第4章 疑惑〜28〜
第4章 〜28〜
気持ちが、心が、痛い程に苦しいと感じる時…
それは、音楽だから?
それとも友だから?
どれぐらいこうしていただろう?
何かを思い出すようなイメージで、ふと莉玖の右手に感覚が戻った。
厳密に言えば、感覚を失っていたのではなく、冷静さを失っていたのだ。
時間と共に、莉玖は今の状況を把握してきた。
莉玖は、颯希の手首からそっと手を離した。
「痛っ…」
「あ、ごめん」
僅かな傷で済んだ。正気に戻った颯希の目が、少しずつ潤んできていた。
その目を見た莉玖は、堪えきれずに俯いた。
言葉が出ない。震える声で、莉玖はそっと名を呟いた。
「サッちゃん……」
何をしようとしたのだろう。
自分は何者か分からないどころか、自分の行動さえも見えていなかった。
我に返った颯希も、声を震わせている。
「莉玖…自分…」
「………」
颯希が何かを言おうとしている。
莉玖は、必死で受け止めようとするのだが、どうしても声が出ない。
溢れるのは涙ばかりだ。
その時―。
颯希のスマートフォンから、短い着信音が鳴った。
『おう! 颯希。明後日の19:00にスタジオ取ったぞ。新曲、どんな曲か聴かせてくれや。もちろん感動モノやろ? ゴリ泣かしたれ(笑)』
涙も拭わぬまま、2人はそのメッセージを見た。
「もう…タケさんったら…」
「はは…そやったな。ゴリとほのちゃんのおめでたい時に…」
「ほんまや。あたしらが泣いたらあかんやん。ゴリさん泣かさな…エヘヘ」
神だ。まさに救う神あり。
その場に居合わせなかった故に現状を知らない剛は、この場に似合わない陽気なメッセージを送り付けてきた。
目の前の現状とのギャップに、2人は思わず笑ってしまった。
2日後、時間を持て余すばかりの颯希は、予定時間より早くスタジオに現れた。
背中には、アコースティックギター。
長らく俯いていたその顔は、しっかりと前を向いて、オーナーの顔を見ている。
オーナーは、颯希の休職や心の問題については特に何も言わないし、聞くこともしない。
おそらく剛から、話は聞いているのだろう。ナーバスな状態の颯希を刺激するまいと、いつも通り音楽や楽器の話ばかり持ち出す。
その方が、颯希も話に乗ってきて、会話も弾む。
いつもと違う事といえば、もちろんない訳ではない。それも、とても大切な話。
要するに、彰人の結婚の話だ。
「今日はそのために作った曲、タケと合わせていこうかなって」
「作ったんや。エエなぁ、柳井君。幸せやな!」
「ていうか、自分らも音楽やってるんやからこれぐらいの事は…ね!」
「いや、素晴らしい友情や。まずほら、曲作れる人自体、少ないやん。思い出になるで」
そうなのだ。
人生の一大イベントのために、楽曲を作ってもらう。それは、共に音楽を演る身としては最高の喜びだろう。
オーナーは、颯希を絶賛した。
「泣かしたりますよ!」
―あはははははは!
そこへ剛がやって来た。予定時刻ピッタリだ。
しかし意外にも、その背後には…
「あれ? 莉玖!?」
「来ちゃった。エヘヘ」
莉玖は、少し笑った。
リュックの中に何かを隠しているかのように、少しソワソワしている。
「そこで会うてんけどな。まさか来ると思てへんだけど、心強いやろ?」
「心強い?」
「うん! 心強い…はずやっ!!」
莉玖は元気いっぱいそう言うと、リュックの中の物を取り出した。
「キーボード!?」
「やて。ほら、俺ら練習してる時、いっつも手ぇ動かしてたやろ?」
―そういえば。
「実はね、あれ、練習してたの」
バッグの中の物、それは、小さく丸めたシート状のキーボードだ。
鍵盤の位置は覚えられるし、音を出しながらの練習も出来る。
「あとは本物のキーボードで弾けるかどうか…やってみていい?」
「もちろん!!」
3人はブースに入った。
当然だが、いくら莉玖が一生懸命練習したところで、颯希や剛とはレベルが違いすぎる。
それでも基礎練習はしっかりとやったと言う。聴かせる、魅せるというようなプレイは到底無理だが、楽曲にエッセンスを加えるが如く、良い味付けが出来そうだ。
「ステージに立って人前で演る時、めっちゃ緊張するぞ」
「舞い上がってミスったり…誰やねん!?」
「タケやん!」
「俺やっ! わっははは!!」
この日、練習にはならなかったが、楽しくミーティングが出来た。
剛はもちろん、颯希も莉玖も笑顔になれた。
「で? 例のんは?」
「もちろん!」
例のもの―。
彰人と穂花へのサプライズ。
颯希にしか出来ない、あの瞬間の復元。
それは―。
「やるの?」
「やる!」
「マジけぇ!?」
「当たり前やん! 彼奴らへのサプライズ言うたら、やっぱりこれやろ」
「わぁっ! あたしも見たかってん」
「俺も見たかったわ」
それは―。
“ギター女子さつきちゃん”
読んでいただき、ありがとうございます。
メッセージを送る側にしたら、相手の状況なんて分かり得ないですからね。
これもありがちかな?
ともあれ、ここで主人公は助からなければ、次に進めないのですから。
創作側で大切にしたいのは、助かる過程ですよね。
その点では、日多喜瑠璃らしさ、この物語らしさ、そして登場人物らしさが、上手く出せたかなって思うのです。




