第4章 疑惑〜4〜
第4章 〜4〜
歌いたい。
少し違う自分になって。
満たされないままに、時は過ぎてゆく。
スタジオに、ライブハウスに、足繁く通った日々。
未来にまたそんな日が来る。そう約束しながらも、それぞれの就職先が、また、担う業務が、きっと3人の距離を遠ざけていくのだろう。
学生の頃とは違う。それは、颯希自身が痛い程に経験している。
そして、皆が社会人として仕事を持ち、やがて家庭を持つとなると、バンド活動に費やす時間も自ずと縮小されていく。
―プロを目指すなら。
そう、プロを目指すのであれば、全てを賭けていけるだろう。
しかしミュージシャンという職業は、数えきれない程の人々が目指し、そして、勝ち取る事が出来る者は、ほんのひと握りだ。
そんな「現実的」とは言い難い世界に、颯希も身を置いているのだ。
「アコギか…」
ふと脳裏に浮かんだのは、三条大橋の袂で行われていた路上ライブ。
「そう言えば…」
FMラジオから録音したデータが、PCに残っているはずだ。
あの、美しいと感じたメロディ、優しい歌声。
「壊れかけのRADIO」
親指でストロークし、小さな声で歌ってみる。
弾き語り―。
バンドでのライブが出来ないなら、このギター1本で、違う自分を演出してみよう。
そんな事を思い立った。
『なぁ、もし自分がアコギで路上やったりしてたら、どう思う?』
『そうか。お前も気分転換必要やろうしな。ええんちゃうか』
『暇な時は応援に行くぞ』
バンド仲間には伝えておきたい。
2人共、反応は良好だ。
颯希は、アコースティックの名曲を新旧問わず集めてみた。
―演るか!
曲さえ覚えれば、コード進行など手に取るように分かる。弾き語り自体はお手のものだ。
ただ、路上ライブの経験がない。ストリート・ミュージシャン達は、どんな手順を踏んでいるのだろう?
「あ、すみません。お尋ねしたいのですが…」
―え? 市役所ちゃうの?
道路使用許可申請。
管轄は警察だ。定められた申請書を提出するが、しかし―。
「木屋町なぁ。例えばね、君自身が立つ範囲が2m×2mぐらいとするやん? 立ち止まって見ていく人はどれぐらいスペース使うと思う?」
「いえ、立ち止まる人なんて居ないと思います」
「へ? そんなんでええの?」
「ええ、路上なんてそんなもんでしょ?」
「ほぉ〜、肝座ってんねぇ」
「スッカラカンのライブハウスから始めてますから」
されど、担当の久保という警官は、なかなか首を縦に振ってくれない。路上ライブの許可を得るというのは、結構高い壁のようだ。
「場所変えたら? 鴨川とか…」
「う〜ん、ほな、(申請書を)書き直してくれる?」
「あ、はい」
―面倒くさ。
「何か言うた?」
「へ? 何か聞こえました?」
―はははははは!
「まぁ、情熱は伝わってくるさかい、ちょっと書いといて」
久保が奥へ入って行くと、代わりに西田という女性が出て来た。
西田は新しい申請書に目を通し、「場所は変更して申請でいいのね?」と言った。
「はい。さっきの久保さんのお話では、木屋町は無理っぽい感じでしたので」
「そうなの。鴨川の方がスペースは取れるしね。でもね、安全面考えたら、女の子1人じゃ…」
「いえいえ、男ですよ、オ・ト・コ!」
「えっ? あらぁ、ごめんなさい。可愛いから女の子かと思っちゃった」
「そのくだりも慣れてますけどね」
―あはははははは!
何だろう? 一応真面目に応対してくれてはいるのだが。
「もう一回訊くけどね、ここの“目的”は? 『歌う事そのもの』って書いてはいるけど、営利目的?」
「いえ、ほんまに歌いたいだけです。本来はバンドでライブハウスに出てるんですけど、今はメンバーが就職活動中で」
西田は颯希の顔を覗き込むように見た。どうも「歌いたいだけ」という理由が信用出来ないようだ。
そこで颯希は閃いた。
「そしたらぁ、自分の歌聴いて『いいな』って思てくれはったら、ゴミ1つ拾って袋に入れてもらいます。ゴミ袋用意して演ります。目的は“美化運動”で。どうです?」
「ああぁ…じゃ、も一回書き直して」
「訂正では駄目ですか?」
「一応公式の書類なのでねぇ」
―面倒くさっ。
「ん?」
「え?」
―あはははははは!
西田の顔が綻んだ。これは良いアイデアだ。自分でもそう思った。
「貴女、若いのに偉いねぇ、颯希ちゃん」
「君です」
―あはははははは!
読んでいただき、ありがとうございます。
私こと日多喜瑠璃、路上ライブの経験はありません。そんな度胸は持ち合わせていないのです。
で、颯希に路上ライブをさせるにあたって調べてみました。
届出は役所だろうなって、勝手に思ってたけど、道路を利用するから、管轄は警察。なるほどね。




