどうぞ」と着席を促した。


今日は3月3日 ひな祭り

桃の節句とも呼ばれる五節句の一つである。


ひな祭りは子供の成長を願って、

枕元に形代を置き厄除けとした。

そして、1年の災いを春のひな流しで祓う。

これがひな祭りの起源とされている。


桃の節句と呼ばれるのは、

桃には魔を払う厄除けの力が

備わっているからだと言われている。


衛生状態が良くなく、

医療が発達していなかった時代は

子供の死亡率が現代とは

比べ物にならないほど高く、

大人でも20〜30代で

亡くなる人も多かったという。

おそらく本日のお客様も

早くに亡くなってしまったのだろう……


そして私は今日最後の料理をお出しする。

「おまたせしました。

 ちらし寿司と雛あられです」

テーブルにちらし寿司と雛あられ、

箸と匙を並べる。

期間限定のメニューであり、

お客様にも人気である。


困惑しながらも女性は箸を、

幼児は匙を手にする。

見たこともない料理なのでそれも必然だ。

そして、お二人ともちらし寿司を

一口口に運ぶ。

「お米に酢が混ぜ込んであるのね」

「それにいろいろなお魚……」

女性が驚いたように目を開き、口を綻ばせる。

「母上、これとっても美味しい」

幼児も酢飯をこぼしながらも

匙を持つ手を止めない。

「えぇ、菊乃とっても美味しいわね」

「はい!」

「お米に酢を加えるなんて

 考えたこともなかったわ」

「それがお魚とこんなに合うなんて……」

「お魚だけじゃなくて野菜やきのこも……?」

「母上、この黄色いのなんでしょう?」

幼児のお客様が黄色いのを手でつまむ。

「あら? なにかしらね……?」

「お客様、そちらは錦糸卵と言いまして、

 鶏の卵を焼いて細切りにしたものです」

「鶏の卵……?

 私たちの時代は禁止されていたわね」

「菊乃、食べたことない」

「えぇ、私も初めて食べたわ」

「美味しかった?」

「はい!」

宗教や肉食禁止令などで食べることが

許されていなかったのだろうか。

しかし、初めて食べた食材を

美味しく感じていただけたのは

嬉しいので私も笑みが浮かぶ。


ちらし寿司は酢飯の上にまぐろや海老、

しいたけなど様々な具材をのせた

お寿司の一種で今も祝い事などでは

よく食べられている。

「なれ寿司」という

魚と塩とデンプンで発酵させた

保存食が寿司の始まりとされており、

質素倹約を敷かれた庶民が反発して、

ご飯に様々な具材を隠し入れて食していたのが

ちらし寿司誕生の説の一つと言われている。


また、ちらし寿司の具材にも

意味が込められており、

海老は腰が曲がるほど長生きできますように…

豆は平穏無事にまめに暮らせますように…

それだけ健康長寿が願われてきたのだろう。


雛あられはひし餅を細かく砕いて、

外でも食べやすいように

工夫されたお菓子である。

ひな祭りには欠かせないお菓子であり、

地域によって様々な味付けがされている。


ひし餅も女の子の健やかな成長と

豊かな人生が久しく続いていきますようにと

願いが込められている。

その色にも意味が込められており、

桃色は「魔除け」白色は「清浄」

緑色は「健康」を表しているとされている。


7歳以下の子供は

神様の子供とされているように、

それだけ健康長寿そして

無病息災が願われてきたのだろう。


「こちらはお菓子なのかしら?」

「食べてもいいですか?」

「えぇ、いただきましょう」

「はい!」

幼児のお客様は雛あられを口にして、

笑顔を浮かべる。

砂糖などの甘いものはその昔、

超高級品で上流階級でも

そうそう口にできなかったらしい。

「本日の雛あられはこちらから

 抹茶、きなこ、青海苔で

 味付けしています。」

初めて聞く食材だろうな…とは思いつつも、

食を提供する者としてきちんと説明しておく。

「緑色なのが抹茶ね。

 少し苦みがあるけど

 甘みと合わさって楽しいわ」

「菊乃は大丈夫?」

「苦いのは好きじゃないです」

「菊乃、この黄色いのが好き」

「あら、そう。どんなのかしら?」

女性のお客様はきなこのひなあられをつまむ。

「あら、これはどこか馴染みがあるような……」

「お客様、きなこは大豆を炒って

 粉にしたものです」

「あぁ! どうりで馴染みがあると思ったわ」

「最後は海苔ね……」

「海苔をお菓子にするなんて

 聞いたことないわね」

「母上、菊乃これも好き」

「そんなに美味しいのね。私もいただくわ」

青海苔のひなあられをつまんで口に運ぶ。

「ふふ、しっかりと海苔の香りが広がるわ」

「懐かしいわね……故郷ではよく食べたわ」

「お気に召されたようで私も嬉しいです」

「お菓子なんてあの頃は

 食べられなかったわね」

「甘くて美味しかった!」

「えぇ、私も美味しかったわ」

そしてお二人で笑いあう。


2人のお客様は食事を終えると

一礼をして消えていった。

テーブルには空になった食器と

紙人形が置かれていた。

自らの穢れを移して無病息災を願う

「雛人形」である。

紙人形にはそれぞれ「ありがとう」

「ごちそうさま」と書かれていた。

私は「ふふっ」と微笑むと

紙人形に向けて呟いた。


_____またのお越しを、お待ちしております_____

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