第4章 疑惑〜5〜
第4章 〜5〜
歌える!
その喜びに、仕事のストレスもどこ吹く風。
しかし…
まさかのミステイク。
大切なものを忘れていた。
何だかよく分からないが、八坂署交通課・道路利用申請窓口担当の西田という女性と仲良くなってしまった。
首を傾げて苦笑いするが、もしかしたらそれは、路上ライブを続けるなら有利に働くのかもしれない。
「じゃあ、2週間後に鴨川右岸・四条大橋の下辺り、19:00から19:30までっていう事で。間違いないですね?」
「はい。よろしくお願いします」
「2040円になります」
「では、こちらで良いですか?」
「あらぁ、キャッシュレス決済。今どきね、颯希ちゃん」
「君ですって! わざとでしょっ!!」
―あっはっは!
通常、許可を取るのは非常に困難と聞くが、ただ歌いたいとか営利目的なら確かにそうなのだろう。
美化・清掃を目的としたのは、歌いたい以外の理由がなかったからに過ぎない。苦し紛れに言ってしまっただけだ。
ところが何と、西田は道路の美化に関しても注力しているため、本当に美化・清掃に協力してもらえるならと、許可を出してくれたのだ。
何とも嬉しい偶然だ。
歌う曲目も絞った。
決行の日が近付くにつれ、ワクワクしてくる。颯希は、本当に歌う事が好きだ。
もちろんギターが大好きだ。基本はロックだが、さほどジャンルに固執しない。良いメロディがあれば、ギターで弾いてみたくなる。そして、歌ってみたくなる。
久しぶりのその日が、だんだん近付いて来ている。
「ひ〜な〜た〜リーダー」
「はいっ!」
「何やえらい楽しそうやんけ…ですねぇ」
「日本語になってへんわ」
「ええやないっすか。はは…何かあったん?」
「そんな、いっつもいっつも仏頂面してられっか。仕事もちょっとは楽しまんと」
―ほおぉ〜!!
高原の監視の目は鋭い。
何故監視されなければいけないのか、意味は不明だが、兎に角鋭い。
しかし、その行為は仕事上の道理に反している。
「てかお前! つまらん事言うために仕事の手ぇ止めてんのかっ!!」
「はいはいっ」
「ええから、早よせぇ。あと3ケース、明日朝積みやぞ!」
時刻は14:00を回っている。あと2時間で3ケース。
こういった高原の態度には、苛立ちを隠せない。
正社員になるまでは、口は悪くても真面目に働いていたはずだ。
結局何だ? 早く正社員になりたいから真面目にしていただけで、目的を果たせばあとは適当なのか?
されど、言葉には気を付けないと“誹謗中傷”や“パワハラ”などというものが付き纏ってくる。
これらは、受けた者の捉え方で白黒が変わってしまうものだが、此奴はそれを知っているから平気でこんな態度を取るのか?
しかも高原の言葉には、所謂暴言のようなものが含まれていない。
だからこそ、余計に面倒くさい。
―ま、いいか。
金曜日の夕方。
アコースティックギター1本でどこまでやれるか。その挑戦の時がやって来た。
颯希はハミングバードを背負い、譜面台とギター譜数曲分、そして、京都市指定のゴミ袋2種類をバッグに入れ、地下鉄に乗り込んだ。
三条京阪で下車し、そこから鴨川に沿って歩く。
全くのひとりぼっち。少し緊張する。
路上ライブは、ライブハウスのように音楽を聴く事を目的とする人の前で歌うのではない。おそらく、目の前を通る殆どの人が、興味すら示してくれないだろう。
場合によっては邪魔者扱いされるかもしれない。
ただ多くのストリート・ミュージシャンとは異なり、美化・清掃が、建前上の目的だ。そこには警察という後ろ楯が存在している。
短い時間に、わずかでも協力出来たなら…そんな思いがプラスされ、歌う事に対し、どこか使命感めいたものを感じながら、予定の場所に辿り着いた。
周りに仲間は居ない。少し緊張感が膨らむ。
と、その時―。
「颯希ちゃん! 頑張ってぇ!!」
聞いたような声。“ちゃん”付けの呼び方。
「あぁ! 西田さん!!」
「うふふ…仕事終わったから、来ちゃった。はい、ゴミ袋開けて…」
「まだ始めてませんって」
―おほほほ!
バッグから譜面台を2台出し、1台にはギター譜を、もう1台には―。
『私の歌を聴いて、良かったと思っていただけたらゴミを1つ袋に入れてください。美化・清掃にご協力願います』
「あら、良いねぇ。じゃあ私、1つ入れさしてもらおかしら」
「まだ歌ってませんて」
―あはははは!
19:00。
普段は大きな声で話さない颯希が、騒がしい街の中にその声を響かせる。
1曲目 「歌うたいのバラッド」(斉藤和義)
何となく横目に見て行く人。
何か演ってるなぁ…程度の印象だろうか。
2曲目 「中華料理」(山崎まさよし)
残念ながら、立ち止まる人はいない。
「みんな、ちゃんと聴いてくれたらええのにねぇ」
「いえ、こんなもんでしょ」
「そうなのぉ?」
3曲目 「ひまわりの約束」(秦基博)
子供の頃に聴いたのだろうか。高校生ぐらいの男女数人が、足を止めた。
「可愛い声!」
―そう来たか。
西田の拍手に釣られたのだろうか。彼らも少し拍手した。
「ありがとうございます。あの、もしよろしければ、周辺の美化のためにご協力いただきたいんですが…」
「ごめぇん。素手では無理やわ」
「え? 素手………ああっ!!」
しまった。トングを忘れていた。
街行くお洒落な若者達が、誰が捨てたかも分からないゴミで手を汚す訳がない。
「あ、あ、西田さん…やってしもた…」
「颯希ちゃん、ごめん。私も気付かなかった」
「また演っても良いですか?」
「もちろん。でも、ちゃんと申請してね」
「はい…」
読んでいただき、ありがとうございます。
京都市の道路利用料は、調べたところ¥2040という事でした。
選曲なのですが、弾き語り出来る楽曲(演ろうと思えば何でもOKなのでしょうが…)を集めてみても、颯希の声に合うものが見つけにくいのです。
いっそ、X JAPAN とかLOUDNESS なんて考えたけど、全く違う颯希も出していきたかったもので。
歌手の皆様、曲名お借りしました。




