第1章 卒業〜7〜
第1章〜7〜
女子たちが動き始める中、4人はライブに向けて打ち合わせ。
それぞれに、考えや感じる事をぶつけ合っていきます。
「莉玖ぅ! ほら、覚えたで。見てぇや!」
そう言って颯希は、AKB48の「会いたかった」を踊り始めた。
莉玖はその姿を見て、「めっちゃ上手い〜」と歓喜した。
何故女性アイドルなのか? そんな事も、不思議とは微塵も思っていなかった。
白い艶々の肌、耳に目にかかる髪。その頃はまだ、颯希は莉玖と比べても小柄だった。
「ジャニーズとかやらへんの?」
母親も、そう言いながら颯希の踊る姿を笑顔で見ていた。
「サッちゃん、歌、上手やねぇ」
その頃から才能は開花していたのだろうか。音程を殆ど外す事なく、祖母の前でも歌い踊った。
「大きいなったら、何になるの?」
「自分、AKB48!」
その一言を、父親は揶揄した。
「アホかお前。なれる訳ないやろ!」
「あなた、子供相手にそんな言い方せんでも…」
「ほな、なれるんか? なれへんやろな。外でそんな事言わすなよ。俺は恥ずかしいわ」
そんな両親の言い合いを聞いて、颯希は泣いた。
確かに父親の言葉は正しかった。颯希が女性アイドルグループに入るなんて、出来る訳がない。とはいえ、相手は幼い子供だ。言い方はよく考えるべきだったのだろう。
幼い頃、自分を女の子の様に育てた父親。そのくせ、手のひらを返した様に、女性アイドルへの憧れを真っ向から否定する。
それは、ある意味仕方のない事だ。
しかし、その父親の言葉はそのまま、颯希が自分に自信が持てなくなるきっかけとなった。
*
放課後、教室の片隅には彰人と礼。特に何を話すという訳でもなく、剛と颯希が来るのを待っていた。
「おうっ! 遅なった」
「タケよう、話て何や?」
2人に話したい事。それは他でもない、文化祭でのライブの件だ。剛は少し声を顰めた。
「最近、颯希がかなり苛ついとるやろ?」
彰人はすぐにピンと来た。文化祭ライブ出演者リストにサインを求めるべく、穂花を連れて行った事。
「何か…福島と噂立ってるな」
一方、礼は事の真相を知らない。意味が分からない。何故急にこんな事に?
「あいつら、幼馴染で家も近所やさかい、よう一緒に歩いとるやん」
「それが噂の原因?」
「いや、違う」
違う。そう、違うのだ。剛はそんな話をしたい訳ではない。
「ちょ、ちょう待て。その話は置いといて…」
「言い出したん、お前やんけ」
「ちゃうねん」
話は最後までちゃんと聞いてくれ。
そう言って剛は、脇道へ逸れる2人の話を制止した。
「だからぁ、デカい音出したらスッキリするやんけ」
「演りに行ったんか?」
「お前らには言わんかったけどな。すまん。で、その時に…」
2人で行ったスタジオ。苛立っていても、颯希はギターを手にすれば、いつもの演奏を聴かせてくれる。
そんな中での閃き。
「持ち時間20分の内の5分な、5分間、即興のインスト(インストゥルメンタル)演ろうって、颯希と話してたんや」
「即興!?」
今度は礼の表情が険しくなった。
「BPM150。キーはAm」
―そ、そんな事!?
礼だってリードギターは弾くが、即興となると、そんな簡単に出来るものではない。言いたい事は分かるが、そうなると―。
「颯希の独壇場ちゃうんけ?」
颯希の腕はよく分かっている。バンドのサウンドを作り上げてきたのも颯希だ。自分には到底追い付ける相手ではない。なのに、悔しさを覚える。
「ちょっと待てや。颯希はそれ、出来るやんけ! でも俺、どうしたらええねん!?」
―え?
―あ!
礼は悔しさのあまり声を荒げた。
少し離れた場所に、立ち尽くす颯希の姿があった。
「あ、お、お前…」
「い、いや、どうでも演りたい言うてるんや…ないで。みんなが賛同してくれたらって…」
後退りしながらの、またあの自信なさげな話し方。そんな颯希の態度には、礼も苛立ちを隠せない。その右足が、ガタガタと動き出す。
彰人は、礼の右膝を押さえ付けた。
「演るんや、礼」
「はぁ!?」
「逃げんなや」
「逃げるて…あれ見てみぃや! いつも逃げてんの、颯希…」
「今はちゃうわいっ!! 逃げてんのはお前や。お前の事言うてるんや、礼」
「何やと? おいっ!!」
何言ってるのか分からない。そう言いたげな態度で、礼は彰人を見た。
「高校生最後のライブやろ。俺らは別に、颯希に花持たすつもりで言うてるんちゃうぞ」
剛はそう言って、颯希を座らせた。ようやく4人揃った。
進学するとか、就職するとか、そんな事は関係ない。高校生として最後のライブだ。4人が4人共、持てる力を発揮してこそ、意味がある。
剛は、そう言って皆を諭した。
少し間を置いてから、颯希は話し始めた。
剛と2人、スタジオで考えた演し物―。
「あのな、礼。何も無理な事やれって言うてるんちゃうねん。でも、例えばな…」
ベースラインに乗せるのが難しいなら、フリーで弾けばいい。選択肢は幾つもある。
颯希の対応力から発せられた言葉は、一瞬の内に礼の不満を鎮めた。
「あらかじめ作ってもええやん。誰も知らん曲演んねや。その場で作ろうが先に作っとこうが、誰も分からんやん。自分が出来る事詰め込んで、作ってしもたらええねん」
「そ、そういう事か。即興や言うても、そうか」
作っておけばいい。
それは礼にとって、大きくハードルを下げるひと言だった。
それを即興と言ってしまえば、嘘になるのかもしれない。しかし、ある程度のフレーズを考えておくのは、何の問題もないだろう。
ましてやプロではないのだから。
「分かってくれた? ほな、パターン考えよか」
すぐさま剛がスタジオに電話をかけ、予約を取り付けた。
「またあとで!」
「おうっ!!」
読んでいただき、ありがとうございます。
実は私、日多喜瑠璃も、バンド経験あるんです。
皆が同じレベルでなんて、高校生では難しいでしょう。
それでもメンバー皆で協力し、サポートし合って音楽を作り上げていく。
上手じゃなくても大丈夫。
そういうのが、アマチュア・バンドならではの楽しさなのかもしれないですね。