第4章 疑惑〜13〜
第4章 〜13〜
タイムスリップから現在のシーンに戻ります。
「さ…つき…ちゃん…?」
シンガーは思いついたように歌い始める。
その時、彰人と穂花は!?
*
「さ…つき…ちゃん…?」
西田がそう呼んだ。
目の前でギターを弾いて歌うその人。
肩まである髪の左サイドを耳に掛け、お洒落なヘアクリップで留めている。さりげない赤味を持たせたチーク、柔らかな色の口紅。
明るいボーダーラインのカットソーに太めのバギージーンズ。
しかしその顔姿は、見慣れたはずの―。
「ほのちゃん…」
「うん…」
彰人は穂花の顔を見た。
穂花もまた、彰人の顔を見た。
「ま、円山公園…行こか」
「そう…ね」
戸惑う2人は、この場に長居してはいけないと思い、そのまま立ち去るのも愛想なしと思ったので、シンガーに会釈だけした。
彰人と穂花と向き合ったそのシンガーは、思いついたように、少し微笑んで歌い始めた。
『Butterfly』(木村カエラ)
呆気に取られた2人。シンガーは彰人の顔を見ると、軽くウインクして微笑み、そして頷いた。
橋の上で彰人と穂花に話しかけた男性。
彼は、彰人の右手と表情を見ていた。
目は泳ぎ、落ち着きなく震える右手がポケットに入り、そのまま出てはまた入る。
間違いなくそれと確信すると、2人がゴミ拾いをしている間に、彼は西田にそう告げた。
西田は、シンガーにそれを告げた。
―なるほど、そういう事ね。
シンガーは彰人と穂花を引き留めるような仕草をして、咄嗟にこの大ヒットしたウエディングソングを歌い始めたのだ。
再び集まったギャラリーが、2人を見守る。
彰人は穂花の顔を見ると、右手をジーンズのポケットに入れた。
穂花が彰人の目を見た。
2人の目が合った。
―早く! 歌が終わらへん内に!
彰人の心臓が、バスドラムのように激しくリズムを刻む。
穂花は、Nick Shock ! のライブを初めて観た時のように、ただただ彰人の姿に目を奪われている。
観衆が見守る中、その心のリズムはさらに激しさを増す。そこにシンガーのギターとヴォーカルが重なる。
―焦らさないでっ!
シンガーは歌いながら、心の中で彰人に囃し立てる。
歌は、何度も何度もサビが繰り返される。それは彰人の耳に、「行け!」と言っているように聴こえる。
―男や。男…漢にならな!!
奮い立った彰人の左手が、穂花の左手に触れた。
―え?
何かが起こる。そう感じた穂花は、事の成り行きに身を任せる。
彰人は穂花の左手を掴むと、自身の胸の高さに上げた。
右ポケットから取り出された、親指と人差し指に掴まれたキラキラ光るリング。それは、少し震える手でゆっくりと、穂花の薬指に嵌められた。
―うわぁ〜♡
祝福の歓声が、街を彩る。
彰人は、少し照れた面持ちで穂花を抱き寄せた。
「俺と…これからの人生、一緒に歩いてくれ」
彰人は穂花の耳元で、そう言ったと思う。
緊張しすぎて、正直なところどう言ったかなど覚えていない。
ただ、穂花の声だけが耳に届いた。
「あのね、アッくん…あのね…」
緊張が走る。
穂花はどう答えてくれるのだろう?
何か言いたげなその口ぶりが怖い。
そして穂花は、その続きを言葉にした。
「あたし…指、こんな太くないねん」
―あはははははは!
「でも、嬉しい。アッくん…」
穂花は少し溜めてから、その答えを涙声で言って彰人に抱きついた。
「よろしくお願いしますっ!!」
拍手と歓声が、街のザワザワした騒音を掻き消すように響いた。大勢のギャラリーが見守る中、彰人は路上ライブのシンガーのサポートを受けて、穂花へのプロポーズに成功した。
我に返ると、気恥ずかしさが包み込んでくる。
2人は笑顔を絶やす事なく、ギャラリーにも笑顔で会釈しながら、そそくさとその場を去った。
歌が流れ、観衆に見守られ、祝福の歓声に包まれた、ミュージシャンらしいプロポーズだったと思う。
もしシンガーが場を盛り上げてくれなかったら、彰人はこの良き日を逃していたのかもしれない。
「さつきちゃんに感謝やねっ」
「あぁ、でも、それより…」
円山公園を歩きながら、彰人は少し溜めてから言った。
「ほのちゃんに感謝やな」
穂花は彰人の左腕を取った。
幾つも並ぶスネア、タム、シンバルを自在に叩くその腕。
頼もしいばかりに筋肉に満ちた、その太い腕に、穂花はしがみついて涙の滴をこぼした。
あの時とは違う気持ちで、甘い嬉し涙を。
読んでいただき、ありがとうございます。
私は…無理かなぁ。逃げ出しそう 笑。
まさかの公開プロポーズでしたね。
気の短い彰人だけど、こういう事には繊細なのです。
ところで、シンガーは誰?
気付きかけたのに、場の雰囲気に呑み込まれてしまってそれどころじゃなくなった、彰人と穂花でした。




