第4章 疑惑〜12〜
第4章 〜12〜
「何でそんなに目覚めたん?」
店に行くのが恥ずかしいから通販で。
気に入ったものを手に入れれば、気持ちも上がるはず…なのに、またあの男が。
美化運動は順調に効果をもたらしている。八坂署も、颯希の活動に好意的だ。
西田は、本格的に業務の一環として颯希をサポートする方向に向いていた。
これまで金曜日の晩に行っていた路上ライブは、土日の夜19:00、すなわち週2回、颯希の都合と合わせて日程を組む事になった。
颯希にとっては忙しくなるが、駄目な日は駄目で構わない。申請のない日は活動出来ないのだから、休みたい日は申請しなければ良いだけだ。
西田はじめ、八坂署の署員達は、颯希の事を女子であるかのように接してくる。そして、そのような容姿である方が集客が望めると見ているようだ。
それは、颯希にとっても嫌な事ではなく、寧ろ楽しいと感じていた。
「莉玖って、服買う時とか、どこ行くん?」
河原町などは、何度か一緒に出かけた。
その度、莉玖の好みの服がボーイッシュであると感じていた。
恋の影響なのか? ここ最近、とてもガーリーで可愛い服を着ている事が多い。
「最近はねぇ、通販で買う事の方が多いかなぁ」
「通販かぁ。こないだ着てたのも、そう言うてたなぁ。サイズとかって、どうなん?」
「サイトに細かく書いたぁるねん。ひとつ自分の好きなサイズ感のがあったら、それを参考にして選ぶねん」
「なるほどなぁ」
「え? サッちゃん、何でそんなに目覚めたん?」
最近までこんな話をした事なんて、あまりなかった。
颯希にだって好みのファッションはあるのだが、何しろ男子としてはサイズ感が難しい体格だ。だから、少し大きめのレディースサイズを選ぶ事が多いのだが、男子がレディースの服をショップで買うのは、少々勇気が要るものだ。
だからいつも莉玖に同伴してもらっていた。
「目覚めたっていうか…あんまり莉玖の手ぇ煩わしたらあかん思て」
そう言って颯希は、スマートフォンを手に取り、衣類の通販サイトを開いた。
まるでキラキラした女子のような面持ちで。
「とりあえずサッちゃん、着たい服買うたらいいけど、フリフリなん着たらあかんで!」
「それはナンボなんでも…ありえへんやろ」
―あはははははは!
その3日後、購入した新しい服が届いた。
ワクワクしながら封を開ける。
アイボリーにグリーンの広狭ボーダーラインのカットソー。
赤とグリーンのダブルボーダーにボリュームスリーブのロンT。
袋から出してみると、早速試着してみる。
―可愛い!
おそらく莉玖が見たら、「やり過ぎ」などと言いそうだ。
でも、乙女心はテンションMAXになる。
―次の路上はこれやな。
ところが、乙女で居られない現実がここにはある。
「ひ〜な〜た〜リーーダーーー」
男子社員である以上、作業やコミュニケーションにも男子らしさが求められる。
それは至極当たり前で、何ひとつおかしな所はない。なのに、最近の颯希にはどこか無理をしているきらいがある。
「聞こえてま〜すかっ?」
そのストレスの一番の原因は、この男の存在なのだろう。
「聞こえてるわ。さっき言うた作業、終わったんか?」
「いえ、まだっすよ」
「じゃあ、頑張って終わらしてくれ」
「質問ぐらいいいじゃないっすか」
「あ、うん。何やった?」
「最近バンドどうっすか?」
「仕事に関係ない質問する前に、作業終わらしてくれるか!」
めちゃくちゃ苛々する。
作業を始めれば器用にこなすのだが、この男の集中力は、就業時間の殆どを作業とは別の方向に向けている。
それでいて、注意すれば「は〜いはいっ」と適当な返事をする。
話術は巧妙なため、多くの臨時従業員達から高評価を得ているのも、厄介な一面だ。
太田課長や神崎主任からは、かなり強く叱られる事も多い。
ところがこの件に関しては、「あんな怒り方せんでも…」「パワハラ一歩手前やわ」などという言葉も飛び交う。
もちろん颯希も、言葉選びには慎重に慎重を重ねている。
それがさらにストレスを増強しているのだろう。
ウイークデイの夜、仕事を終えて帰宅した颯希は、ストレスの捌け口を探す。
ひとり暮らしの弱点は、会話がない事だ。
ギターを手に取る。
バンド活動は休止中だ。今はアコースティックギターでの弾き語りが楽しい。
しかし、エレキギターと違って生音の大きなアコースティックギターは、夜に思い切り弾く事も憚れる。歌う事だってそうで、腹の底から声を出すなど出来ない。
ある程度防音されているとはいえ、一度近隣からの苦情が出ればお終いだ。
指先でそっと弦を撫でるように弾く。
爪に負担がかかる。
今度は、百均で買ってきた、少し色の着いたネイル補強剤を塗ってみた。
補強剤と思っていたが、実は違うのかもしれない。
塗った爪だけ、綺麗なピンクの艶が出た。
その爪だけが目立つので、他の爪にも塗った。
全ての爪が、美しいラメの入った艶々なピンクに変わった。
「これ、いい…」
気持ちが少し盛り上がった。
そしてその刹那、颯希の手は禁断のそれに触れた。
読んでいただき、ありがとうございます。
女子がメンズの服を着るのって、そんなにハードル高くないですよね。
でも、メンズって大きいのが多いかも。
逆に小柄な男子がレディースの服を着るのはどうなんだろ?
もちろんフリフリなのはNGだけど、カットソーなんかは意外といけますよね?
街で着てる人見かける事、たぶんあるはずなんだけど、気付いてないのかも。
小柄な男子って、実は服選びの結構選択肢広いのかな?
それってメリットよね?
な〜んて、そんな気がします。




